第38話 幼馴染の侯爵令嬢の話

 私の幼馴染の侯爵令嬢の話をしよう。




 彼女との出会いは、国中の貴族のその年の9歳の子ども、ほぼすべてが参加するプレデビューの舞踏会だった。

 9歳の子どもの中でも飛び抜けて小さなその女の子は、か細く儚げで、思わず守ってあげたくなるような見た目をしていた。


 その子が何人かの子ども達に囲まれて、吊るし上げられて虐められていると聞いた私は、迷うことなく助けに走った。



 しかしその時点では、恋をしていたわけではないだろう。

 か弱い可愛い子猫がカラスに虐められていたら、誰だって助けるだろ?

 その時の感情はそういった種類のものだったと思う。


 その子は侯爵家でも虐げられているとその頃社交界で有名になっていたが、実際に見ると噂は本当だったのかと感じられた。




 本当の意味でその子を助けられるとは思っていなかった。

 いくら王家といえど、他の貴族の家庭の事情に立ち入れるものではない。

 しかも相手が侯爵家とあっては、そのような横暴な真似、許されるわけがない。



 その場だけでも助けたと思いたい子供の自己満足。

 ちっぽけな正義感で、私は子ども達の輪の中に飛び込んでいった。

 気分はさながらヒーローだった。



 しかしその侯爵令嬢―――――――ナタリーは、強い瞳で私を真っ直ぐに見つめ、虐められている事を認めた。

 力強い言葉で、状況を切り拓こうと全力で抗っていた。


 ただ誰かに助けてくれと言って待つだけではない。

 

 一人で生きていくので少しだけ手伝ってくれという彼女に。




 私は一生分の恋をしたんだ。




 絶対に侯爵家にナタリーは帰さないと珍しくも強硬に主張する私に、父上も母上も折れてくれた。兄上も口添えしてくれて。


 普通なら貴族家への王家からの過干渉は望ましくないだろうが、あまりにレノックス侯爵家の評判が悪すぎて、逆にさすが王家と称えられたらしい。


 レノックス侯爵の性格もあっただろう。

 ダリア夫人を追い出した後、一人で王家に逆らえるような気概のある人ではなかった。



 そうしてレノックス家へ干渉しまくり、学園入学前までに私は外堀を埋めて埋めて、念入りに埋め立てて、ナタリーを婚約者候補とすることに成功した。

 若干渋られてしまった事に少し傷ついたが、多少強引に婚約(候補)を取り付けても、後からいくらでも挽回するつもりだった。




 実際に学園に入学してからも、色々なところへデートに誘い、共に過ごす時間を重ね、信頼を深め合っていった。



 そして、ついに―――――――――――――





『もう結婚できる。・・・・してくれるね?ナタリー。』

『・・・・はい、必ず。』







「何をニヤニヤされているのですかミハイル様。」

「・・・・ナタリーの事を思い出していた。」


 今は王子としての執務中。

 寝耳に水のクーデターが解決してからまだ数日しか経っていない。

 やる事は山積みであった。


 すでに卒業して側近になったユーグが手伝ってくれるのが、心の底からありがたい。


「ついに正式に婚約だからな。婚約の品は何を送ろう。本人の希望も聞いてみないと。」

「お仕事中ですよ。ミハイル様。」

「これも立派な王族の務めだ。」


 確かに婚約の品の準備も、王族の大切な慣習の一つと言えるだろう。しかし・・・・。



「なんだ?何か言いたげだな。ユーグ。」

「ミハイル様・・・・ナタリーに肝心な事は伝えて・・・・いや、さすがにもう伝えているか。失礼いたしました。明日ナタリーと約束しているのでしょう?では婚約の品については本人と相談されたらいかがですか。今は今、出来る事をしましょう。」

「そうだな。実に建設的な意見だ。」






 次の日、約束通りナタリーが王宮に訪ねてきてくれた。


 本来なら街へいくとか、それともどこか自然溢れる場所などに行きたかったところだが、王宮の外に出るのは、念のため控えておいた方が良いだろう。


 ナタリーは山や川などの自然、緑の中で過ごすのが子供の時から好きだった。

 まあでもお気に入りのいつもの王宮の庭でのお茶でも喜んでくれるだろう。





「やあナタリー、いらっしゃい。そのドレス、夏らしくて素敵な色だね。」


 ナタリーは珍しく浮かない顔をしている。


「・・・ありがとうございます。ミハイル様。」

「本当なら今日あたり、一緒に街まで行って実際に婚約の品を選んだり、色んなお店に行ったりしたかったのだけど仕方ないね。王宮に商人が来るように手配しているから、お茶の後に一緒に見よう。」


 どうしたのだろうか。

 力のないナタリーの声に少し不安になった私は、元気づけるように、明るく提案した。



「品物は何でも良いんだ。指輪でも首飾りでも。ナタリーの好きな・・・・」

「あの!!ミハイル様。」


 その時ナタリーが意を決したかのように、ミハイルの提案を遮った。

「・・・・なんだい?」


「あの・・・・この婚約・・・・止めにいたしませんか!?」










 それからの事はちょっとよく覚えていない。


 まあとにかく外見だけでも平静を装って、「まあまあ、まだ時間はあるので良く考えて」的な事を言って、レノックス邸へとナタリーを送り帰したらしい。

 当然何重にも護衛を付けてだ。



 手配していた商人は帰らせるように言ったが、特にその理由も考えつかなかった。

 優秀な部下が何かそれらしい理由かなんか・・・・まあホントそんな事はどうでもよい。



 気が付けば、いつもの執務室にフラフラと帰っていた。



 執務室にはユーグの他に、ジャックとアレンも来ていた。

 私が今日一日ナタリーとデートの予定だったので、ユーグの手伝いに来ているのかもしれない。


 まさかこんなに早く、私が戻るとは思ってなかったのだろう。

 私も思わなかった。



「あ!ミハイル様お帰りなさい。早かったですね。・・・・本当に、ナタリーとの正式な婚約おめでとうございます!」



「・・・・いや、ちょっと待てジャック。ミハイル様の様子が変だ。」



 ミハイルの様子がおかしいと悟ったユーグが、ジャックの能天気な声を制止する。


「いやあ嬉しいです。ずっと傍でお二人を見ていましたから。実は俺も、最近お隣の伯爵領の、昔からの腐れ縁の令嬢と婚約することになっちゃって。まあアイツには俺くらいしか・・・・」


「ちょっと黙れジャック。」


 体術では負けなしのハズのジャックが、何故かユーグにひっくり返されている。



 うん、そのまま死ね。









「何が・・・何が悪かったんだ・・・・・。」


 ミハイル殿下が脱力しきってソファに転がっている。

 完全に屍状態。


 しかしこれを咎める者はいない。


 誰がどう見ても相思相愛の幼馴染カップルが、正式婚約を目前としてまさかの振られたという。

 ちょっと可哀そうすぎて、掛ける言葉がみつからない。。





「ミハイル様!ちゃんとナタリーに自分のきも・・・・ちむぐっもがっ。(なにすんですか!ユーグ様!?)」

「(いやちょっと・・・ここまできたら何か違わないか。ジャックに好きと言えと言われて好きと言って解決って、何か違わないか?今まで何年も何やってたんだミハイル様!!)」





「何じゃれてんだジャック。ユーグまで。わざわざ声小さくしなくても、ミハイル様なんにも聞こえてないよ。」







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