第15話 花の落とし主

阿雨アーユー、第二皇子のお部屋の場所は分かる?」

『わん』


 雨が元気よく吠える。夏晴亮シァ・チンリァンが頭を撫でると、雨がしっぽをぱたぱたと振った。雨が歩き出したので、その後を追う。夏晴亮に合わせてゆっくり歩いてくれる。高等精霊と聞いたが、本当に賢い犬だ。


 部屋の前まで行くつもりはない。廊下に見張りがいるだろうし、調べていることを勘繰られたら早々に白旗を上げることになる。


 そう思ったところで、第二皇子の部屋ならば馬宰相に聞けばいいのだと思い至った。それなら敢えて危険を冒す必要は無い。証拠を探す段階まで来たら、隙を見て部屋の中を雨に捜索してもらおう。


『わん』


 雨が小さく鳴いた。そろそろだと言っているのだろう。ここまで分かれば十分だ。雨に礼を言って元来た道を戻る。すると、角から人影が現れた。


 しまった。第二皇子か。しかし、まだ夏晴亮は疑われるようなことはしていない。堂々と歩けばいい。予想を反して、出てきた人物は先ほど会った任明願レン・ミンユェンだった。


「おっと、失礼小さな女神。貴方にまた会える幸福に感謝します」

「任先輩、こちらこそ先ほどは素敵なお花を有難う御座いました」

「私の名前を知っていたのですか。嬉しいです」


 にこにこ、圧の強い笑顔で近づいてくる。もし、気があると勘違いさせたら申し訳ない。


「同室の先輩に教えてもらいまして」


 正直に答えると少々がっかりした顔をされたが、あとでもっとがっかりされるよりはいい。


「それは残念。でも、名前を知りたいと思ってくださったのですね」

「はい。せっかく頂いたので」


 どこまでも前向きな態度にこちらも感化される。


「今は業務中でしょうか」

「はい、そうです」


 箒を見せて言う。任明願が笑いながら息を吐いた。


「そうですか。お時間があればお茶にお誘いしたのに」

「申し訳ありません。またの機会にお願いします」

「謝る必要は無いですよ。では、またの機会に期待します」


 恭しく拱手された。彼の方が先輩で立場も上なのに、随分丁寧に扱ってくれる。


 彼は第二皇子のお付きであるから、もし第二皇子が犯人なら気付いているかもしれない。


 味方になってくれたら、これ以上の人物はいない。だが、それは秘密を共有することになる。慎重に慎重を重ねた方がいい。

 また会話する機会があったら、それとなく探ってみよう。





「夏晴亮、花をもらったそうだな」


 翌日、ふらりと第一皇子が部屋にやってきた。急なことで、夏晴亮が目を丸くさせる。馬星星マァ・シンシンは間もなく戻ってくる予定だが、今はいない。


「任明願先輩に頂きました」

「それをか……!?」


 奥にある過敏を指差される。そこには二つの過敏が並んでいる。


「はい。花束の方を。たまに落ちているお花と同じなので、もしかしたらそちらも任先輩が落としたのかなと──」

「違う!」


 任深持レン・シェンチーが声を張り上げた。花のことで感情的になる理由が分からず、どう反応していいのか動けなくなってしまう。


 しばしの沈黙が流れる。意を決した任深持が夏晴亮に近づき、後ろ手に隠していた花を差し出した。


「いつも花を置いていたのは私だ」

「えっ」


 てっきり誰かが花束を買って、そこから一本落ちたものだと思っていた。わざわざ第一皇子自ら購入して置いてくれていたとは。


「部屋の前に置かれていたのは、もしかして馬先輩に」

「お前にだ!」

「私に!?」


 何故、自分に花を渡すのかが分からない。今までの態度から察するに、まさか、任明願のようなことではないだろう。


「これは気付かず申し訳ありませんでした。以前落ちていたとおっしゃっていたので、任深持様が買われていたとは思っておりませんでした」


 任深持が苦虫を噛み潰した顔をする。謝ってみたはいいものの、やはり怒らせてしまった。ここで働くまで人との交流があまりなかったため、人の機微に疎いことは自覚している。


「……明日、酉の刻、毒見の届け人を私が務める。同室者は席を外すよう伝えてくれ」

「あ、えと、承知しました」


 やや重苦しい、低い声でそう言うと、静かに任深持が帰っていった。怒っているのかと思ったが、違う気もする。毒見はたいてい馬宰相が来るが、明日は第一皇子がするという。


 何か、何かしたのだ。恐らく自分が。今の会話で第一皇子の何かに触れてしまった。困った。全然分からない。明日が来るのが怖い。


「亮亮、今第一皇子がいらっしゃったりしてた? そこですれ違って」

「馬先輩~~~~!」


 相談相手という救世主が戻ってきてくれた。夏晴亮が涙目で抱き着く。馬星星は夏晴亮の頭を撫でながらたどたどしい説明をゆっくり聞いた。


「なるほど、だいたい分かったわ」

「この場にいなかったのにさすがです!」


 話を聞いただけで理解したらしい。様々な位の人間と関わる宮女の仕事を長くしているだけある。


「じゃあ、私はどうすれば」

「馬先輩にまっかせなさ~い!」


 馬星星が片目を瞑って自信満々に言った。

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