この恋の倍速再生を止めたい 第6話

 そうして、アヤカとは晴れて恋人同士となった。といっても、劇的に何かが変わったわけではない。それまでと同じようにメッセージを送りあったり、たまに時間を見つけては都内のレストランで食事をしたり、カフェに行ったりして時間を過ごした。夜は遅くならないうちに、アヤカを家へ送り届けるのが通例だった。あの日から、何かが進展することもなく、そんな代り映えのしない日常が続いた、年末も差し迫ったある日――。


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 最近2人で通うようになった、気さくな老夫婦が経営している赤坂見附のカフェ。オーナー兼給仕役のおばあさんは愛想が良く話上手だが、それでいて必要以上に客に干渉することはしない。マスターのおじいさんも、普段はコーヒーと料理を作るのがメインで厨房に引っ込んでいるが、たまに顔を見せたときには丁寧に挨拶をしてくれる。店は路上に面しており、採光が考えられた大きなガラス窓から差し込む日光のおかげで昼間は常に明るい。オープンテラスもあるが、寒さのためか客は座っていないようだ。ゆるいジャズが流れる店内は居心地がよく、アヤカのマンションがある虎ノ門まで近いのも都合がよい。この店は2人のお気に入りだった。


 今日もアヤカはさくらんぼの乗ったメロンクリームソーダを、ショウはホットコーヒーを注文して、お茶うけに出されたクッキーをかじりながら、何気ない雑談に興じていた。


 「そういえば、アヤカは年末どうするの?里帰りとか」

 「うーん……。お父さんは日本にいないし、東京にいてもやることないんだよね……」

 「あれ、実家は島根?って言ってなかったっけ?」

 「あー、うん。ウチお父さんとお母さん、離婚しててね。島根は、お母さんの実家。小さいころはあっちに住んでたんだけど、今は東京」

 「あ、そうなんだ……。なんか、ごめん」

 「ううん、別にいいよ。別に、隠すことでもないし」


 そう言ったアヤカの表情は、憂いとも寂しさともつかぬ表情をしていた。


 「その……お母さんとは連絡とか取ってないの?」

 「うん、あんまり……。一応、月に1回くらいは会う権利があるらしいんだけど、なんとなく会う気になれなくて。離婚の原因、お母さんの浮気が原因らしいんだ。お父さんは「会ってもいい」とは言ってくれるんだけど、何かお父さんに悪い気がして」


 アヤカが、いったい今までどんな生活をしてきたのか。ショウはそれを深く知れば知るほど、アヤカを大切にしたいという気持ちが芽生えるのを感じていた。そもそも母親の浮気が離婚の原因なら、アヤカの母親にもう別の家庭があってもおかしくないのだ。そんな母親のことも気遣う心根の優しいアヤカだからこそ、会いたくないという気持ちも本当なのだろう。アヤカにとって島根は、大切な家族との思い出の土地でもあり、同時に母親との離別を想起させる場所でもあるのだ。


 「じゃあさ、俺と2人で旅行行かないか?島根旅行!」

 「え……?」

 「どうせ年末年始の休みで時間があるならさ、2人でアヤカの地元に行って、思いっきり遊ぼう! それで、楽しい思い出を増やして、また東京に戻ってがんばる! みたいな。どう?」

 「え……? え……?」


 我ながら、突拍子もない思い付きだ。ただ、なんとなくこの悪い雰囲気を明るくしたかった。自惚れかもしれないが、自分と一緒に過ごせば、アヤカの辛い思い出が、楽しい思い出で上書きされるのではないかと思った。それから、外泊というイベントを使って、あのクリスマスイブの日からちっとも進展しない2人の関係を進めたいと願う、ちょっと不純な動機も。


 「うん……まあ、別に行ってもいい、かな……。いや、むしろ、行きたいかも……!」


 アヤカが肯じたのをみるや、すぐにまくし立てて話し出す。気が変わる前に計画を決めてしまおう。


 「よし、決まり! じゃあ計画練ろう! 新幹線今から取れるかな? あ、その前に飲み物おかわりもらおうか。すいませーん!」


 「あっ……ふふっ。ショウくん、うれしそうだね。あと、島根は新幹線通ってないよ。乗り換えないと。あ、でもせっかくだから、鳥取の方も行ってみたいな。砂丘とか。ラクダ乗ってみたい」


 「お、鳥取砂丘! いいね。ネットとかでは見たことあるけど、行ったことないんだよなあ。ほかに何か観光スポットあるかな?」


 「あとは、出雲大社にも行きたいかも。ちょうど初詣だし。縁結びの神様なんだって」


 縁結び。いまのショウにとって、その言葉は特別な意味を感じられた。ついに恋人同士として結ばれた2人だが、何か明確にカタチがあるわけではない。結婚――はまだ早いにしても、目に見えるモノで2人の関係性を現したい、そんな欲求が頭をもたげてきていた。


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 大晦日。世間は新年へのカウントダウンを控え、なんとなく浮足立っているように感じられた。街には年末の休みを利用して出かける人であふれていたが、ここまで来る電車は少し空いていたような気もする。既にもう里帰りを済ませた人たちが東京からいなくなったからだろう。

 ショウは、空港行きの電車へ乗り込むため、早朝の品川駅にいた。アヤカとは空港まで一緒に向かおうと約束しているので、行きかう人々を眺めながらぼーっと待っている。


 いろいろと山陰旅行のプランを相談した結果、新幹線ではなく飛行機を使おうということになった。お金はかかるが、幸いにして新卒1年目の給料にしてはそれなりに大きな金額をもらっていたのでいくらかの蓄えはあったし、急な出費に関してはアヤカも問題ないとのことだった。お父さんが海外駐在の引け目からかどうも多額の仕送りをしており、彼女の生活費や学費はすべてそこから支払われているそうだった。


 旅程としては、まず飛行機で鳥取空港を目指す。鳥取砂丘を観賞したのち、島根方面へレンタカーで移動。アヤカの故郷でもある中間地点の松江市で一泊したのち、出雲大社へ向かう。帰りは出雲から東京行きの寝台特急に乗って帰京、というプランにした。運転に先駆けてルートの確認をしていると分かったことだが、鳥取砂丘と出雲大社は結構遠い。地図アプリで調べたところ、約160km離れている。合間に少しずつ休憩を入れながら、ゆっくりと運転した方がいいだろう。東京に暮らしていると、たまの休みに親の車を借りて使うくらいしか運転の機会がないため、ほぼペーパードライバーのようなものだ。


 そういえば、最近こうやってぼんやりと考える時間が増えている気がする。以前なら少しでもスキマの時間ができればスマホを開いて、動画サイトでドラマやらアニメを倍速再生してみていたのに。アヤカに出会ってから、少しずつ時間の使い方が変わってきている気がする。


 そんなことを考えていると、JRの改札からアヤカがこちらに向かってくるのが見えた。ガラガラと大きなスーツケースを引きずっている。


 「お待たせしました~……!」

 「おはよう。何が入ってるのか分からんけど、荷物すごいね。海外旅行みたいだ」

 「そうかな? 女はいろいろと入り用なものが多いんだよ? 砂丘でいっぱい歩く用のスニーカーでしょ、防寒用のウィンドブレーカーでしょ、メイクポーチでしょ、あとすっぴんの時に着けるメガネでしょ、夜用のかわいいパジャマでしょ、ドライブ中にショウくんとたべるグミでしょ……」


 なるほど。確かに今のアヤカはクリスマスに着ていた白のロングコートにヒールとオシャレな女子の服装をしているが、これで砂丘は歩けまい。ショウは自身の姿を改めて見やった。厚手のパーカーとスニーカーに小さめの旅行バッグという、いつも通りの軽装なファッション。自身と比較しても、確かに女の子は大変なのかもしれない。それになにより、初めて一夜を共にするのだから、そういった面でも色々と準備が大変のようだ。少し無神経だったかもしれない。


 「わかった、わかった。ごめんごめん。じゃあ、そろそろ行こうか」

 「はい、わかればよろしい」


 荷物の多さを正当化し続けているアヤカをひとまず押しとどめ、空港行きの電車へ乗り込む。ショウからすれば、おやつやらなんやらは現地のコンビニで調達した方が往路の荷物が減って効率的だとは思ったのだが、あえて口にはしない。この無為とも思えるやり取りの時間が、なんとなく幸せに感じられた。なにより、アヤカがこれほどまでに楽しみに準備しきてくれたことがうれしい。


 空港行きの電車は、乗り込んだときは空いていたが、数駅を経てほぼ満員だった。31日であっても、やはりまだまだ里帰りをしたい人は多いのだろう。自分たちのような観光客もいるかも。電車に揺られながら、隣に座るアヤカへ声をかける。たわいもない雑談だが、(アヤカにとっては)重要な事実を告げる。


 「そういえばさ、ラクダいま乗れないらしいよ」

 「え……? そうなの……?」


 アヤカは、やはり驚いている。少ししょんぼりしているその姿からは、ラクダに乗ることを楽しみにしていたのが伝わってくる。


 「うん、なんか、ラクダ体調不良なんだって。人乗せすぎて」

 「そっか……体調不良ならしょうがないね……。でも、砂丘は行ってみたいな。東京に住んでると、自然を感じられる機会ってあまりないじゃない? だから、ラクダはいなくても、行きたいかな」


 体調不良という言葉に思うところがあったのか、はたまた純粋な落胆かわからないが、アヤカがなんとなく憂いを帯びたような、遠い目をした様に見えた。しかし、いまどきの若い女の子が、自身にゆかりのある地とはいえ、砂丘に興味を持つのがなんとなく意外だった。ショウの見知った東京に暮らす女子は、やはり「タイパ重視」でいわゆる「都会的」な子が多かった気がする。そんな女子たちと比較しても、アヤカは、どこか変わっているように感じられたのだった。


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 空港へ到着してからは早かった。手荷物を預け、保安検査場を抜け、バタバタと搭乗口へ向かう。どうも鳥取行きの乗り場は空港内でも端の方にあるようで、結構な距離を歩かされた。相対的に利用者が少ないからかもしれない。


 アヤカは、飛行機には慣れているようだった。子どものころ、何度も東京に遊びに来ていたそうだ。かくいうショウは、実は1度も飛行機に乗ったことがなかった。シートベルトの締め方がわからずもたもたしていると、隣の座席に座るアヤカが教えてくれた。乗り込んでから飛び立つまで意外と時間がかかるものだということも初めて知ったし、離陸した直後のあのなんとも言えない浮遊感も体験した。飛行機内はかなりうるさく、気圧のせいで耳も良く聞こえないので、なごやかに会話を楽しむような余裕はなかった。スマホにダウンロードしてきたアニメを見て時間を潰そうと思ったが、機体が揺れるせいで画面を見ていると気分が悪くなってきたのでやめた。ふと隣のアヤカを見ると、アイマスクをして座席にもたれて眠っていた。仕方なくショウも目をつぶり、ただただ陸地の恋しさを待ちわびるばかりであった。


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 鳥取空港に着いてすぐの第一印象は、「寒い」であった。東京よりも寒い気がする。スマホで調べたところ、鳥取は「典型的な日本海側気候」のため雨や雪、曇りの日が多いらしい。空港の駐車場を見やると、確かに少量の雪のかたまりが路肩にどけて固められていた。


 「寒いねー……。うわ、雪があるよ」

 「だな、ほんと寒い。早くバス乗ろう。駅でなんか食べよう」


 2人で空港連絡バスに乗り込み、鳥取駅へ向かう。まずはここで腹ごしらえをして、それから砂丘に向かおうという計画だ。大晦日なので開いている店は少ないかもしれないが、大手チェーン店なら大丈夫だろうとの目算で向かうと、予想通り東京でもよく見る大手カフェチェーンが営業していた。驚いたのは、店舗の外観が東京でよく見るそれと異なり、大きな平屋の一戸建てだったことだ。


 「やっぱりスタバはどこで飲んでも美味しいね~……」

 「チェーン店の安定感だよなあ……」


 暖かいホットコーヒー(と、アヤカはラテ)をすすりながら、2人で人心地着く。ベーグルとキッシュをつつきながら、普段と代り映えのない朝食を終えた。本番はこれからだ。


 路線バスに乗り込み、砂丘へ向かう。車窓に流れる異郷の街並みを見ていると、弥が上にも気分が盛り上がってくる。まあ、同じ日本なのでそれほど大きな違いはないのだけれど。隣では、アヤカが車中の狭いスペースをうまく使って、せっせと靴と上着を履き替えている。


 遠くに砂丘が見えてきた。防砂林に囲まれているため良くは見えないが、かなり広いことが分かる。とある一か所のスポットということではなく、この辺り一帯の砂丘群を総称して鳥取砂丘というのだろう。砂丘の奥には日本海が見える。


 「うわー、でかいね、砂丘」

 「ああ。ちょっとびっくりしてる。こんなに広いとは。東京でよくある自然公園的なノリかと思ってたけど、全然違うね。ガチの砂漠って感じ」

 「これ、迷ったら遭難しそうだよね。スニーカー持って来てよかった……」


 駐車場でバスを降り、歩いて砂丘の入り口へ向かう。長めの木製階段を登り、まさに小高い丘くらいの高さまで上がると、砂丘の全景が目に飛び込んできた。


 「うわー……。すごい……。ほんものの砂漠だ……。砂漠なのに海が見えるって、なんかすごいね」

 「テレビで見るマジの「砂漠」って感じだな。なんもない。砂以外」

 「ねえ、行ってみようよ。奥まで。この「馬の背」ってところ」


 砂丘の入り口でもらったパンフレットに指差しながら、アヤカが移動を促す。パンフレットには、「「馬の背」は「鳥取砂丘の中でも最も大きな砂の山で、てっぺんは標高47m(15階建てのマンションの屋上の高さくらい)」と記載されていた。あと、「砂漠」と「砂丘」の違いについても。一定の降水量があると「砂漠」は「砂丘」と呼ぶらしい。


 一歩踏み出して、砂丘を歩く。やや足が沈み込む感じはするものの、湿度のおかげか砂は固く、歩けないことはなさそうだ。砂丘の上には、まばらに白い雪が残っていた。空港にいた時には曇りがちだった空は、少しずつ晴れ間を見せてきており、日が差して暖かくなってきていた。隣のアヤカを見やると、息が上がってきている。


 「はあ……はあ……」

 「アヤカ、大丈夫?」

 「う、うん……。思ったより遠いね。運動不足かな……」

 「無理しないで、ゆっくり行こう。休憩しながら。これは俺でも結構キツイ」

 

 バッグから緑茶のペットボトルを取り出し、アヤカに渡す。砂丘の入り口で荷物のほとんどをロッカーに預けていたので身軽ではあったが、飲み物だけは持って来ていて正解だった。


 「ふう……。ショウくん、ありがとう」

 「どうする? 引き返すか?」

 「ううん、登ってみたい。上まで」

 「よし、じゃあもうちょっと頑張ろう」


 あたりを見回すと、老若男女問わず、人がまばらに歩いていた。観光客だけでなく、地元民と思しき服装の人達も見える。大晦日だというのに砂丘に登るなんて奇特な人もいるもんだと思ったが、いまの自分達を省みて苦笑した。


 少しの間休憩をとり、再び歩き出す。頂上へ向かう最後の勾配がかなり急で、まるで登山をしているような気分だ。アヤカに手を貸しつつ、少しずつ登っていく。そしてようやく、「馬の背」の頂上にたどり着いた。


 「うわあ……。すごい。登ってきた下があんなに遠い……。なんか、達成感ある……!」

 「だなー。登山成功! って感じ」


 「馬の背」から見える景色は、絶景だった。正面には視界全体に日本海の水平線が広がり、後ろを振り返れば一面の砂漠。見渡す限りに自然物が広がっているこの景色は、確かに東京では見られない。海と砂漠以外に何もない。なんとも無味乾燥なきらいがあるが、気分は悪くなかった。


 思えば、東京に暮らしていると、常に時間や効率を意識してしまう。スキマ時間を埋めたがったり、経済的な便益のない行動を排除しようとしたり、どうしても合理性だけで物事を考える癖がついてしまった。だが、今はどうだろう。わざわざ多大な労力をかけて、何もない砂山を登って、何もない景色を見つめている。実に非効率的で不合理な行動だ。だが、アヤカと同じこの時間を共有していることが、なんだか合理では測れないとても大切なことのように思えていた。


 「あれ、なんだろ? テレビカメラ?」

 「ん……?」


 アヤカの呼びかけに、思考が中断される。何やら、数人のカメラクルーと思しき人たちが、本格的な撮影で使うようなテレビカメラを持って、観光客と話をしていた。何かの撮影だろうか。クルーの一人が、マジックで書かれたフリップを掲げている。『砂丘の中心で大好きな人へ愛を叫ぼう!! なかうみテレビ』と書かれている。リポーターと思しき女性の人が、マイクを持ってこちらへ向かってきた。


 「すみません、いまちょっとお時間よろしいでしょうか? いま「なかうみテレビ」の企画で、撮影に協力してくれる素敵なカップルをお探ししてまして。お二人は地元の方ですか? それとも観光で?」


 「はい、私たち、東京から来たんです」

 「あら、そうなんですね~! 遠いところわざわざありがとうございます。それでですね、いま「砂丘の中心で大好きな人へ愛を叫ぼう!!」という企画をやってまして……」

 「ふんふん……!」


 アヤカは、楽しそうに企画の内容を聞いている。だがショウは、率直に言って「めんどくさいことに巻き込まれた」と思った。東京でもたまにテレビの取材で呼び止められることがあったが、自身の姿がカメラを通じて大勢に放送されることがあまり好ましいこととは思えなかったため、いつも断っていた。


 企画の概要をかいつまむと、「馬の背の上(約47m)から彼氏が、下にいる彼女に向かって、大声で愛を伝える」「そのあと、砂丘を一気に駆け下りて、下で待っている彼女を抱きしめる」というもので、地元ケーブルテレビでは10年以上前から折に触れて開催されている人気企画(らしい)とのことだった。


 「ねえショウくん、やってみようよ!」

 「え……マジで? 恥ずかしいじゃん。テレビでも放送されるんだぞ?」

 「せっかく旅先に来たんだから、名物を体験しないと損だよ! 旅の恥はかき捨てだよ!」

 「うーん……そうなんだけど……。テレビかあ……」


 ショウがなんともはっきりしない態度を見せていると、リポーターさんが「まあ、テレビと言っても全国放送じゃなくて地方のケーブルですから」と自嘲気味にフォロー? をしてきた。そのなんとも哀愁の漂う雰囲気と朴訥な印象にほだされて、まあローカルで多少放送されるくらいならいいかなと心を動かされ始めていた……。


 「そうだな、まあ、放送しても、いいかな……。で、何を言えばいいんでしょうか。愛を伝えるって」

 「え、ショウくんが言うの? 私が言おうと思ってたんだけど」

 「え? 彼氏が彼女に言うんじゃないの?」


 アヤカは、どうやら自身が「馬の背の上から伝える役」をやりたいようだった。でも、それだと企画の主旨に反するのでは? ちらりとリポーターさんに目を向けると「女性からのメッセージは珍しいのでぜひ撮りたい」とのことで、全く問題がないそうだ。


 リポーターさんに促されて、「馬の背の下」に降りる。アヤカは上に残ったままだ。別のスタッフの方から、細かい説明を受けているようだ。撮影前の待ち時間にリポーターさんが、声をかけてきた。


 「彼女さん、積極的ですね! 告白はまだしてないんですか?」

 「あー、いや、告白はまあ一応したっていうか、はい、僕の方から」

 「あら、そうなんですね? 彼女さんが言いたいことってなんでしょう?愛されてますね~!」


 思い出すのは、クリスマスイブのあの日。ちょっとしたボタンの掛け違いで、アヤカを傷つけてしまった日。泣きそうになってしまった彼女を泣かせたくなくて、咄嗟にキスをした。そのあと、キスをしたという事実を追認するかのように、告白をした。完璧とは言えないかもしれないが、まったくおかしな告白でもないとは思う。多分……。


 アヤカは何を言いたいのだろう。変なことは言われない、はず。なんでだろう、ソワソワしてきた。緊張している。何て言われるんだろう。女性が愛の告白を受ける前って、こんな気分になるのか……。緊張状態の中、スタッフさんからキューが出て、カメラが回り出した。頭上を見上げる。15階建てビルと同じくらいの高さだから、ほぼ真上を向くような格好になった。アヤカが叫んだ。


 「ショウくん!! 始めて病院で会った時、一目惚れでした!! また会いにきてくれた時、本当に嬉しかったです!!」


 「本当は私から言いたかったけど、クリスマスイブで先に言われちゃったから、もう一回ちゃんと言うね!!」


 「私は、ショウくんが、大好きです!! これからもずっと一緒にいてください!!」


 叫んで、アヤカが走りだした。急な勾配の砂丘を、足をもつれさせながら駆け下りてくる。何度も転びそうになりながら、徐々にスピードを上げて、走って来る。もう自分一人ではすぐには止まれない速度になっているアヤカを、ショウは両腕を広げて迎え入れた。そのままぶつかると衝撃が強いので、スピードを殺すために両腕を掴んで抱き合ったまま、その場でくるくると回る。カメラに写っている2人は、まるで、ダンスを踊っているように見えているかもしれない。リポーターさんたちの暖かい笑顔が、回りながら視界の端にぼんやりと見える。


 落ち着いて、腕の中のアヤカがこちらを見て言った。


 「えへへ……。どうだった? 愛の告白。大声出して走ったから、まだドキドキしてる」

 「ああ、めっちゃ感動した。ありがとう。こちらこそ、ずっと一緒にいてな」

 「うん……。ありがとう……」


 幸せで穏やかな時間が流れていた。遠くでリポーターさんが小さく拍手をしている。周りのスタッフも気遣って、すぐには声をかけてこないようだ。その気遣いに感謝しつつ、しばらく抱き合っていた。


 アヤカはきっと、告白のやり直しがしたかったのだろう。それは決して悪い意味ではない。それは「告白を受ける」という受け身でなく、「自ら告白をする」という能動的な行為によって、恋人という関係を構築したいというアヤカの強い意志だった。何がここまで彼女を突き動かしているのか、この時のショウには知る由もなかった。


(つづく)

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