第8話 選択
「でも大変ね。これからは術師としても働くんでしょ?」
「それなのですが」
馬宰相がぽんと両手を合わせて言う。
「術師として本格的に働くのであれば、当然宮女との両立は難しいです。なので、選んでください。術師としてか、宮女としてか、どちらで働きたいのかを」
「ええ……!」
人の役に立てるならと思っていたが、そこまで考えが至らなかった。卒業したら選択しなければならないとは言っていたが、まだまだ先のことでその時考えればいいと後回しにしていた。横にいる
「こんないきなり!? そう、まだ座学を学んでいないわ。それまではなんとか」
「中途半端はあまり歓迎出来ません」
馬宰相の言い分はもっともだ。しかし、学んでもいないのに、術師を選んで上手くいくのか自信が無い。それに、後宮の外で働くこともあるとすると、もうこの部屋にもいられないかもしれない。ただ、未来への可能性があるなら、女性では珍しい術師に挑戦したい気持ちもある。
「迷っていますね」
「はい。突然だったので……申し訳ありません」
「そうですね。それに、術師で女性は一人もいらっしゃいませんし」
「一人も!?」
珍しいとは思っていたが、一人もいないとは想定外だった。
「術師、だと……?」
「わっ」
第一皇子が来ることは稀なため、夏晴亮が思わず声を上げる。任深持が一歩、また一歩と近づいてくる。
「皇子、少々不気味で御座います」
「お前に言われたくない。それより術師の話をしていたな? まさかそこの新人に担わせることはないだろうな」
任深持の瞳に怒りと焦りが籠っている。馬星星が夏晴亮の背中を擦った。
「任深持様、ご心配なさらないでください。私は宮女として雇ってもらい、まだまだ見習いの身です。宮女として一人前になってから、術師については考えようと思っております」
「亮亮」
「ふん。自分の立場を少しは理解しているようだ」
彼がやってきて事が収まるよう出てきた言葉だが、それに嘘は無かった。雇われてまだ数週間、未熟なところばかりだ。今すぐにでも術師を補充しなければならない程ではないだろうから、少しずつ成長して、改めてその時に選択させてもらいたい。
「そうですか。私どもはいつでも歓迎致しますので」
「有難う御座います」
「帰るぞ、馬牙風」
「あれ、そちらのお花」
夏晴亮が、任深持が一輪の花を持っていることに気が付いた。任深持の顔が今度は真っ赤に染まる。
「これは! 拾ったのだ! 処理に困っていたところだから、お前に渡しておく」
「そうでしたか。それではお預かりします」
「これからも掃除をしっかり頼むぞ」
「はい」
花を受け取ると、第一皇子は速足で帰っていった。
「お忙しいんですね、あんなに慌てて」
「そうね~」
馬星星が生温く笑って答える。
「このお花……」
落ちていたという花は、部屋の前によく置いてある花と同じ種類のものだった。
花を飾り部屋の片づけをしていたら、控え目に扉を叩かれた。
「どなたですか」
「
「今開けます」
先ほど別れたばかりなのに、急ぎの用事だろうか。鍵を開けると、そこには馬牙風とともに
「あらッ」
まさか雨がいるとは思わなかった。
「やはり、貴方に相当懐いているみたいです」
「そうですか? 大人しいわんちゃんだからでは?」
「いえ、雨はかなり気性が荒く、精霊として使役しようとしても誰も扱うことが出来ず、今日のように勝手に逃げ出してしまうのです」
撫でられて甘えた声を出している雨を見遣る。全然そんな風には見えない。別の犬のことを言っているのではないかとさえ思う。
「どうぞ、中へ」
「失礼します」
雨は一般人には視えないと言うが、万が一ということもある。騒がれると大変なので、夏晴亮が部屋の中へ一人と一匹を招き入れた。
「先ほどは第一皇子がいらっしゃったので、改めて参りました」
「何かご用事ですか? 私に出来ることであればなんなりとおっしゃってください」
「それは助かります。実は、この雨の世話をお願いしたいのです」
「
今日初めて出会ったばかりだが、とても可愛らしく賢そうな犬だ。世話をするなら是非したい。しかし、精霊の類を飼ったことがなく、どうやって世話をしたらいいのか分からない。
「ご心配なく。餌は主人の霊力を吸うことで完了しますので、特別な何かをする必要はありません。下の世話もありません。寝る時も勝手に寝ます。ただ傍にいて、仲良くしてくれさえいれば、段々成長していきます」
「それなら。でも、私に霊力があるのかどうか分かりません」
「それが視えている時点で十分あります。吸うと言ってもごく微量なので、気にすることはありません」
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