第34話 私の知らないレオン(セシル視点)


 聖騎士団の会議の場で、懸念だったミチーノファミリーという名の闇ギルドに関する報告をナダエル副団長から受け、私はほっと一安心をした。


「ミチーノファミリーなる組織はスラム街を拠点とする数人程度の徒党の集団だったというわけですか」


「ええ、調査してみましたが、団長の手を煩わせるような集団ではありません」


「でもなぜ、そんな集団がラ・ボエームの用心棒役を引き受けられたのでしょう?」


「女主人のソフィアは変わり者で知られてましてな。おそらく気まぐれで彼らと手を組むことになったのでしょう」


 ラ・ボエームの女主人はレオンと一緒にいたという目撃情報があるので気にならないわけではなかったがこの件は副団長に任せておけば間違い無いだろう。


「それから重傷を負ったキルケがガンビーノの本部に馬車で運ばれる姿が目撃された件ですが、抗争相手はまだ判明しませんか?」


「その件については目下調査中です。あのキルケをほぼ瀕死の状態にまで追いやるわけですから、よほどの異端者であることは間違い無いのですが……」


「では何か分かったら私に報告をお願いします。では、次は懲罰審問の件に移りましょう」


 最後の議題は些細な話だ。ささっと片付けてしまおうと思っていたら、ナダエルは意外なことを口にした。

「バンピー・ウッズの件ですな。この件に関しても団長の時間をわざわざ割くまでもありますまい。どうせ、夜間外出といっても酒場か、売春宿にでも出入りしただけのことでしょうからな」


 確かにナダエルの言う通り、夜間外出違反の理由は大抵軽微なものだ。ただ、その副団長の態度に微妙な違和感を覚えた。


「副団長、いつもは団規違反に厳しいあなたが、珍しく寛容なのですね」


 ナダエルは表情一つ変えずに言った。

「時には柔軟な対応をとることも必要ですからな。とにかく、この件に関しても私に任せて、何の心配もせず聖女様は今夜の王族とのパーティーに出席なさるのがよろしいかと。レイモンド王子もご出席なされるとも聞いておりますからな」


 私は心の中でため息をついた。レイモンド王子からの誘いはこの頃、露骨になってきた。最近では二人の婚約の話までまことしやかに王都中で流れているらしい。私はできるだけ、王子との顔を合わせる機会を減らすことしかできない。


「いいえ、夜間外出の件は私が直接、懲罰審問を執り行います。最近の聖騎士団はどうも弛んでいるところがありますから」


 ナダエルはしばらく抗弁したが、私はリリスにバンピー・ウッズを団長室に連れて行くよう命じた。


 続いて現れた下級騎士、バンピー・ウッズの態度も不可解なものだった。どうせ、軽微な違反に過ぎないと思っていたのに、バンピーはまさかの黙秘をした。


「バンピー、あなたが正直に答えてくれれば、軽微な懲罰でこの件は終わりになるの。なぜ、頑なに行き先を黙秘するのかしら。あなたはここのところ夜中に兵舎に帰ってくる姿が目撃されている。一体そんな夜遅くまでどこへ出かけているの?正直に答えてもらえない?」


 簡単に片付けてしまおうと思っていたのに、目の前の騎士の黙秘は予想していなかった。夜間の無断外出はよくある団規違反の一つだ。どうせ酒場か売春宿にでも行っていたのだろう。ささっと裁定を下し次の仕事に取り掛かろうと考えていたのにバンピーは頑として行き先を口にしなかった。そして副団長ナダエルもまたさらなる不可解な態度をとった。


「まぁ、行き先も分かりきっているようなものですし、さらに彼も反省しているようなので、懲罰房一週間ほどの罰が妥当ですな」


 いつもは事細かな形式にこだわり、規則に厳しい副団長が取り成すように懲罰審問を終えようとしている姿にはやはり違和感しかない。いつものナダエルなら黙秘など絶対に許さない。徹底的に事実関係を聴取し、違反を犯した騎士をしぼりあげるのが常だ。黙秘するバンピーをかばうようなこの態度はなんだ。そしてそわそわとしたバンピーの目つき。示し合わせたように何かを隠しているような素振りだった。


「副団長、席を外してもらえるかしら?私はバンピーと二人で話がしたいわ」


「なりませんな。聖騎士団懲罰審問規則によれば、例外を除き会議は団長、副団長立ち会いのもとに執行されなければならない。今がその例外だとは思えませんが」


「団長である私が今回はその例外だと判断しました。席を外してください、これは命令です。副団長」


 ナダエルは皮肉な笑みを浮かべてから部屋を出て行った。


 二人きりになると落ち着かない様子のバンピーの目をじっと見つめた。バンピーの顔を見て、ふと思い出したことがあった。

「バンピー、そういえばあなたと私は同期だったわね」


「ええ、確かに私と団長は同期入団です。とは言っても入団試験から全ての能力が異次元で、とても団長とは同期には思えませんでしたが」


「入団試験の成績はレオンの方が全て上で、期待もされていたはずよ」


「結果、とんだ期待はずれだったわけですが」


 その言い方にムカッとしてしまった。

「レオンはスキルが発現していなかっただけで、基本能力は騎士団史上でも稀に見る高さだった。もしスキルを発現していたら、団長である私を凌駕したはず」


「団長、それは買いかぶりです。レオンは元々エリート集団である聖騎士団にそぐわない人物。今暮らす街だって汚い貧民街で……」


 バンピーはそこまで言いかけて、バツの悪そうな表情を浮かべた。「すいません、なんでもありません」


「どういうこと? レオンについて何か知っているの? レオンが暮らす街ってどういうこと?」


「すいません、私は何も知りません」


 そういってバンピーはまた俯いてしまった。このままじゃ埒があかない。

「とにかく、今回の件については重大な規則違反と私は判断しました。このまま黙秘するようなら聖騎士団を追放します」


 バンピーはハッと顔を上げた。

「待ってください!追放だなんて!僕はただ副団長から命令されて!」


「副団長から命令?どういうことかしら?説明してもらえる?」


 簡単なブラフを張ったつもりだったが、バンピーは堰を切ったようにペラペラと今回の顛末を話し始めた。想像通りバンピーはここのところ酒場に出入りしていたらしい。ただ次のバンピーの言葉を聞いて、私はしばらく固まってしまった。


「レ、レオンと会って話をした? それは本当なの?」


「ええ、酒場で偶然会ったので」


 バンピーは偶然敗者の街区にある新しくできた酒場でレオンと会ったらしい。そのことをバンピーは私ではなく副団長であるナダエルに報告した。ナダエルは私にそのことを伝えるなと指示し、バンピーにレオンの状況を調べるよう命じたということだった。

 なるほどナダエルはいまだにレイモンド王子の意向を受けて秘密裏に動いているらしい。


 そして、バンピーが口にするのは、意外な話の連続だった。なんでもあのレオンが酒場で酒を飲み、顔立ちのいいエルフと楽しそうに話していたというのだ。

「つかぬことを聞くけど、そのエルフっていうのはどんな子なの?」


「顔はかなり可愛いのですが、いかにも貧乏人って感じの格好をしていて、まぁ孤児出身のレオンにはお似合いの彼女ですかね。結婚でも考えているのかファミリーがどうとか話してましたよ」


 その言葉に私は再び固まってしまった。可愛くて、レオンにお似合いの彼女……。さらにただの彼女ではなく家族計画まで話し合う仲なの……?でも待って、私はまだレオンから別れ話すらされていないのに。やっぱりあの映し絵のせいでレオンに愛想を尽かされたってこと?

 バンピーは思いがけないことを口にした。


「あとレオンからセシル様宛の伝言も頼まれてます。直接会って話がしたいと。待ち合わせの場所と時間も預かっているのですが……」


「レオンが私に直接会いたいって言っていたの!」


 突然目の前に広がった希望に有頂天になっていると、慌てた様子の騎士が部屋に入ってきた。

「懲罰審問の最中、失礼します。団長、巨石城の地下に侵入者が二名出たとのこと。すぐさまご指示を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る