08. 歓迎されない帰郷

 セレステ聖王国の北西領には、まだ少しばかり雪が残っていた。

 雪解けを迎えてしばらく経つだろうに、北の山脈から吹き付ける吹雪がまだ止んでいないのかもしれない。

 吹き付ける風は冷たいし、今年の春は遅れ気味だな。


「四年ぶり……帰ってきたな」


 雪の残る街道を駅馬車に揺られて数時間。

 僕は生まれ故郷のリース村へと帰ってきた。


 村の近くの停留所にて。

 僕がデクを連れて馬車を降りると、御者に声を掛けられた。


「あんた、あんな寂れた村に何しに行くんだい?」

「故郷なんです」

「おっと。そうだったのかい、こりゃ失礼」

「いえ。寂れているのは事実ですから」

「帰郷してのんびりってのもいいけど、気を付けた方がいいよ」

「え?」

「最近、北西領にある町や村をグールの群れが襲ってるって話だ。あの村も狙われるかもしれないからね」


 御者はそう言うと、さっさと馬車を走らせていってしまった。


 グールに村が襲われるかもって……。

 客に対してぶしつけなことを言うなぁ。


 グールとは、大昔から王国周辺に出没するモンスターのこと。

 一見、人間と変わらないシルエットだけれど、赤く光る眼に、獣じみた風体、そして人の肉や骨を噛み砕くほどの鋭い牙を持っている。

 人間を食い殺す類のモンスターなので冒険者ギルドへの討伐依頼は多く、駆け出しの頃には僕も何度か戦ったことがある。


「グールが襲ってくるかも、だなんて。寝つきの悪い子どもに対する戒めじゃあるまいし、失礼なことを言う御者ですね」


 肩に下げた鞄の中からマリーの声が聞こえてきた。

 さすがに人前でマリーの首を晒すのはまずいだろうと思って、今は鞄の中に押し込んであるのだ。


「ところで、一体いつになったら私の頭を外に出してくれるのです?」

「家に戻ったら」

「せめて鞄に穴を開けて外を見えるようにしてくださいっ」

「無理。鞄に開いた穴から目が覗いているのがバレたらヤバいでしょ」


 いつまでもマリーが頭だけこのままなのは困るな。

 首から下の部品――というか破片――は全部持ってきたけれど、人形技師を訪ねないことには修理できるかもわからない。

 まぁ、そういうことは落ち着いてから考えることにしよう。


 僕はモンスター除けに掘られた堀に沿って、村の入り口へ向かった。

 堀の底には竹槍が何十本も突き立っており、そのうちいくつかには小動物の死骸が刺さったまま放置されている。

 底にモンスターの死骸がないということは、ここしばらくはリース村も平和だったと言うことだろう。


「ご主人様。足は大丈夫ですか?」

「大丈夫。杖もあるし、義足にもだいぶ慣れたよ」

「私に首から下があれば、お支えしてあげられるのに……」

「気にするなよ。いざとなったらデクに支えてもらうから」


 道中、こんな会話で何度も孤独を感じずに済んでいる。

 僕にとってマリーの存在は本当に大きい。


 堀に架けられた橋を渡っていくと、村の入り口をバリケードが塞いでいた。

 それは槍衾やりぶすまのように刃物が備え付けられた門扉のようなもので、モンスターの侵入を防ぐための防壁の一つだ。


 村に入る者を王国兵がチェックしているはずだけれど――


「止まれ!」


 ――予想通り、バリケードの裏側から王国兵が走ってきた。


「行商ではないな……冒険者か。この村に何用か?」

「リース村の出身で、実家へ帰るところです」

「証明しろ」


 言われてすぐ、僕は首から下げていたネックレスをつまんで彼に見せた。

 故郷の証は場所によって様々だけれど、こうやって自分の出身地だと証明することで通行税を取られずに済む。

 なお、リース村の出身証明は、この村に群生しているモミの木で出来た首飾りだ。


「名前は?」

「マリオ・ルーザリオン」


 僕が名を名乗ると、王国兵は手に持っていた羊皮紙の束をめくり始めた。

 村の名義と照合しているらしい。


「ルーザリオン家の長男か。四年前に行方不明とあるが」

「あー。それは……家出同然で村を出たもので」

「なるほど。多感な年頃の少年にはよくあることだな」

「ですかね?」

「今頃になって戻るとは……親不孝者め。さっさと通れ」


 王国兵の合図でバリケードが開いていく。

 入り口が開かれ、僕は実に四年ぶりに故郷の土を踏んだ。





 ◇





 村の中は四年前に比べてずいぶん閑散としていた。

 外を歩く人は数える程度で、目抜き通りの店はほとんど閉まっている。

 昔はもっと活気があっただけに驚きを隠せない。


「なんだか昔と様子が違う」

「ずいぶんと閑散としちゃいましたね。あんなに繁盛していたモミの木雑貨商店も憩い酒場も閉まっちゃってます」


 鞄に開けた穴から外を覗くマリーも、僕と同じことを思ったみたいだ。


 目抜き通りを行く途中、蜂蜜パン屋の看板に目が留まった。

 この村で唯一、都会っぽさを感じさせる店で、店員の女の子が可愛かった覚えがある。

 村に居た頃はよく利用していたけれど、ここも店じまいしちゃったのかな?


「あ」


 ちょうど店の前に差し掛かった時、扉が開いて中から老婆が出てきた。


 ……懐かしい。

 この店のオーナーのマヨイ婆さんだ。


「んん?」

「あ、どうも」

「……もしかして、マリ坊かい?」

「はい。マリぼ――マリオです」


 マリ坊だなんて懐かしい。

 この呼ばれ方をすると、故郷に帰ってきた実感が凄い。


「今さらどのツラ下げて帰ってきたのかね、この子は」

「えっ」

「あんたが勇者様と一緒に冒険してたこと、とっくに聞き及んでるよ」

「そ、そうなんですか……!?」


 僕のことが村にまで伝わっているとは思わなかった。

 ということは、僕がパーティーをクビになったことも知っているのか?


「戻ってくるなら、もっと早く戻ってくればいいのに。勇者様との冒険はさぞや忙しいんだろうね?」


 どうやらクビのことまでは伝わっていないみたいだ。

 ……それも時間の問題だろうけれど。


「いや、その、ちょっと休暇をいただいたもので……」

「ふん。どうだっていいやね、そんなこと」


 自分から聞いてきたくせに、なんて言い草だ。

 昔から僕に当たりの強い人だったけれど、歳くって一層酷くなったな。


「よければ、蜂蜜パンをいただけませんか? 久しぶりに食べてみたくて」

「悪いけどウチはとっくに廃業してるよ」

「えぇっ!?」


 繁盛していた記憶しかないのに、廃業だって?

 この四年の間に何があったんだ……?


「お前さんのせいだよ」

「僕の?」

「お前さんが都に出て勇者様と冒険してるってことが村中に知れ渡ってね。感化された若いのが村を出てっちまったのさ」

「……!」

「若い連中がごっそりいなくなって、村はこの有り様さ。600年以上の歴史を持つリース村も地図から消えてなくなる日も近いね」

「……マヨイ婆さんの娘さんも、ですか?」

「村じゃ稼げないってんで、よその大きな町に行っちまったよ。今じゃ、あの子から送られてくる仕送りで辛うじて生き繋いでるってところだね」

「そうだったんですか……」

「だから、今この村の人間のほとんどはあんたのこと恨んでるよ。せっかくの休暇をゆっくり過ごしたいなら、あまりプラプラしないことだね」


 ……逆恨みじゃないか。

 そんなことで邪険にされるなんて納得がいかない。


 でも、そんなことを言う相手に文句を言ったところで、かえって角が立って暮らしにくくなるだけ。

 ここは黙っているしかない。


「せめて墓前に立派な花を添えてやるんだね。あの人も、まさか霊園に最後に入るのが自分だとは思わなかったろうよ」

「? あの、さっきから何を……?」

「んん? 何をって……あんた、じいさんが亡くなったから帰ってきたんじゃないのかい?」

「え」


 ……聞き間違いか?

 今、マヨイ婆さんは何て言った?

 じいさんが亡くなったって……誰のじいさんが亡くなったんだ?


「まさか知らなかったのかい!?」


 マヨイ婆さんが目を丸くしている。


 でも、僕の衝撃は彼女以上だ。


「じいちゃんが……死んだんですか……」


 マヨイ婆さんは、ばつが悪そうにこくりと頷いた。


「もう一年も前になるよ。あの人、ずっとあんたの帰りを待ってたんだよ」

「……そん……な……」


 故郷に帰ってきて突き付けられた現実。

 唯一の肉親の死。


 それを知った僕は、途方もない孤独感に苛まれた。

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