05. 天命に背くもの

 おかしい。

 僕は率直にそう思った。


 天候は悪く、人気の少ない貧民街近くの区画とは言え、建物一つ崩れる騒ぎがあったのに誰一人通りに現れないなんて。

 いくら礼拝の時間だからって、この状況には違和感しかない。


 ……助けを期待しても無駄か。

 仮に王国兵が駆けつけたところで、シャインの実力は王国軍の一個師団を上回る。

 この国で最強だからこそ、彼は魔王討伐の命を受け、勇者としての特権まで与えられているのだ。


「恨んでやる……」


 その言葉が、僕がシャインにできる最後の抵抗だった。


「はっ! 最期に言い残す言葉がそれとは、負け犬根性極まれりだな」


 シャインは僕を蔑む表情のまま、剣を振り下ろした。


「!?」


 しかし、その剣が僕に届くことはなかった。

 突如、僕とシャインの間に割り込んできた何者かが、彼の剣を受け止めたのだ。


「な、何ぃ~~~っ!?」


 シャインが珍しく驚きの表情を浮かべている。


 僕を身を挺して守ってくれたのは――


「フェンサー……?」


 ――すでにボロボロに大破していて、操作不能に陥っていたはずの剣士人形フェンサーだった。


「なんでこいつが動いてる!? これほどぶっ壊れた状態じゃ、マリオのギフトは効かないはず……!」


 シャインの言う通り、僕も困惑している。

 過去、ここまで破損した状態でフェンサーが動いた例はなかった。


 全身ボロボロで、両足ともに折れ曲がり、左腕に至ってはもげ落ちている。

 辛うじて繋がっている右腕――そこに握る剣で、シャインの攻撃を正面から受け止めてくれているのだ。

 今も全身が砕け散りそうなほどにギシギシと悲鳴を上げながらも。


「フェンサー……そんな状態で、助けに来てくれたのか……」


 言葉を持たないフェンサーの行動を前に、僕は視界が滲んだ。

 諦めるな、と言ってくれている気がしたから。


「ふざけやがって! ゾンビか、てめぇは!?」


 鍔迫り合いも途中で、シャインはフェンサーの胴体を蹴り飛ばした。

 踏ん張りが利かなかったフェンサーは、体の破片を散らかしながら瓦礫の上を転がっていってしまう。


「くそが! あいつが持ってるのは、屋敷に置いていた俺の剣じゃねぇか。人形如きが勇者様の剣を持ち出すとは不相応な真似を……!」


 その時、燃え上がる炎が矢のようにシャインへと向かって飛んできた。


「うおっ!?」


 シャインはとっさに飛び退いて炎の矢を躱した。

 おかげで、後ろ手に捕らえられていたマリーは解放され、すぐに僕の元へ戻ってきてくれた。


「ご主人様!!」


 マリーが体を抱き起こしてくれたので、今の炎の出どころもわかった。

 雨の中、通りに立つ小さな影を僕は見た。


「ウルファー……!」



 それは、もう一つの僕の人形――魔導士人形ウルファーだった。

 彼もボロボロの姿でこの場に駆けつけてくれていた。


 ウルファーには両腕がなく、胴体にも酷い裂傷が走っていて、まともに動ける状態でないことは明白だった。

 胴体の傷からは、体内に組み込まれた魔導石が覗いているほどだ。

 そして、それらに光が灯った瞬間、ウルファーから新たな魔法が放たれた。


 攻撃魔法の代表格――熱殺火槍ファイア・ランスだ。


「ちぃっ!!」


 しかし、相手は勇者シャイン。

 熱殺火槍ファイア・ランスは軽々と聖光剣によって斬り払われてしまった。


「狼頭の人形までも……! どうなってやがる!?」


 想定外の状況に、シャインも戸惑っている様子。

 僕自身も困惑しているのだから、それも当然のことだろう。


 人形使いとして活動するために必要なのは、操る人形と、それを操る術――ギフト〝人形支配マリオネイト〟だ。

 でも、人形を動かすにも限界がある。

 人間が瀕死の重傷を負えば動けなくなり、意識すら混濁するように、人形も稼働が困難になるまで傷つけばギフトの効果は及ばなくなる。

 なのに、この二体はそんな〝人形支配マリオネイト〟の常識を超えた動きを見せてくれている。


「褒めてあげてください、ご主人様。フェンサーとウルファーが、限界を超えてあなたを守ろうとする雄姿を」

「わからないよ、マリー。一体どうして彼らは動けるんだ……?」

「あなたにわからないはずがありません」

「え?」

「あなたから受けた愛情への恩返し。彼らはそのためだけに、今この場に駆け付けたのです。同胞として、私には理解できます」

「……」


 ウルファーが立て続けに熱殺火槍ファイア・ランスを放つ中、起き上がってきたフェンサーが炎を躱すシャインを追撃している。

 あんな状態だというのに、普段と遜色ない連携に驚くばかり。


「彼らが時間を稼いでくれているうちに逃げましょう!」

「でも、僕だけ逃げ出すわけには……っ」

「いいんです! それが彼らの務め。あなたを生かすことこそ、あなたの人形としての使命を全うすることなのですから」

「……わかった」


 僕はマリーの肩を借りてなんとか立ち上がった。

 右腕もなければ、右足もない。

 こんな状態では一人で歩くことすらままならないけれど――マリーが一緒ならば不安はなかった。


「参りましょう!」

「うん」


 背後からは、激闘を予想させる戦闘音が届いてくる。

 こんな僕のために戦ってくれているフェンサーとウルファーには感謝しかない。


「ありがとう――」


 マリーと共に瓦礫を越えていくさなか、不意に振り返ると。


「――っ!?」


 シャインの聖光剣が二体を斬り刻む瞬間を目にした。


「くそがぁっ!! せっかくの戦力を余計にぶっ壊しちまった!!」


 無惨にも斬り刻まれたフェンサーとウルファーの体は、バラバラになって瓦礫の上にぶちまけられていく。

 ここまで破壊し尽くされれば、もはや彼らも動くことはなかった。


 ……考えてみれば、当然の結果だ。

 僕は人形使いとして、前衛で戦うシャインのフォローをするためにパーティーにいたのだ。

 フェンサーもウルファーも、彼の負担を減らすための予備戦力に過ぎない。

 真っ向から戦って、彼を苦戦させることなどできるわけがなかった。


「ムカつくぜ。俺のギフトをもってしても、この世のすべてが思い通りになるわけじゃない。正直、これはストレスだぜ?」


 シャインが身勝手なことを言いながら、僕達へと迫ってくる。


「だが、まぁいいさ。俺がぶっ壊したなら、きっと直る前提の壊れ方をしているだろうからな。金は掛かるが……それも問題じゃねぇ」

「違うよシャイン。人形だからって、何でもかんでも元取りになるわけじゃないんだぞ……!」

「なんだマリオ。その怪我でまだ喋れる元気があったのか?」

「あんたは恵まれ過ぎていてわからないんだ。僕と彼らの絆――どれだけ長い時間を共に戦ってきたか、大切に想ってきたか。彼らにだって心がある!」

「その彼らってのは、まさかこの人形どものことか? 気持ち悪いなお前……こんなもん、ただの戦いの道具だろうが。人間扱いでもしてるつもりか!?」

「なんと言われようと、僕は彼らに心があるってわかったんだ。でなきゃ、あんな状態で助けてくれたりするもんか!」

「……もういい。不愉快だよ、お前。俺の都合に合わせる気がないのなら、さっさとくたばれ!!」


 シャインがあらためて剣を構えた。

 フェンサーもウルファーも動けない中、あの一撃を躱す手立てはもうない。


 ……終わりか。

 でも、最期だとわかっていても、マリーが傍にいてくれるなら怖くはない。


「死ねぇっ!!」


 シャインが剣を振り下ろした直後、光り輝く剣閃が向かってきた。

 僕は死ぬ。

 そう思った瞬間――


「死なせはしません!!」


 ――マリーが僕を押し退けて、剣閃の前へ飛び出した。


「なっ! マリー!?」


 とっさに僕が伸ばした手は、彼女の髪をかすめて掴むには至らなかった。


 そして。

 光り輝く閃光の中、彼女の体は砕けて散った。

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