第31話 傍流のオタク

 二曲目『ドルオタ入門キット』のイントロが流れる。


 ピンチケ(※ 若いオタクの総称)現場なら、これでフロアのテンションは爆アガり間違いなしなんだが……。

 あいにく、ここは疲れ果てたドルオタの流れ着くアイドル界の終着点。

 当然、そこに行き着くオタク──しかも月曜のこんな早い時間に秋葉原に来るようなオタクは傍流ぼうりゅうも傍流、すでに現在のメインストリームからは完全にドロップアウトしたようなオタクたちだ。

 よって……。


 反応もイマイチ。

 歌いだしてからも「あ~、なんか聞いたことあるかも?」程度のリアクション。

 若干一名程度振りコピ(※ アイドルの踊りを真似すること)してくれてる人はいるが、一曲目の『シュワ恋ソーダ』ほどの盛り上がりは見られない。


(大丈夫! 盛り上がってる! 大丈夫だよ!)


 少し表情が固くなっていたステージ上の二人に向かってオレはOKサインを出し、小さく拳を握ってみせる。


(そうだ、思い出せ……オレは何者だ……? 地下アイドルのオタクだろ。オタクの上辺の反応で一喜一憂するな。もし、オレがオタクとして彼女たちのライブを見てたら、今どんな気持になってるかを想像するんだ……!)


 もし自分が地下アイドルのオタクとして、この『Jang Color』のライブを見ていたとしたら。


 うん、『シュワ恋ソーダ』で盛り上がったところで、すでに最低限の興味は惹かれてる。

 でも、そこまでじゃ凡百の地底アイドルと同じ。

 いくら湯楽々の歌が良かったとしても、しょせんカバーはカバー。

 誰が歌っても盛り上がるカバー曲に過ぎない。

 オタクとしてのオレが盛り上がっていたのは、「メンバーやパフォーマンスに対して」ではなく「定番曲で定番のコールを入れていた自分に対して」だ。

 そして、『ドルオタ入門キット』でその熱がちょっと冷めた今、オタクたちが考えてるのは──。



『あれ? もしかしてこの子たち結構いいかも?』



 そう、オタクたちは今やっと野見山と湯楽々を「ただのよくいるカバー芸人」から「フレッシュで、まだほぼアマチュアな、玄人好みするアイドル」へと認識を変化させつつあるはずだ。

 その中で、オタクがどこに惹かれるか。


 ちょっとしたステップの躍動感だったり。

 真剣に取り組む必死さだったり。

 不安そうだけど、目が合うと投げかけてくれるぎこちない微笑みだったり。


 自分でも「え? そんなとこ?」っていうような細かい仕草が、何年も何年も頭に残ってたりする。

 そしてそれは、大抵初めてライブを見たときに感じる。

 少なくとも、オレはそうだった。

 きっと、今ここにいるオタクたちも、今そこを見出しかけてるんじゃないか?


 本来なら次に披露するオリジナル曲『ゼロポジ』でもっていきたかった状況が、せずも一曲早く訪れたかのような状態。

 さいわい『ドルオタ入門キット』は、この客層には刺さらなかったが、さすが去年のアンセム曲なだけあって曲自体のクオリティーは高い。

 しかも賑やかな曲なので、たとえオタクにとって曲自体が初見だったとしても飽きさせることのないステージになっているはずだ。

 だから……。


(大丈夫!)


 オレは頭の上で花丸を作ってステージ上の二人に送る。

 激しい振り付けと緊張で息の上がった野見山と湯楽々。

 オレは二人と「絶対大丈夫!」という確信を持ってアイコンタクトを交わす。

 やがて曲が終わり、二人はMCへと移行する。

 会場には、さらに四人入場してきて現在九人のお客さん。

 平日この時間の地底フェスにしては上々すぎる客入りだ。



「……愛です」

「あ、ゆらです」


 唐突な自己紹介からMCは始まった。


「今日は、私たち『Jang Color』の初めてのステージです」

「あ、で、つ、次に歌うのは、私たちの初めてのオリジナル曲になります……」


 一人ひとりのお客さんの顔をしっかりと見渡しながら喋る野見山。

 落ち着きなくキョロキョロと首を振っている湯楽々。

 対象的な二人が、端的にMCを締める。


「次の曲は写真、動画撮影OKですので、よかったら撮って拡散していただけると嬉しいです」

「はい、それでは聴いてください」


 オタクたちが少し緩慢にスマホを取り出す。

 野見山と湯楽々。

 二人の声がハモった。



『ゼロポジ』



 ステージの照明が落ちる。

 さぁ、ついにオレたちのオリジナル曲の世界初披露だ。

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