07. ウチのメイドは特別製?

「くそっ! くそっ! くそぉーーーっ!!」


 僕はマリーの頭を抱きしめながら絶叫した。


 数秒前までの鬱屈した気持ちが一転。

 シャインへ対する怒り、憎しみ、恨み――そういった負の感情が一気に溢れ出した。


 ゴールドマリー!

 あんなに綺麗だった彼女が、なんて酷い姿になってしまったんだ!!


 フェンサー!

 ウルファー!

 そして、マリー!


 僕の大事なものはすべて壊された。

 なのに、どうして僕はすべてを諦めていたんだ?

 シャインにここまでやられて、あいつをこのまま放置できるか?


 ……できるわけがない!!


 こんなことが許されてたまるか。

 絶対に許さない!


 僕は今頃になって、シャインに明確な敵意を抱いた。


 どんな手段を使ってでも、あいつに報復したい。

 勇者だろうと何だろうと、あいつだけは不幸のどん底に叩き落してやりたい。

 僕と同じ気持ちを味わわせて――否。僕の手であいつを!!


 心の内側を蝕むこの気持ちは、もはや殺意と言ってもいい。


「シャイン……! 絶対に許さない。ぶっ殺してやるぅーーーっ!!」


 生まれて初めて、他人への殺意を言葉として吐き出した。


 たった今、僕は復讐者として産声をあげたのだ。

 そう思った矢先――


「ぶっ殺すなんて物騒な言葉、使ってはいけません」

「うおわぁぁぁぁーっ!?」


 ――突然マリーから声が聞こえたので、思わず頭を放り投げてしまった。


「ぎゃふっ」


 石床の上に落ちたマリーの頭が、うめき声を上げて転がっていく。

 壁にぶつかって止まった頭は、痛がる表情を見せていた。


 ……なにこれ。どういうこと?


 今さっきまで僕の中で燃え上がっていた激情が急速にしなびて、代わりに困惑と動揺で動悸が激しくなってきた。


 僕は恐る恐るマリーの頭に訊ねてみることにした。


「マリー……だよな?」

「はい。あなたのゴールドマリーでございますっ」

「……生きてたの?」

「生きてたも何も、私は人形ですから死にはしませんよ」

「それは……そうだろうけど。でも、全身バラバラで頭だけじゃないか! そんな状態なのにどうして生き――う、動けるんだ!?」

「ええ。首から下はもう修復不可能なくらいバラバラになっちゃいましたね。頭だけ綺麗に残っていたのは幸いでした。日頃の行いが良かったからでしょうか?」

「そんな気楽に言うなよ……」


 なんとまぁ。

 バラバラにされても平然としているなんて、凄いメンタルだ。

 マリーらしいと言えばらしいけれど……。


 しかし、一体どうなっているんだ?


 ギフト〝人形支配マリオネイト〟は人形を操る能力。

 人形の定義は人によってまちまちだけれど、普通は人形使いが動かせると確信できる状態のものにしかギフト効果は適用されないはず。

 今のマリーは明らかにギフト適用の範疇外だろうに、何故……!?


 マリーの頭に近づき、恐る恐る頬をつついてみた。


「ちょ、何するんですかご主人様! 遊ばないでくださいっ」

「たしかに口が動いてる。瞬きもしてる。幻聴でも幻覚でもない……」


 ……僕の頭がおかしくなったわけじゃないらしい。


 フェンサーやウルファーは、全身をバラバラにされてまったく動かなくなってしまったのに、どうしてマリーだけはこんな状態でギフトの効果が持続しているんだろう。


 ギフトを解除することなく、何年間もずっと動かしっぱなしにしていたから?

 それとも、何か特別な素材で出来ていたから?

 ……わからない。


「と、とりあえず無事なんだね?」

「はい。体はこの有り様ですけど」

「よかっ……た」


 僕は全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


 心臓が止まるかと思うくらい驚いたけれど、マリーが生きて(?)いてくれて心の底から安堵した自分がいる。

 危うく自暴自棄になって馬鹿をするところだった。


「それよりも、ご主人様が無事でよかったです!」

「え? あ、ああ。片目と右手と右足はダメになっちゃったけどね。……あの時、かばってくれてありがとう」

「とんでもない! 主人を守るのがメイドの務めですからっ!」

「それってメイドって言うより、人形としての務めじゃないかな……」

「ところで、ここはどこです? 怪我をなさったご主人様が養生するには、清潔な場所とは言い難いですね。首から下があれば私がお掃除してあげたのに!」

「……調子狂うなぁ」


 頭だけの状態なのに、なんでこんなに元気なんだ。

 でも、いつも通りに振る舞ってくれる彼女を見ていると、自然と口元が緩んできてしまう。

 やっぱり僕にとってマリーは特別な存在だったんだ。


 神様なんて信じていなかったけれど、今この時ばかりは心から感謝したい。

 マリーを奪わないでくれてありがとう。

 おかげで僕は、これから先も生きていく希望を失わずに済みました。





 ◇





 秘密の隠れ家――便宜上、そう呼ぶことにした――で過ごすこと数日。

 棚には王国兵が長期遠征で携帯するような食料もあったので、外に出ることなく回復に集中することができた。


 失った右膝から下は、偶然ちょうどいい長さで残っていたマリーの右足を使って、簡単な義足を作ることができた。

 人形技師だった父さんの血を引いているからか、僕もそこそこ手先は器用なのだ。


 慣れるまでは歩きにくいけれど、机の脚を折って作った杖で移動はだいぶマシになった。

 ついでにマリーの頭は顎下に紐を結んで、大きなネックレスのような感じで僕の首から下げられるようにした。


「……んぐぐっ。ご主人様、ちょっとこれだと喋りにくいです」

「贅沢言うなよ。抱えているより楽なんだから」

「デクさんに持ってもらうのは?」

「デクは荷物持ちだからダメだ。腕も脚も貧弱だし、これ以上余計な物を運ぶ余力なんてないんだよ」

「仕方ないですね。我慢します」


 デクというのは、手紙の主が操っていた木偶デク人形のこと。

 ここを出る際に一緒に連れて行くつもりだったので、何か名前をつけようと言ったところ、マリーが提案してくれた。

 他に思いつかなかったので、僕もその名前で呼んでいる。


「よし。必要そうなものは全部まとめた。出発しよう」


 僕が杖を突きながら歩き出すと、後ろからデクがついてくる。


 デクには必要な物を詰め込んだ木箱を抱えてもらっているけれど、予想以上にふらふらしていて危なっかしい。

 華奢な作りというのもあるけれど、まだ僕の支配・・・・が馴染んでいないんだな。


 〝人形支配マリオネイト〟で支配する人形には練度がある。

 操る時間が長ければ長いほど、思い入れが強ければ強いほど、人形は人形使いの意のままに動いてくれる。

 それは戦闘において非常に重要な要素となる。

 聞くところによれば、王国軍が対魔王軍用に組織した魔導ゴーレム部隊(※戦闘特化型人形)では、徹底的に練度の向上に努めているそうだ。


 僕の場合、デクを支配してからまだ数時間ほど。

 あと一日くらいすれば、走らせることくらいはできそうだ。


 部屋の扉を開くと、真っ暗な廊下が続いている。

 ランプの取っ手をマリーの口に噛ませて、その灯りを頼りには僕とデクは廊下を歩き続けた。


 しばらくして、当かの奥に光が見えた。

 その光は階段の上にある石蓋の隙間から差し込んでいた。


 石蓋をどかすと、久しぶりの太陽の光に目がくらむ。

 加えて、あまりにも濃い緑の臭いで鼻が曲がりそうになった。


「てっきり町外れにあると思ったら、森の中じゃないか」


 外に出てみると、そこは木々や茂みに覆われた針葉樹林だった。

 よくよく周りを見てみれば、雑草に埋もれる形で石畳が敷かれていて、教会は倒壊していて瓦礫が茂みに隠されているという有り様だ。


「まさに隠れ家にうってつけの立地ですねぇ」

「……こんな場所にわざわざ僕を連れてくるなんて、あの手紙の主は一体誰なんだろう」

「あの手紙、達筆でしたねぇ。ご主人様よりずっと上手な字でした」

「達筆過ぎてちょっと読みにくかったけどな。……って、そんなことどうでもいいだろっ」

「まぁ気にすることはありませんよ。せっかく助かった命ですし、もう過去のことは忘れて新しい人生を歩みましょう!」

「マリーは本当、前向きだよな……」


 でも、たしかにその通りだ。

 手紙の内容から察するに、おそらく僕は死んだことになっている。

 だったら、今までと違う生き方をした方がよっぽどマシに生きていけるだろう。


 それに、今ならじいちゃんとやり直すことができるかもしれない。


「帰ろうか、マリー。僕達の故郷へ」

「はい。どこへなりともお供いたします!」


 こうして僕は魔王討伐という夢に破れ、故郷へと出戻ることになった。


 マリーの励ましのおかげで気分は晴れやか――なわけがない。

 僕は、心の奥底にどす黒い感情がくすぶっていることを今も実感していた。

 一度芽生えたシャインへの復讐心は、消えることはなかったのだ。

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