【番外編】キラキラ族と地味眼鏡①

――――あの子、キラキラしてる





10歳で社交の場に出入りしても良いというこの国の慣習の為、デビューの前の予行練習と挨拶を兼ねて、王宮でおこなわれる9歳の貴族子女を集めてのプレデビューのパーティー会場。


それまで子爵領からすら出たことのなかった9歳の私は、王都の賑やかさ、王宮の煌びやかさに圧倒されていた。

更にプレデビューの子ども達の中に、キラキラと光り輝いている子まで見つけてしまった。



――――なんと王都では、人まで輝くらしい。





少し長めの銀髪が美しいその少年は、なぜだか急にフローラの目にポーンと飛び込んできて、キラキラと輝きだした。


パーティーホールには大勢の人がいて、背の小さなフローラは、すぐにお父様やお母さまやお姉さまを見失ってしまいそうで気を付けていたけれど、その少年だけはずっとキラキラと光っていたので、見失う事はなかった。

後姿でも、ほんの少しだけ手が見えているだけでも、フローラはその少年がどこにいるか分かってしまう。





「ねえ、お父様。あの子はなんで光っているのかしら。私、光っている人なんて初めてみました。」

「・・・・光っている?どの子がだい?」

「あちらの銀髪の男の子です。キラキラとしていて、ふわーって、優しい光があたりに広がっています。あれだけ光っていたら、目立ってしまって大変でしょうね。」




「えー、どの子どの子??お父様も昔、お母様を初めて見た瞬間、光って見えたのでしょう?フローラの運命のお相手だったりして。」

「お姉様。お母様はとっても綺麗で優しいけれど、あんなふうに本当に光ってはいませんよ。」





姉が面白がって、フローラが指さした方向を探すが、人ごみに紛れてしまってなかなか見つけられないらしい。


「あの緑のドレスのご婦人の後ろです。今ほとんど隠れてしまっているけれど、光は見えるでしょう?」

「緑のドレスの女性?あーん、見えない。」



2歳年上の姉でも、大人に比べれば大分背が低い。やはり大人に隠れている相手は見つけられないらしい。





「あの・・・・銀髪の少年だね?」

「はい!お父様。」


背の高いお父様は、少年を見つけたらしい。


「どうやって光っているんでしょう。お母様も昔は光っていたのですか?」

「あの方は・・・・侯爵家の・・・・。」



 お父様はしばらく黙り込んで、難しい表情をしていた。

 手で口元を覆っているので、何か考え事をしていることが分かる。お父様の考え事をする時のクセだからだ。




「フローラ。」

「はい!」

「高位貴族、特に王族と血縁関係にあるような貴族家はね、金の髪や銀の髪の方が多い。」

「そうなんですね。」

「何代にもわたって外交や国政など、国の重責を担われてきて、常に努力をされている。知力面でも、身体面でも。そして容姿を磨かれることもね。」

「それはすごいですね。」



確かに国を代表するのだから、容姿を磨くことも大切なことだろう。

ゴロゴロしていてぶよんぶよんに垂れさがっただらしないお腹の王様だと、周辺国に見くびられてしまいそうだ。


よく見ればプレデビューに参加している高位貴族の人たちは、姿勢も美しいし、体も引き締まっていらっしゃるかたが多い。

日々努力されているのだろう。




「あの少年は、侯爵家の跡継ぎだ。きっと日々、特別、とっても努力をされているんだろう。」

「そうですね。」

「それに銀髪だし。それでちょっと・・・キラキラして見えてしまったんじゃないかな。」


「あ、そうなのね。フローラは高位貴族のかたを初めてみたから、キラキラして見えてしまったんだ。」


お姉さまは納得している様子だ。


「うーん。でも本当に、キラキラして見えるとかじゃなくて。あの子だけ特別に、本当に光っているんだけどなー。」





 どう見ても、キラキラと光っている少年。

 でも周囲の人の様子をしばらくの間うかがって、フローラは自分以外に、あの少年のことが光って見えている人はいないのだと納得した。



 その光がとって綺麗で温かくてドキドキするので、フローラはそのパーティーの間中、ずっと、その少年の姿を目で追いかけていたのだった。








*****








3年後。

12歳になったフローラは、王都のリラリナ学園に入学していた。

 子爵家の次女だし、そこまで特別に勉強が好きというわけでもないので、別に通わなくてもいいと言ったけど、お父様とお母様が、妙に真剣に学園に通うようにすすめてくれたのだ。



「もしかしたら、万が一、ということもあるかもしれないからね。」



お父様がまた難しい顔でそんな事を言っていたけれど、なにが万が一なんだろう。

娘がなにかの可能性に目覚めるかもとか、そういうことだろうか。




「キラキラ族がいる・・・・。」





9歳のあの日以降、フローラは人が発光するなどという、おかしな現象に遭遇することは一度もなかった。


王都でのパーティーに出席することもあったし、王族に近い高位貴族を遠くから見かけたこともあったけど、あの後光っている人は見た事がない。


さすがに人が光ることはないのだと、今ではちゃんと分かっている。




きっと9歳のあの時は、初めて見た王宮のパーティーホールの雰囲気や、初めて見た高位貴族。夢のようで、興奮してしまって、色んな効果が重なって、それでちょっと、光っているように見えたのだろうと思っている。

今ではその時の少年が、どんな顔だったかすらも思い出せない。






王族に近い高位貴族のことを、フローラは心の中でキラキラ族と呼んでいた。






地方の子爵家出身のフローラだけど、意外な事に高位貴族と一緒のAクラスなった。

男爵家の数が多いし、爵位が上がるほど家の数が少なくなるので、子爵家以上はほとんどがAクラスになるらしい。



そのAクラスに、シルバーブロンドがキラキラと光る少年が、1人いた。


・・・・・もちろん本当には光っていない。




その少年の名はユーグ・ルクセンというらしい。

国に8家しかない侯爵家の跡取りで、しかも国民に大人気の第二王子のご学友。

お父様が言われていたように、とても努力をされているのだろう。文武両道で、いつも高位貴族の友人達に囲まれていて・・・・それなのにフローラのような子爵令嬢のこともバカにしないで普通に接してくれる。



――――本当に、住む世界が違うお人だわ。






一方のフローラは、勉強は出来なくはないけどそこまでではない。本が好きなのでいっぱい読むけど、読みすぎて最近目が悪くなり、眼鏡をかけなければならなくなってしまった。




Aクラスでは、大人気のユーグの周りにいつも人が集まっている。

特に伯爵家以上のご令嬢たちの水面下での戦いがすさまじくて、ちょっと雰囲気がピリピリしていた。




平和な時代が何十年も続いたこの国は、貴族の子ども達も自由に恋愛をして、結婚相手を探すようになってきている。

リラリナ学園卒業までは、あまり婚約者を決めないというのが最近の流行りだ。



同じクラスの伯爵家以上のご令嬢たちが、目の色を変えるのも無理はない。


 

 争奪戦に参加する気などさらさらないフローラだけど、一応令嬢という事で、他の令嬢たちに牽制されてしまう。




昼食時、たまたまユーグの近くの席に座ってしまった日は大変だった。




「あなたのような地味眼鏡、ユーグ様のそばに座るのは相応しくないわ。」


――――地味眼鏡ときたか。

今まで話した事もない伯爵令嬢に後から呼び出されて、念を押されてしまった。








Aクラスがピリピリしている理由はもう一つある。

1年Aクラスの担任、ゲオルグ先生だ。




「レイナ・ボアルネ。また答えられないのか?」




 熱心な先生だし、爵位によって贔屓など一切しない。まあそれはリラリナ学園の先生全員に言えることだけれど。


 とにかく言い方が厳しい。出来ない生徒を執拗に何度もあてる。・・・出来ない者を放っておけとは言わないけれど、そこまで皆の前で注意しなくてもよいではないか。


 プライドの高い伯爵令嬢――フローラに注意してきた子だ――が涙目になっている。



「・・・・すみません。」

「はあ?なんだって?」




 その言い方!もう少し普通に聞き返せないのかしら。・・・・ゲオルグ先生、悪い人じゃないのに。



 クラス中が緊張感に包まれていて、フローラはいたたまれなくなってしまった。








*****








「はあー、息が詰まるわ。」



 昼休み、フローラは食堂には行かず、天気が良ければその辺の庭園で、悪ければその辺のテーブル席で、自分で用意したパンなどをかきこむように食べるようになっていた。


 どこぞの伯爵令嬢に、ユーグのそばに座ったのを咎められて以来、食堂に行くのが嫌になってしまったのだ。



 フローラの生家であるベッカー子爵家は、王都に屋敷をもっていない。

 そのためリラリナ学園の寮に、寮費を払って住んでいるが、毎朝、寮の朝ご飯の残りのパンなどをいただいて、野菜などを挟んで持参しているのだ。




 目立たない場所で食事を済ませた後は、これまた目立たない図書室で過ごすのが、最近のフローラのお決まりだった。






 学園内には、何か所も図書室がある。

 王宮図書室に次ぐ、国内第2の蔵書量を誇る第1図書室は大きくて、授業で使用する本や、人気の流行小説まで、幅広く揃っている。


 閲覧席や自習席も充実していて、大勢の生徒で賑わってしまう。





 他にいくつかある図書室を巡っているうちに見つけたのが、古い蔵書を集めた、人気のない書庫だ。

 

授業に関係するような重要な歴史じゃなくて、ただの『古い本』で『昔の本』。

 昔の本だからって、難しくて、歴史的に重要なものばかりではない。

 くだらない本もあるし、大衆的な恋愛小説だってある。マイナーな地域の記録もある。珍しい本がいっぱいあって、本好きのフローラにとっては宝物部屋みたいなものなのだ。





 生徒に人気のない本ばかりなので、来る人が少ない。

 それなのにさすがに王都一の学園だけあって、掃除も行き届いているし、とても居心地の良いソファー席まであるのだ。




「あーーーー、この雰囲気、落ち着くわ。穴場ね。」




 学園で唯一気が抜ける場所といってもいいだろう。

 寮は2人部屋で、同室は男爵家の令嬢で悪い子ではないけれど、まだ気が抜けるほどは打ち解けていない。







昨日読みかけの本を棚から抜き出すと、フローラはソファーに深く腰掛けてリラックスの体制をとり、続きを読み始めた。



今読んでいるのは昔の恋愛小説だ。

王様に側室が何人もいて、側室同士で、水面下で争っている。一番格下の側室が王様に寵愛されてしまい、他の側室や、使用人にまで嫌がらせをされてしまうという。




――――なんか、いつの時代も人間って、同じようなことしてるのねー。




 いじめられている側室がどうなるのか、ドキドキしながら読み進めていると、それまでフローラ一人しかいなかった書庫の、扉が開く音が聞こえた。




 この部屋にくる人は少ないけれど、珍しくもない。


 本好きの他の生徒が、たまに気が向いてきたりだとか、歴史書を調べ尽くした先生が、本を探しにくることもある。

 意外なのはゲオルグ先生で、色んな地域、色んな時代の詩を探しに、結構やってくるのだ。

 



 ここで会う時のゲオルグ先生は穏やかで、フローラは特に注意などされることもなく、挨拶だけしてあとは各々気にしないで過ごす。


 何度か会ううちに、ゲオルグ先生が、ちょっと耳が聞こえにくい事が分かってきてからは、大きな聞こえやすい声で挨拶をするようになった。



 まあそんなわけで、この部屋に来るような人は気を遣う必要はないということだ。

 同じような本が好きな者同士、なんだか波長が合うのだ。





 だから扉があく音がしても、フローラは特に気にすることなく、本を読み続けた。




 

「ここの雰囲気、落ち着くね。ソファーに座らせてもらってもいいかな。」

「どうぞ。」




 掛けられた声に、顔も上げずに返事をするフローラ。

今ちょっと目が離せない、いいところなのだ。


 この書庫は小さいので、ソファーセットは一組しかない。

 本を読むなら、相席になるのは当然のことだ。





 フローラの斜め向かいのソファーに誰かが座って、ページをめくる心地よい音が響き始めた。


 


 なぜかフローラは、先ほどまでよりもリラックスして、落ち着いている自分に気が付いた。


 一人で本を読むのは大好きだけど、誰かと一緒に読むのもいいのかもしれない。

 


慣れない学園生活に緊張感のある教室。

 気が付かなかったけれど、いつの間にか人恋しくなっていたようだ。




ペラ   ペラ   ペラ



お互いのページをめくる音だけが響く。


 こうして本が好きな、波長の合う人と、お互いに夢中になって静かに同じ時を過ごすことが、こんなにも心地いいなんて、今まで知らなかった。




――――この人に、話しかけてみようかな。どうしようかな。




迷っているうちに、予鈴がなってしまう。

昼休みがもうすぐ終わる。移動しなければ。



 慌てて顔を上げたフローラの目に飛び込んできたのは、キラキラと輝く銀の髪。

 突然本から目を離したせいだろうか、目の錯覚だろうか。9歳のあのパーティー会場で見た少年のように、一瞬だけど光った気がした。



「キラキラ族・・・・。」

「キラキラ?」

「いえ!違います、すみません。」




いつも心の中で呼んでいたので、つい口から出てしまった。慌てて謝罪する。


 そこにいたのは、ユーグ。

 ユーグ・ルクセン侯爵令息だった。予想外の、まさかの相手だった。



「フローラ・ベッカー。ここは良いところだね。なんだか落ち着いて、息がつける感じがする。また来てもいいかな?」

「も、もちろんです。生徒の出入りは自由ですから。」



 学園の書庫なのだから、フローラがきて良いとか悪いとか、許可をだせるような立場ではない。


「そう?ありがとう。」



だけどユーグは、フローラの返事に少しほっとしたようだった。




――――そういえば、ユーグ様も『息がつける』って・・・・。



 と、いうことは、普段は息が詰まっているということだ。

 いつもクラスの中心にいて、楽しそうなユーグも、やっぱりあのクラスの雰囲気には少し、まいってしまっているのかもしれない。









――――――――――――――

フローラパパは、初めて出会った時に光って見える人は、運命の相手だと思っています(自分がそうだったから)。

だけど相手が侯爵令息なのを見て怖気づいて、「きっと光って見えるだけだよ」と思わず誤魔化してしまいました。

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