2人目のメンバー

第10話 助けに行きましょう!

「どうしたの、白井くん? そんなに眠そうな顔をして」


 日曜の朝。

 昨日と全く同じ時間。

 昨日と全く同じ格好で、野見山愛がうちにやってきた。


「え、そんなに眠そうかな?」


「ええ、酷いもんよ。目の下真っ黒で。あらあら、白井くんは思ってたよりもストレスやプレッシャーに弱いのかしら? 私、てっきり白井くんは火事場のクソ力的なものがある人なんじゃないかと思っていたのだけれど。もしかしたら、実は白井くんはちょっと衝撃を与えたらポッキリ折れちゃうようなもやしっ子だったりするのかしら?」


 とてつもない上から目線で野見山愛が呆れたように言ってくる。

 しかも、今日もワンピースの裾から真っ白な膝小僧を覗かせながら。


「ストレス? ストレスってなんの?」


「は? だって私が日本一のアイドルの霧ヶ峰リリ……ちょっと待って言い直すわ。『現在、私がまだデビューしていないからたまたま日本一の座を空き巣してるだけの仮のアイドル界の女王、霧ヶ峰リリ』に喧嘩を売ったからストレスを感じてるのではなくって?」


 野見山……一体どこから湧いてくるのかは知らないが、相変わらずすごい自信だ。


「ああ、あったね、そんなこと……」


「そんなこと?」


「実は、オレが寝れなかったのはさ……」



 ◆



「き、き、霧ヶ峰リリとDMしたですってぇぇぇぇぇ!?」


 野見山愛は膝立ちになってわなわなと震えている。


「そ、そんなに大声出さなくても……」


「出すわよ! 出さずにはいられないわよ! ええ、出すわ! 出して出して出しまくるわ! あ~、ムカついた! なんなの! まったくっ! あの泥棒猫っ! 私から日本一の座を盗み取っただけでなく、私の白井くんにまで手を出そうとするなんていい度胸じゃない!」


「いや、別にオレはお前のものではないんだが……」


「なんで? 白井くん、言ったじゃない。私達は第二の家族のようなもんだって。家族なら白井くんは私のものでしょ?」


 当たり前でしょ? みたいな顔で言う野見山愛。


(えぇ~……これ、もしかして家族というものの捉え方が、なんかちょっと違う……?)


『隠しステータス:厄介度SSS』


 野見山愛の横にポコンと表示されてる吹き出しを、オレは「無」の表情で見つめる。


「野見山さんさぁ……。キミ、将来子供の連れ去りとかしないようにね……」


「ちょっと! それ、どういうこと! まるで私が将来子供を生んだとしても結婚相手とすぐに関係性が破綻して、相手方の親とも揉めに揉めまくった挙げ句、親権の定まってない子供を無理やり連れて新しい男の元へと逃げるみたいじゃない!」


 薄々気づいていたが、野見山愛の頭の回転は早い。

 よくぞ、あの一言でここまで妄想を広げられるもんだ。

 ま、そもそも頭の回転が早くないとこれだけペラペラ喋れないか。


「あぁ、ごめんごめん。それより、野見山さんの家族って? アイドルやるなら一応挨拶はしとかなきゃいけないかなとは思うんだけど」


「スンッ」


 ぷいと横を向いてスネてしまう野見山愛。

 あらら、家族の話はNGだったか?

 と思っていると。


「……パフェ」


「は?」


「パフェが食べたいわ。安いファミレスチェーン店のチープなパフェを。白井くんのおごりで」


「お、おごり……」


「ええ、当然でしょう? 私に隠れてコソコソ霧ヶ峰リリと連絡取り合ったうえに、私のことを侮辱したのですから」


 あ、家族のことをに関しては完全スルー……。

 なかったことにされてる……。

 もしかしたら、そこが一番かんさわったところなのかもしれない。

 今後、野見山愛と家族の話をする時は要注意だな。


「オッケー、わかったわかった……。じゃあ、パフェ食べに行くとしよう。この辺にファミレスってどこにあったっけ?」


 あぁ、パフェ代でチェキ一回撮れたな……。

 でも。

 わけわかんなくて厄介だけど見た目だけはいい女、野見山。

 そんな彼女と日曜日にパフェだなんて、まるでデ、デート……みたいだな。


「昨日行った駅にあったわよ」


 シャーペンの芯を押し出すように「カチッ」と立ち上がった野見山は、そう言うと表情を変えずにこう続けた。


「ついでに、そこでスカウトと今後の打ち合わせもしましょう」


 おぉ……。

 オレは、今日もあそこでスカウトをするのか……。

 昨日、あんな騒ぎを起こしたあそこで……。



 ◇



「んん~、美味しいっ! この安っぽさが最高ね! 自分のお金では絶対に食べようだなんて思わないこのチープさ! しょぼさ! 体に悪そうな感じが最高だわっ!」


 褒めてるのかけなしてるのかわからない感想。

 だが、野見山愛はパクパクと満面の笑顔でパフェを頬張っている。


 心なしか周囲からの視線が痛い。

 それもそのはず。

 昨日この辺で大炎上した二人組が、昨日と同じ格好でまた現れて呑気にパフェを食べてるんだ。

 他の客や店員たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。


(ねぇ……あれ、昨日バズってた二人じゃない?)

(あの霧ヶ峰リリに啖呵たんか切ってた?)

(そうそう! 切り抜きがピックポックに流れてきてたよ!)

(「じゃん」だか「じょん」だか、なんかアイドルグループって言ってたよね?)

(あ~、アカウントあった! これでしょ?)

(『Jang Color』? なりすましっぽい垢多くてウケる)

(ほら、ここに貼られてる写真! 顔スタンプで隠れてるけどあれと同じ人じゃん!)

(どうせ載せるなら、可愛い女の子の方載せればいいのにね)


 おぉ……。

 キリキリと胃が痛んでくるぜ……。

 スマホ向けられて多分盗撮されてるんだけど、それを注意しに行く気力もわかない。

 だが、そんな胃を痛めてるオレにおかまいなく、野見山は美味しそうにパクパクとパフェを口に運んでいる。


(『可愛い女の子の方を載せればいいのに』、か……)


 パシャッ。


「ふへ? はひ(なに)?」


「いや、あんまり可愛かったからさ。つい撮っちゃった」


「……は? はぁぁぁぁぁぁあ!?」


 あ、やべっ。

 いまのはマズったか?

 普段、地下アイドルとの特典会で話してる調子で言っちゃった。

 普通言わんよな、クラスメイトに「可愛い」とか。


「いや、うそ! 違うっ! ほら、『Jang Color』のアカウントに載せようと思って! だって今オレの変な写真しか載ってないから! 野見山さんの写真載せれば、はっきりこれが『Jang Color』の本物のアカウントってわかるじゃん!」


 顔を真っ赤にしている野見山愛に、オレはあわてて弁明する。


「……ほんとに?」


「ほんと、ほんと! マジマジ大マジ!」


「……ほんとに、その……可愛い?」


 え、そっち!?


「え、あ、うん、可愛いよ。ほら」


 撮った写真を野見山愛に見せる。


「ん~……。どうかしら……。ほら、光のあたり具合とかもっと右からの方が……」


「あ~、わかったわかった! そのうち宣材写真とか撮ると思うから! とりあえずはこれで! お願い!」


「ん~……宣材写真っていわゆる『アー写』、アーティスト写真ってことよね? プロフィール写真でもあり宣伝用の写真であるという。それを私の気が済むまでこだわらせて撮らせてくれるの?」


「う、うん! 撮る! 撮らせる! まずは、そのアー写を撮るための資金を稼がなきゃいけないんだけど……」


 とりあえず話を合わせて丸く収めようとした時。


「白井くん……なんだか、外が騒がしくないかしら?」


「え?」


 窓の外に目を向けると。

 昨日もこの辺で歌っていた女の子。

 動員力『0』の路上シンガー。

 彼女が、怖そうな男に絡まれているのが目に入った。


 カチッ。


 野見山愛が押し出されたシャーペンの芯かのように立ち上がる。


(うぅ……なんだか嫌な予感……)


「白井くん」


「はい?」


 そして、オレの予感は見事的中する。


「助けに行きましょう!」


 野見山が教室で見せていたようなキリッとした視線。

 自分のなす事を信じて疑わないような、決意の込められた視線。

 それを「キッ!」っと表に向けながら野見山愛は、そう言った。

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