第18話 論破、ふとももJK!

 突然出したオレの大声に驚いて、野見山とふとももJKは目を丸くして固まる。


(や、やっちまった……)


 そう思う一方、オレの口から出てくる言葉は止まらない。


「まず、オレの名前は白井聡太! そして、この子は野見山愛! で、キミの名前は!? キミは誰!? ピックポック!? そこで有名!? だから何っ!? 人にお願いごとをするのに、名前も名乗らない! 人を小馬鹿にした映像を流す! せっかく貼った張り紙を加入する気もないのに剥がす! たとえキミが上級生だろうが有名人だろうが知ったこっちゃないっ! そんな無礼な相手への返事なんか決まってる! 『ノー』だ! お断りだよ!」


「てんめぇ……誰に向かって口聞いてると……!」


 入り口に立っているギャルが詰め寄ってこようとするのを、ふとももJKが手を上げて制止する。


「ミカちん、大丈夫だから。怒ってくれてありがとね。でも、この子の言うことも一理ある。ってことで……ごめんねぇ、自己紹介もしないで」


 太ももJKはオレの腕を離すと、一歩後ろに下がった。

 そしていまだに余裕の笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。


「私は満重みつしげナオ。大体ナオちんとかナオさんって呼ばれてるかな? そっちの子はルカちんで、あっちの子はミカちん。大体この三人でピックポックを撮ってることが多い。で、私のピックポックの登録者の数は──十万人」


 妖艶な笑み。

 満重ナオの勝ち誇った顔。

 

「ナオちんマジすげ~んだからな! マジお前らの方が失礼なんだっつ~の!」


 姫カットのルカちんが、子分感満載なガヤを入れてくる。


「どう? わかってもらえた? これでも本当に宣伝にならないと思う? 一応企業案件が来るくらいの有名人ではあるんだけどな~。その私たちが無料でコラボしてあげようって言ってるの。なんで断るの? ほら、もう非礼はわびたわけだし? 断る理由なんかなくなぁい? 言ってみればビジネスの話なんだからぁ、感情じゃなくて理屈でお話したいなぁ~」


 もう完全にペースを取り返しましたがなにか? とでも言いたげな表情。


「そうだそうだ! イキってんじゃねぇぞ下級生!」


 子分のギャル──ミカちんも絶妙なタイミングでガヤを飛ばす。


(なるほど……)


 この満重ナオという太ももJK、ただ見た目がエチエチというだけじゃなく、どうやらなかなかの切れ者なようだ。

 あきらかに自分たちの態度にきずがあるのに、そこを指摘されるやいなや『ビジネスの話だから理屈で話そう』と論点をすり替えてきた。

 いいだろう……。

 なら、やってやろうじゃないか、屁理屈対決!

 オレは別にピックポックのことはそこまで詳しくない。

 がっ!

 こっちだって地下アイドルオタクとして、何年間も様々な有象無象の配信アプリや動画アプリをあちこち延々と巡回させられてきた身だ!

 そういったアプリのPV数の仕組みも、大体は把握してる。

 さぁ、オレをナメたこと……後悔させてやるぜ、太ももJK改め──満重ナオ!


「あ~、ダメダメ、全然ダメだね。登録者数十万? 企業案件? それがなんだっての?」


「……は?」


 ここまで余裕綽々よゆうしゃくしゃくていを保っていた満重ナオのこめかみが、ピクリと引きつる。


「登録者十万人? で、その中の何人が『生きた』登録者なの? 企業案件? 多分化粧品や美容整形の案件でしょ? それらをキミのピックポックで紹介して、紹介成功率はどれくらいなの? 多分ほとんどないんじゃない? だってキミたちの動画を見てるのは、そういった案件商材を購入するような女の子じゃなく……」


 キッ!

 満重ナオの目を見つめる。



「エロ目的の男だから」



「ぐぐっ……!」


 満重ナオは痛いところを突かれたとばかりにのけぞる。


「そんな視聴者層が相手の動画投稿者とコラボだって? ハッ! しかもアイドルグループのメンバーを募集する告知目的で? ねぇ、それってさぁ……」


 満重ナオの顔を下から覗き込む。



「なんの意味あるの?」



「ぐっ──!」


 ツツぅ~……。

 満重ナオの青ざめた額から首筋にかけて一筋ひとすじの汗が伝う。


「要するに、今話題のオレたちとコラボして得があるのは、そっちだけってことさ。せっかく今、世間から注目を集めてるオレたちが、次に打ち出す動きがピックポッカーと一緒にダンス? それを見た人は『は?』って感じでしょ。『なんだ、ただの遊びだったのか』って。『アイドルグループを作るってのも、ただ目立ちたくて言っただけの嘘なんだろうな』って。そう思われるのが関の山でしょ。だから、オレたちがキミらのピックポックに『今』出ることは──ない。絶対にね」


 地下アイドル。

 それは誰でもなることが出来るものだ。

 だから「ポイッターにアカウントだけあるアイドルグループ」なんてのも存在する。

 しかも、いくつも。

 作ろうとして挫折したのか。

 はたまた最初から存在自体がネタで、嘘をついてるだけの架空のグループなのか。

 そのアカウントを外から見てるだけでは、誰にも判断がつかない。

 そして、今のオレたち──『Jang Color』も世間から見れば、そういう存在なんだ。

 だからこそ、ここで遊び半分みたいな動画に出て「結局ただの学生の悪ふざけだったんじゃん」って思われるのが一番最悪なパターン。

 それだけは絶対に避けなくちゃならない。

 

「おい、てめぇ! さっきから好き放題言いやがって……!」


 ギャルのミカちんが、こちらに歩み寄ってくる。

 その行く手を、野見山が遮る。


「あら? どうしたの? 理屈で勝てないからって暴力でもふるうつもりなのかしら?」


「うっせぇよ、どけよメガネッ! ナオちんがわざわざ誘ってやってんのに、ごちゃごちゃごちゃごちゃ屁理屈並べやがってよぉ!」


「私は眼鏡じゃないわ。さっき白井くんが言ってたの聞こえなかったの? 私の名前は野見山愛。そこのカッコいいウチの運営さんは白井くん。わかった? 『てめぇ』じゃないの。白井くんなの」


 カッコいいウチの運営……?

 ちょっと引っかかるワードだったが、今はサラッと流しておくことにする。

 ギャルの方は野見山が止めてくれたが、姫カットにも来られたら面倒だ。

 そう思って映写機のところにいる姫カットを見るが、ギャルの方をハラハラした表情で見つめているだけで動きそうな気配はない。


(ん……? 満重ナオじゃなくて、ギャルの方を気にしてるのか……?)


 とりあえず邪魔は入ってこなさそうだ。

 ってことで、オレは改めて目の前の満重ナオを睨みつける。


「それに、ピックポッカーの道重センパイ。あなたは、ひとつ重大な勘違いをしてますよ」


「は、はぁ……? なんだよぉ、勘違いってぇ……」


 この女──満重ナオに、一番オレが言っておきたかったこと。


「センパイはさっき『野見山がバズったのは霧ヶ峰リリの力』。そう言いましたよね?」


「あ……ああ、言ったけど、それがなにか? 実際その通りじゃん? あれはそのメガネの力なんかじゃなく、霧ヶ峰リリのバズに乗っかっただけ……」


 ダンッ!


 オレは一歩、足を踏み出す。


「じゃあ、あなたはっ! 『たまたま道端に霧ヶ峰リリがいた』として! ウチの野見山と同じくらいバズらせることが出来るんですかっ!?」


「は、はぁ? ちょっと、何言って……」


「『たまたま』霧ヶ峰リリと遭遇して! 『たまたま』霧ヶ峰リリが近づいてきて! 『たまたま』霧ヶ峰リリに啖呵たんかを切る! そんなこと、満重センパイに出来るんですか!?」


「そ、そんなもん、その時になってみなけりゃ……」


 オレは確信を持って断言する。



「いいや、出来ない!」



 エキサイトしたギャルが声を張り上げる。


「ハァ!? てめぇがナオちんの何を知って……!」


 野見山が、興奮したギャルの前で凄む。


「『てめぇ』じゃなくて『白井くん』。何回言ったらわかるのかしら? 本当に脳みそ詰まってる? ねぇ、ギャルセンパイ? あ、ミカちん──だったかしら?」


「てめぇ、クソメガネ……!」


 ギャルは相変わらず野見山が抑えている。

 姫カットはアワワと心配そうにギャルを見つめたまま。

 邪魔は入らない。

 さぁ、最後の仕上げだ。


「つまり! あのバズは、その『たまたま』を何度も連続して引き寄せた野見山の力なんです! うちの野見山はスゴイんだっ! 満重センパイよりも! 誰よりも! だからっ!」


 ピキピキと顔をひきつらせる満重ナオ。



「オレたちの方が有名になったら……その時は、逆にこっちのアカウントでコラボよ? ねぇ、センパイ?」



「な、な、なっ……なんだとてめぇ!」


 ブチギレたギャルが野見山の脇をくぐり抜けて走り寄ってくる。


「おっと」


 オレはそれをひらりとかわすと、野見山の腕を掴む。


「逃げよう、野見山!」


「え、ええ……」


 さぁ、言いたいことは全部言った!

 オレたちは、これからやらなきゃいけないことが山積みなんだ!

 申し訳ないが、遊び半分のセンパイ方になんか付き合ってる暇はない!


 ガラッ!


 視聴覚室のドアを勢いよく開く。


「オイッ、待てよっ!」


 ギャルの声が背中越しに聞こえる。

 校内は静まり返っている。

 すでに一限目が始まっているようだ。


「あっ、そうだ!」


 一つだけ言い忘れてたことを思い出した。

 振り返ると、視聴覚室の中でうなだれている満重ナオの姿が見えた。

 オレは手を口に当てて叫ぶ。


「さっきは、急に叫んでびっくりさせて、すみませんでした~!」


 さぁ、これでもう本当に言い残したことはない。

 あ、せっかくだからついでにこれも言っとくか。


「地下アイドルオタク、ナメんな!」


 うはっ、さすがにちょっと恥ずかしいな!

 オレは照れ隠しのように野見山の手を少し強く引くと、シンと静まり返った校内の真っすぐに伸びた廊下を、思いっきり、駆けた。

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