第12話 杖売りのホオジロウ

 俺たちは宿、平原亭に戻った。そこで食堂を使わせてもらう。宿の食事が出るのは朝と夜だけだが、昼も場所は使うことができるのだ。


「それで、何を試しますの」

「俺が朝に壺スープを購入したのは覚えているかい?」

「買ってましたわね」

「ああ、君は君でパンと肉を買っていた。これから昼食にしよう」

「よろしくてよ。でも、あなたのスープは冷めてしまっているのではなくて? まあ厨房を借りて温めなおせば良い話ですが」

「それはどうかな」


 マリーは不思議そうな顔をする。クローバーはテーブルの下から俺を見上げていた。


 さて、俺がよく読んでいた漫画では収納魔法で収納したものは、そのままの状態で保存が出来ていた。そう言う設定の小説や漫画は多かった。実際にはどうなるかな。


「チョイス」


 俺の手元に出現した壺には――温かいスープが湯気を立てていた。やった。思った通りだ! ちなみにこの前購入した芋も収納魔法に入れたものとそうでないもので比べているのだが、片方からは芽が出ようとしていた。


「収納魔法って物をそのままの状態で保存できるんですの!?」


 目を丸くして驚くマリーの反応が面白い。


「どうやらそのようだな」

「ということは、ただ物を収納するだけでなく、収納した物が腐ったり溶けたりすることも防げるということではありませんか。それってあなたがやろうとしている商売ではとんでもない強みになるでしょう?」

「理解が早いね。そう、これはかなりの強みになるはずだ」


 マリーは感嘆するように「はぁー」と息を吐く。


「ナオトがその力を正しく使えば、あなたはきっと商人として成功できるでしょう」

「そうなると良いけどね。とりあえず、昼食にしよう」

「そうしましょう」

「ウォン!」


 俺たちはそれぞれ、スープとパンと肉で昼食をとった。腹も膨れたところで、これからどうするかだが。俺とマリーは席に座ったまま話し合う。


「ナオト。タムリア村の宿で、わたくしがあなたに商売のことで紹介できる人物が居ると言っていたのは覚えていますか?」

「ああ、覚えてるよ」


 そんなこともあったな。


「わたくしから彼女にアポをとろうと思うのですが、かまいませんか。流石に、急に話をするのは難しいですから。まずは向こうにアポをとりませんと」

「やってくれ。それなりに時間がかかりそうかな?」

「どうでしょうね。彼女が忙しければ時間はかかるでしょうが、それでも返事は早いうちに来ると思いますの。彼女はわたくしの妹分ですからね」


 妹分、実際の妹ではないのかな。かなり親しい間柄のようだが。


「では、わたくしは準備がありますので、少し時間をもらいますわ」

「了解だ。俺は少し部屋で休ませてもらうよ」


 午後からマリーと別行動になった。というか、俺は部屋で寝ることにした。ちょっと疲れているからな。休みをとるには良い機会だ。


 部屋のベッドには入って、すぐにうとうとしてきて、気付いた時には夕方になっていた。


 窓の外を見ると曇り空を夕日が赤く照らしている。明日は雨になるかもなあ。


 外の景色を眺めていると部屋の扉を叩く音がした。誰がノックをしているのだろう。


 扉を開けてみると、そこにはマリーとクローバーの姿があった。


「夕食の時間ですわ。行きましょう」

「ウォン」

「ああ、もうそんな時間か」


 返事をするとマリーはにこりと笑う。


「よく眠れたようですわね。アポはとりましたよ。そのうち返事が来るでしょう」

「良い返事を期待して待つとしよう」

「ええ、とりあえず今は食事にしましょうか」

「そうだな」


 食堂に向かう。そこには知らない顔があった。というかサメ頭の大柄な男が席についていた。あれ人間か? 違うよな?


 サメ男を眺めていたら彼と目が合った。彼はおだやかに水かきの目立つ手を挙げる。


「やあ、魚人は珍しいかい?」

「あ、いえ、その……」


 ずっと見ていたのは失礼だったと思う。というかサメ男に話しかけられるのは怖くて、しどろもどろになってしまう。


 マリーが彼の方へ向かっていく。


「確かに、大陸の中央まで魚人がやってくるのは珍しいですわね。何か大事な用があるのですか?」

「いや、ただの観光だよ。あとは商売かな。君は彼の連れかい? なら、皆で一緒に食事をしよう! 食事は皆で一緒に食べたほうが美味しいからね!」


 彼は楽しそうにしているが、どうするかな。最初は気圧されてしまったけど彼は悪い人……悪い魚人ではなさそうだ。食事をするくらいなら……うん、良いかな。彼も何か商売をしているようだし、俺も商売をするなら人脈を広げるべきだ。


「ああ、ご一緒させてほしい」

「ナオトが良いなら、わたくしもご一緒してよろしくてよ」

「ウォン」

「おや、フェンリルハウンドかい。珍しいな。僕フェンリルハウンド好きなんだよね」


 それはどういう意味での好きなのだろう。などと考えてしまう。


「この子の名前はクローバーですわ。ぜひ名前で呼んであげてください。あと、わたくしはマリー・ゴールドといいますの」

「俺はナオトだ」

「おや失礼。僕も名乗ろう。僕はホオジロウ。杖売りのホオジロウだよ」


 へえ。杖を売っているのか。


「それって魔法の杖なのかい?」

「その通り! 魔道具としての杖に興味がありそうだね」


 俺の問いにホオジロウは嬉しそうに応えた。確かに、魔法の杖というものには興味を惹かれる。いかにもファンタジーって感じがするからな。


「どんな杖を売っているんだ? 興味がある」

「魔法の杖を色々とね。あとで僕が止まっている部屋においで。興味があるなら売るよ! そこそこ値段はするけどね」

「値段ってどれくらい?」

「一番安いので一万ガルドくらい。高いのだと数十万ガルドはするかな。高いけど、杖の質は保証するよ。出来の悪い杖は作らない。それが僕の誇りだからね!」


 ん、彼は杖を作っているのか。売るだけじゃないんだな。


「ということは、君は魔道具を作れるわけだ」

「ああ、僕は故郷でも一番の杖職人だよ。それは間違いない」


 よほどの自信があるようだ。ひょっとすると杖以外の魔道具にも詳しいのだろうか。


「杖以外の魔道具には詳しい?」

「いや、僕はずっと杖職人だ。全く分からないことはないが、杖以外の魔道具について訊くなら、その道の専門家に尋ねたほうがいい。半端に知識がある分、間違ったことを言うかもしれない」

「そういうものか」

「そういうものだよ」


 彼に魔導書というものについて訊いてみようかと思ったが、やめておこう。


 そんな会話をしているうちに夕食が運ばれてきた。今日は……白身魚のムニエルか。き、気まずい。なんて思っていたが、ホオジロウは美味しそうに魚を食べてお代わりを求めていた。

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