第21話 片言。

 本当に、マジで相性が悪いわ妹ちゃん。


 馬車でも宿でも、ジメジメじめじめ、シクシクしくしく。

 文句を言うワケでも無いし、隠れて泣くワケでも無い、ただただ泣くだけ。


『“ナタリー、いい加減にして頂戴”』


《“何よ、別に、私は誰にも何もして無いじゃない”》

「チッ、本当に頭悪いな。“雰囲気を悪くしているって気付けない程の無能さだって事ね”」


《“私は、別に、雰囲気を悪くしようと”》

「“そう、延々と泣き続けられてもアナタは嫌な気分にならないのね。流石、そうやってメアリーが悲しんでいても気付かなかったか、それとも無視したのかしら”」


《“お姉様は私と違って強いから、泣いたりは”》

「“論点はそこじゃないの、質問は、延々と泣き続けられても嫌な気分にならないかどうか”」


《“それは、もし、本当に悲しいなら”》

「“あら、じゃあアナタは本当に悲しくなくてもそうやって悲しめるのね”」


《“私は、違うけれど”》


「“けれど?メアリーは本当に悲しんでいなくても泣けると思っているのかしら”」


《“それは、見た事が、無い、から”》

「“メアリー、泣くのを我慢しても無駄みたいよ、この子には”」


『“本当に、もう、バカみたい”』


 情けなかったり、恥ずかしかったり。

 いつも目に涙を滲ませて、口の中を噛み締めて、少し下を向いてから息を吸い込んで。


 それから直ぐに切り替えようとして、笑顔を作ろうと頑張って。


 それは周りの為、引いては自分の為になるから我慢する。

 なのにさぁ、この性根ブス、マジで被害者アピールがエグい。


 結果的に自分の為にならないって、姉ちゃんのメアリーが言い聞かせてもコレ、死ね。


 いやそれより勝手に死んで欲しいわ、姉ちゃん気に病むといけないし。

 けどなぁ、もしかしたら更生、するかコレ?


《“私、別に我慢しろだなんて”》

「“母親が言っていたのに諌めなかったのよね”」


《“それは、お母様を怒らせたらいけないと思って”》

「“アナタ叱られた事も怒られた事も無かった筈よね?それで怒らせない為、だなんて単なる言い訳よ”」


《“でも、事実だし”》

「“なら、言い訳にしか思われないのも事実。それに優しさも賢さも無い、幼稚で身勝手な女、アナタ立場を分かってる?単なる侍女じゃないの、いつクビにされてもおかしくない、立場の危うい侍女なのよ?”」


《“どうして、アナタには何もして無いのに、虐めるの”》

「“虐め、ね、私が何をしたって言うの?”」


《“こうやって”》

「“あら事実を言うと虐めになるの、じゃあお互い様の筈よね?アナタだって事実を言ったのだもの”」


《“他にも、皆で”》

「“賛同しないと虐め、でもアナタも私にしてるわよね?”」


《“違う、そうじゃなくて”》


「“て?”」


《“ぅう”》

「“泣けば加害者にならないワケじゃないのよ?悪者だって人間だから泣くのよ、アナタみたいにね”」


《“私は悪くない!”》

「“なら助けない周りも悪くないわね。諌めない、慰めない、構わなくても悪くない。事実を伝えて嘘を教えるのが、アナタにとって優しい善人って事ね”」


《“違う!”》

「“煩いわね、大声を出さなくても聞こえてるわよ。子供じゃないんだから、少しは自制してくれない?もう結婚出来る年でしょう?このままじゃ永遠に1人よ?”」


《“どうしてそんな意地悪を”》

『“いい加減にしなさいナタリー、どうして忠告も注意も意地悪く捉えるの、そんな事をするアナタの方がよっぽど意地が悪いのよ”』

「“良いのよメアリー、アナタとは違って嫌味と事実半々だもの。と言うか、嫌味を言われたく無いなら控えなさい、いつでもアナタを捨てられるのよ。でもメアリーの為に捨てないであげてるの、少しはメアリーに感謝なさい、でなければ直ぐにも馬車から投げ捨ててたわよ”」


「“サラ”」


 あぁ、忘れてた。

 片言キャラよ、さようなら。


 エセルが可愛いって顔で喜んでくれてたから、まだまだ隠し玉として持ってたかったんだけど。

 キレちゃってバリバリ喋っちゃったわ。


「“ごめんなさいねエセル”」

「“いや、君に嫌な思いをさせたままですまない。次からは馬車の外に乗せよう”」

《“そんな、ごめんなさい、何でも言う事を聞くから”》


「“改心したなら馬車内に戻す、部屋も格下げだ、下がれ”」

《“私が悪いんです、ごめんなさい、だから”》

「“こうなる前に謝ってたなら許せたのだけれど、無理ね。でも、どうして無理なのか、改心したなら分かるわよね?”」


《“それは”》


 不利益になるから謝るって、マジ無理だわ。


「“言えないみたいですね、頼みましたよ”」

「1号、2号、お願い」

《はい喜んで》

《“ちょっと待って、まだ話が”》

『失礼致します』


《“やだ、お姉ちゃん、ごめんなさいお姉ちゃん!”》


『“すみません、サラ様”』

「“メアリーは何も悪くない、大丈夫、あの子の罰はあの子が悪いから。大丈夫、メアリーは悪くない”」

「“そうですよ、アナタは何も悪くない。ただ、ご自分のご家族を悪しき見本とし、厳し過ぎず甘やかし過ぎないで下さい”」


『“はい”』


 はぁ、終わった、可愛い私終わった。

 やっぱり可愛いは作れないじゃんよ。


《失礼します、とうとう暴れ出しましたので拘束させて頂きましたが》

「構わないよ、どうせ捨てる資源だからね」


《ですよね、では失礼致します》


『“あの”』

「“下手な同情は却って更生を妨げますよ、メアリー嬢”」


『“すみません、以後気を付けます”』

「“気分を変えるには、今日の出来事や問題点、改善点を書き出す事です”」


『“はい、ありがとうございますエセル様”』


 うん、相変わらず私の心は狭いわ。

 コレでエセルに惚れられたらと思うと、凄い嫌だもん。


「“じゃあ、少しサラと、良いかな”」

『“はい、失礼致します”』


 あぁ、問い詰められるのかぁ。


「“サラ、上手に喋れる様になったね”」


「“お陰様で”」

「“なら次は違う国の言葉を覚えようね”」


 流石、何枚も上手だわ。

 好き。




「よろしくおねがい、いたします」

「そうそう」


 頭の良いサラなら、もう既に完璧に喋れている筈。

 なのにも関わらず片言のまま、それには何か理由が有るのだろう、そう思っていたけれど。


 愚かな妹ナタリーに痺れを切らし、流暢に一気に捲し立てた。

 人並みに苛立ち、人並みに嫌いな人間が居る、その事は僕に安心感を与えた。


 偏った状態より、ずっと良い。

 上辺だけでは無く中身も、芯からしっかりしている。


 どうして僕はあの人を。


 あぁ、臆病だからか。

 あの人なら容易く靡かない、奪われない、1度手元に来れば離れないだろう。


 打算だ。

 好意とは違う、単なる所有欲、この感情とは全く違う。


「エセル?」

「“早く一緒になりたい”」


 こうやって真っ赤になりながらも笑うのは、僕にだけ、が良い。

 触るのも、触られるのも、何もかも。


「待ってて、せめてアレだけでも処分しないと」

「もう打ち捨てよう」


「それだとメアリーが引きずる、本当に諦めさせないといつまでも後悔する筈だから、完全に諦めさせたい」


「メアリーは期待に沿わないかも知れないよ」

「それでダメなら私も諦めが付く、時間は有限だし、誰でも這上れる道じゃないのは分かってるから」


「サラは、どうなって欲しい」

「強いお母さん、子供を守れて正しく導ける、母親か、大人。産めるとは限らないもんね、私も、メアリーも」


 長い栄養失調状態は、時に不妊を招く。

 だからこそ、敢えて食事を摂らせず、妾用の子供を仕込む者が未だに存在している。


 医師には体調不良を言い訳に食事を与えず、幼く愚かな子女を作り出し、売る。


 確かにナタリーは被害者だ、けれど同時に加害者でもある。

 そして立場は時と共に変化し、今まさに単なる加害者になろうとしている。


 間違いを認めない限り、変わろうとしない限り、彼女は姉のメアリーを苦しめ続ける存在と化す。


 けれども、もし、いや無理だろう。

 間違いを認めてしまうと死ぬとでも思っているのか、未だに間違いを認めないまま、正式な謝罪も無しに塞ぎ込み続けている。


 本当に改心したなら、改めて謝罪すべきだと言うのに、もう既に謝ったとメアリーの説得も聞かず。

 未だに不機嫌にそう黙り続けているらしい。


「“君との子供は欲しいけれど、2人だけで仲良く暮らしたいとも思う”」


「“意外とエロい”」

「“どうやら、そうらしい”」




 意外だけど、問い詰められなかった。

 寧ろ新しく次の言語を嬉しそうに教えてくれる様になって、一緒に居る時間も増えて、距離も近くなった。


 もう、何でも可愛いモードに突入してるらしいんだけど。


 偶に遠くを見て渋い顔をするんだよね。

 ほんの少し、一瞬だけ、眉間に皺が寄る時が有る。


「どんな嫌な過去を思い出してるの?」


「“前に、結婚しようと思っていた相手との事なんだけれど”」

「聞く、嫌になったら止める」


「“僕の気持ちが今とは全く違うから、自分の弱さや卑しさに気が付いて、それで少し自分が嫌になっていたんだ、ごめんよ”」


「あんまり言いたくない?」


「“打算と同情心だけで何とかなるだろう、そう浅はかだった、どうしたって上手く行かなかったと思う”」

「どう上手く行かなかったと思う?」


「“相手は情愛をどんどん理解し、僕には大して情愛が無かった事に気付く、そうして結局は元夫の手元に戻ったと思う”」


「情愛初心者」

「“だね、知ってた筈なのに、舐めてたと思う。全て理屈で片付くと思っていたからね”」


「理屈で片付かない何かが有る?」

「“周りの役に立たないで欲しい、僕だけのサラで居て欲しい”」


 基本的には愛国者の宰相が、私には周りの役に立たないで欲しいって、凄い独占欲じゃん?

 何この人、超可愛いんですけど。


「もしかして心配してる?」

「“それこそ、僕を罠に嵌めて君を手に入れ様とする者が居るかも知れない、そう思ってる”」


 何か、頭が良い扱いされてんだけど。

 ジャミル家から逃げ回ってる間に色々と見て来たけど、別に私は頭が良いってワケじゃないし、普通に。


 普通じゃないか、虐待されてたんだよな。

 半ば自ら悪化させたし、そう気にして無いんだけど、事実は事実だし。


 けど転生者です、とか言う気も無いし。

 そう扱われたくも無いし。


 となると。


「アスマン様のお陰、心配するならアスマン様の方だと思う、けど」

「“守りの堅さで言うならサラの方が若干、楽ですよ”」


「あー」

「“サラが僕と早く結婚したいと思ってくれてるなら、それで構わない”」


 結婚か王家王族に協力するか。

 そら結婚だけど、あの口振り、下手すると。


「結婚して逃げられる?」


「“今よりはマシかと、それに僕が国を出れば”」

「それは良いの?愛着は?」


「“大して無いですし、サラとの時間が少なくなるよりマシです”」

「そんな酷使させる?」


「“国の為となればレウス様ですら政略結婚をするので、どれだけ使われるか正直分かりません”」


 忙しくなるってデメリットは有るけど、でも利点も有るんだよね。

 不定期にでも仕事が入れば、マンネリ化防止出来る。


「飽きられない為にも、偶には仕事を受ける、でも偶にだけ。じゃないとエセルと一緒に国外に行く、とか」


「“飽き、ですか”」

「だって50年は一緒に居るとして、ずっと2人だけは流石に飽きそうじゃない?」


「“まぁ、かも知れませんけど”」

「受ける仕事は相談しよう、ただどうしようも無い緊急事態はエセルの判断で、暇だなって思うよりは一緒に楽しく仕事をしたい」


「“僕の為だけに言ってるなら却下ですよ?”」

「お互いの為、結婚して暫くは休暇を貰おう?」


「“僕、飽きそうですか?”」

「んー、もしかして、私は飽きる、かも?」


「“ちょっと、考えてみます”」

「絶対ってワケじゃないからね?仕事ってだけなら他にも有るんだし」


「“うん、はい”」


 どんだけ取られたくないし一緒に居たいのさ、可愛いかよ、可愛いな童貞。

 私より可愛いわ、マジで。


 可愛い、本当に童貞か?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る