第19話 性欲。

 変わり種だ、とは聞いてたが。


「母方の祖母が異国の方だそうで、その事で少し、外聞等も御座いますので」


「よろしくおねがいします」

『あ、あぁ、宜しく』


 浅黒い肌に黒い髪、小麦色の瞳は日に当たると金色にも似た色合いになる。

 そして何より、豊満。


 異国の血がココまで濃いとなると、こんなにも魅力的になるんだろうか。


『ごめんなさいね、ウチの息子が直ぐに別棟へ案内させるわね』

「はい、ありがとうございます」

「宜しくお願い致します」

『“宜しくお願い致します”』

《“宜しくお願い致します、旦那様、大奥様”》


 そして侍女達も、実に魅力的だ。

 どうやら最悪は異国に嫁がせる為に異国の言葉ばかり教え込み、この国の言葉は稚拙なままらしく、通訳も兼ねた侍従が常に立ち会う事になったのだが。


 青い目が忌々しい、邪魔で仕方無い。




『“本当に、ごめんなさいね”』

「“いえいえ、だいじょうぶですよ”」


 この良い親からどうしてあんなウンコが生まれたんだろ、って感じだったんだけど。

 頭はそこそこで器用、人当たりが良いから評価もそれなりに受けちゃってんの。


 だから私みたいなのを娶れば、注目されるは善人ぶれるわ、そう計算しての婚約の申し込みだろうと親にはバレているけど。

 向こうのアホ親は金に釣られて、嫁がせる気満々。


 じゃあ妹の嫁ぎ先はどうすんのかって言うと、当主様から今回は合わなかったって事で既に破棄の申し入れがされて、秒速で受理。


 だよね、前回は王家からの命令で金銭のやり取りは一般的な額、けど今回は娘が金になる。

 しかも大好きな妹を手放さないで良い、アホだ、いつまで面倒見る気だよクソ親は。


『“決して無理はしないで頂戴ね、あの子が廃嫡される何かが少し起きるだけ、で十分なのだから”』

「“はい”」


 事が大きくなり過ぎると、家の名に傷が付く。

 つか私が身代わりだってバレる。


 そうなんだよ、このお母様にも嘘をつけって言うんだもん。


 まぁ、仕方無いんだよね。

 王家王族が関わってるってなったら、このお母様卒倒しちゃいそうなんだよね。


 マジ心労ってヤバいからね。

 レウス様の奥様のご両親も心労で亡くなってるんだし、穏便マジ大事。




「“あんな男の目に触れさせたくも無い”」

《“それな、そこは同意するわ”》


 まさかコイツと意見が合うとか。

 まぁ、悪いヤツじゃないのは分かってきたし、サラの事がマジで好きなのは良く分かったけど。


 何か信用出来無いんだよな、疑り深いし、サラ以外には愛想笑いばっか。

 裏表が有り過ぎ。


 けどサラはそこが良いって言うし。


『“やぁ、おはよう、何か問題かな”』

「“いえ、お嬢様の事で話し合っていたんです、僕はあくまで通訳ですので良く知りませんから”」

《“好物を尋ねられたので答えていましたが、馬の用意を致しましょうか”》


『“成程ね、頼むよ”』

《“はい”》


『“じゃあ、念の為に彼からも聞いた好物を教えてくれるかな”』

「“はい、どうやら……”」


 サラの仕事上の婚約者、コイツもクソ胡散臭い。

 まだエセルの愛想笑いの方がマシって位に笑顔が胡散臭い、つか目が笑って無いんだよね、俺に向ける目が特に。


 キャラバンの家族だって知ってる筈なのに、肉体労働してるからか肌の色が違うからか、何でか自分より格下だと思ってんの。


 ウチの国でも何処でも、キャラバンの家族は貴族位を持ってるも同義。

 明確な位が無いだけ、なんだけど。


 そら家族から縁切りされるワケだよな、バカなんだもん。


《“失礼します、ご用意出来ました”》

『“あぁ、ありがとうエセル、じゃあ失礼するよ”』

「“はい、行ってらっしゃいませ”」


 俺には何も無し、マジでクソだわ。


《マジでクソだわ》

「同感です」




 バカは性欲が強い、いえ寧ろバカだから性欲が抑えられないんでしょうか。

 サラの守りが固いとなると、直ぐに侍女達に言い寄り始めた。


 けれど彼女達こそ百戦錬磨。

 自分達の情事を見つつも我慢出来れば、相手をするかどうか考えても良い、と。


「どうしたらそんな作戦を思い付くんですかね」

「“良くそうして遊んでたんだって”」


 幼馴染であり友人であり、恋人。

 彼女達は同性同士、だからこそなのか、僕ですらも引き裂くのは難しいとは思う。


 羨ましい。


「羨ましいですね」

「“アイツが?”」


「いえ2人がです、サラとそうなりたい」


「ありがとう」


 少し照れながらも頬にキスを。

 我慢する、とレウス様と奥様に言い張った手前、ココで同じ様に頬にキスを返すのは。


 いや、すべきじゃない、こんな密室で近くに居るだけでも問題と言えば問題だと言うのに。


 けれど、サラの匂いがタンス中に充満していて。

 そのせいで、いつもより葛藤が。


「あ、の」

「“お、来た”」


 バカ息子が部屋に入るなり、彼女達は脱ぎ始め、絡み合い始めた。

 けれどバカはバカなりに自制心は有るらしく、椅子から動く事は。


 いや、バカだ、興奮が抑えられなかったらしく明らかに怪しい動きを。


(見ないで頂けませんか)

(“じゃあ耳を塞いで、あんまり聞いて欲しくない”)


(分かりました)


 返事をした途端、僕はサラに耳を抑え込まれてしまった。

 それは良いんです、嫉妬心が有るのは嬉しい。


 けれど。


 僅かに胸が当たっている。

 体に触れる事を気にしない人だとは思っていたけれど、今は気にして欲しい、凄く。


 と言うか、頭に息が。


 まさか、レウス様が奥様にしている様に、僕の匂いを。

 頭の匂いを。


 どうしてそんなに余裕なんですかサラ。

 と言うか頭に頬擦りされてる気が、いえ確実にしてますね、コレ。 




「いやさ、良い匂いだなと思って、ごめんね?」


 バカ息子が直ぐにも一発抜いて部屋を出てくれたので、エセルの匂いを堪能したのは僅かだったんだけど。


「“それだけじゃ無くてですね、そもそも、最初に、体が触れている事も、気にして頂ければ”」

「あ、ごめん」


 乳が当たってんな、と思ってたけど、まぁ別に良いやとか思ってたんだけど。

 エセルの頭が近かったから、つい匂いを嗅いじゃって、男の匂いだと思ってスリスリしてたら。


 まぁ、エセルがタンスから出られなくなったワケで。


 うん、コレは私が悪いわ。

 けどどうしようか。


『あの、お嬢様』

《もしかして》

「いえアナタ達のせいでは無いです」

「えへへ、ちょっと匂いを嗅いでたら触り過ぎちゃったみたい」


『《あぁ》』

「さーせん」


《では、私達は部屋を移りますので》

『失礼致します』


 アレ、ガチでおっぱじめる気かな。


 まぁ良いんだけど、問題はコレ。

 抜くとかあんまりしないのかな、エセル。


「手伝う?」


「“意味を分かって訊ねてますか?”」

「“うん”」


 清い関係って、つまりは下半身とか口を使わないって事で、婚約者とはそれ以外で処理し合ってるのも結構居るらしい。

 それこそ、病気が無いなら別に。


「“折角、収まってたのが”」

「あ、ごめん」


 つか七男、隣の部屋で控えてるんだから聞いてる筈なのに。

 来ないのな。


 流石に同性だから同情してんのか、侍女ズに止められてんのか。


 いや静かだから様子見か。

 成程ね、エセルが何か要求したら、相応しくないって騒ぐつもりか。


 じゃあさ、私が手を出したら、どうすんだアイツ。


「“あの、お茶を淹れて貰えると”」

「さぁ、ココで問題です、また扉を閉じたらどうなるでしょうか」




 パタン、とタンスのドアをサラが閉めたから、俺は急いで部屋に入って。


《サラ》

「早っ」

「“助かりました、すみません、ありがとうございます”」


《真っ赤になってお礼を言われる程度じゃ足りない》

「“何か考えておきますね”」

「なんで邪魔した」


《未婚だろ?》

「婚約者ぞ?」


《そんなに妊娠したいワケ?》

「手は妊娠しないぞ?」

「“あまり具体的に言わないで貰えませんかね”」


「あ、ごめん」

《俺が報告に連れ出すから》

「“すみません、ありがとうございます”」


 で、引っ張ってこうとしたんだけど、隣の部屋から動かない。


《何してんの》

「だって見たいじゃん、どんな風にするか、意外と変な癖が有るかもだし」


《俺のは?》

「無理だわぁ、ごめんとしか思わん」


 サラと離れて、サラを見れば見る程、俺は無理なんだなって。


 分かってたし、分かってるんだけど。


《分かってたけど、キツい》

「ごめんな、報告に行こうか」


《うん》


 全然、俺じゃ無理。

 こんな楽しそうにしてんの邪魔すんの、無理。


 しかも無理して奪っても、きっと活躍出来る場を提供してやれない、そもそも逃げられるのが怖くてこんなに自由にさせてやれない。


 俺じゃ無理。

 ダメなんだ、俺とサラは。




『“大丈夫なの?彼、顔色が”』

「“べっけんのことなのでだいじょうぶです、ね?”」

《“はい、失礼しました。今回の件は俺も確認しましたが、コレだけでは難しいと思います”》


「“うん、はい”」


 侍女で一発抜いただけ、だしね。

 私か侍女ズに手を出す寸前、とかじゃないと弱い、こんなの趣味の範囲。


『“その、ごめんなさいね、不快な思いをさせて”』

「“いえ、だんせいのことがべんきょうになりました、だいじょうぶです”」


 見たかったなぁ、エセルがどんな風にするか。

 絶対、可愛いに決まってる。


 いや正面から見たいよな、折角なら。

 つかネタって。


「“失礼致します、報告書です”」

『“あぁ、ありがとう”』


 侍女ズの署名入り、あそこに押し入ったのか、凄いな。


《“あぁ、大丈夫?侍従さん”》

「“ご心配無く、書いている間に落ち着きましたので。それで、コレではまだ難しいので、コチラでもう少し隙を見せるつもりなんですが、宜しいでしょうか”」


 何だろ、作戦って。

 まぁ良いか。


「“はい”」

『“そんな、傷物になる様な事は避けて頂戴ね?”』

「“はい、勿論です、ご心配無く”」


 部屋に戻って作戦を聞いたんだけど。


《“反対だ”》

「“でしょうね”」


「いや、有りでしょ。うん、やろう」




 清純ってワケでも無い、と。

 酒を酌み交わしながらも馬飼いが呟いた通り、俺の婚約者は通訳の侍従と部屋に入って行った。


 こんな良い機会はそう無いだろう、と。


 だからこそ踏み込んだ、侍従との事は黙っていてやるから、侍女達を俺の妾にさせろと。

 そう交渉するつもりが。


『侍女と楽しんでたのか、成程ね』

「いっしょにたのしみます?」


 変わり種を3人も手に入れられる、そう浮かれながら、すっかり脱いだ頃。


「失礼致します」

『あぁ、お前もか、どうして俺に』

『子女の部屋で何をしているの』


 母親に全裸を見られ、もう、言い逃れが。

 いや、だが、どうして。


『あ、いや』

「たすけてくださいおかあさま、いうとおりにしないところすって」

『アナタ、何て事を』


『いや違うって、そんな、武器も何も持ち込んで無いのに』

「そちらに落ちている剥き身の剣は何ですか」


『は?』


 ベッドに、俺が父から貰った剣が。

 しかも侍女の腕が赤い、そして剣にも血が。


『アナタ、お酒の匂いがするわよ』

『いや大して飲んで』

「お酒を日頃から嗜んでいる、とは初耳なのですが」


『いや馬飼いが俺にって』

「そうですか、彼からも事情は伺いますが、先ずは服を着て頂けますでしょうか」


『あぁ、母さん、本当に違うんだって』

『酔った者程、酔って無いと言うのよね。まぁ良いわ、兎に角、この部屋から出なさい』


 そして俺は暫く軟禁状態となり。


「コチラ、不貞の詳細です」

『いや不貞って、俺は誰とも』

『本当に、誰とも何もしていない、と誓えるのかしら』


 母さんの手元の書類には、町で金に困ってそうな女に手で処理させてたのが、バレてる。

 けど。


『いや、向こうが勝手に』

「だとしても、断れなかったんでしょうか」


『だから、それは酔ってて』

『はぁ、どちらにしろ、素面でも酔っていてもコレでは無理だわ。侍女達からも聞いているのよ、目の前で、何を、したのかしら』


『それは、それはアイツらが』


 片言だけど、向こうから誘って来たから。

 だから。


「その時も、お酒を飲んでらっしゃっいましたよね」


 あの時は、馬飼いと少しだけ。


『アレだって、ほんの少し』

「日常の飲酒はこの家でも御法度だ、とお伺いしましたが」

『ですが、どうやら自分の酒を持っていた様で、大変申し訳御座いません』


『いや、誰でも持ってるでしょ1瓶位、それこそ馬飼いだって』


 アイツだって、アイツが秘蔵の酒が有るからって。


『そう、ココまで一言も謝罪が無い時点で』

『ごめんなさい母さん、彼女があまりに魅力的で』


「であれば何でもして良い、とでも」

『いや違うんだって、偶々』

『いい加減にして頂戴、他にも報告は入っているの。選びなさい、廃嫡か、川の整備か』


『川の整備にする、ごめん母さん、俺が間違ってました』


 廃嫡されたら終わる、だからコレで大丈夫かと思ってたんだ。

 少し働いて、コレでまた、いつもの生活に戻れると。




「やっぱ玉が無いとスース―すんのかな」

《じゃないの》


 バカ息子は表の廃嫡か裏の廃嫡か、そう考えて無いんだろうな、って感じで裏の廃嫡を選んだ。

 で裏の廃嫡って、要は玉と竿を取られて、辺境の川の整備に従事する事で。


 いつか戻れるって思わせるのが良いらしくて、こうなった、このまま程々に頑張って貰う予定らしい。


 この案を計画したレウス様のお兄様、凄いわマジで、コレは最初から指定されてたっぽい。

 小さい軌道修正はエセル。


 で、レウス様は。


『“おう、コレが事故に遭った子息か、大丈夫か?”』

『“あ、はい”』

『“ありがとうございます、レウス様。王子が送り届けて下さるだなんて、きっと神の配剤ね、待ってるわ”』


『“うん、ごめん母さん”』

『“良いのよ、さ、頑張ってらっしゃい”』


 レウス様。


「良い所をかっさらいますね」

『おう、王子だからな』

《“婚約破棄、残念だったわね”》


 そう言えば、何回目だコレ。

 まぁ良いか。


「“いえ、だいじょうぶです、ほとんどおあいしなかったので”」

「“立会人になって頂きありがとうございます、レウス王子”」

『“おう、婚約破棄は一大事、しかも事情が事情だしな。そう気に病むな、他のご子息も令嬢も、無事なのだろう”』

『“はい、ありがとうございます、レウス様”』


 バカ息子は事故で子作りの機能を失った、だから婚約破棄。

 何処にも誰にも傷が付かない決着になった。


『“後は全てコチラに任せてくれ、では、出るかな”』

《“そうね、参りましょう”》


 私は今ベールを被ってんだけど、王子のレウス様に皆が夢中で、特に目立つ事も無く。

 何度目かの破棄を終えて、次の場所へ向かう事に。


「次は何処って言ってたっけ?」

《次はやっと隣国、北に行った先のニシュ。つか休憩は良いの?》


「起伏が無いと問題に気付けないじゃん、まだ婚約者ってだけなんだし、見極めは続行中だよ?」


《もう殆ど決めてるクセに》

「念の為、念の為、もう帰る?」


《いや、俺も見極めるまでは離れないからな》

「はいはい」


 マジでヤれないって言ったのが、効いたらしい。

 だから多分、今は兄妹として一緒に居てくれてるんだと思う、多分。

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