第7話 よく似た他人。

 僕らがスエズ大河を渡る準備をしていや矢先、夕飯時にサラが貴族に見初められてしまった。

 何でも良く食べる姿が気に入ったらしい、けれども。


《高位では無いにしても、それなりの貴族位》

「何か絶対に裏が有りそうだよねぇ」


 もし本当にサラを気に入ってくれたなら、暫くは交流を持つのも悪くは無い。

 けれど単に利用するつもりなら、寧ろサラの役に立って貰い、且つ賃金も貰わなければならないんだけれど。


 彼はどう出るか。




《あら、確かに似てらっしゃいますけど、似てない分を補える何かが有るのかしらね》


 出たー、恋敵っぽいのが婚約の申し込みから3日目で来たー。

 凄い自信満々に来て、揚々とマウンティングしてきたけどさぁ。


「そうお耳が早い、しかもお慕いしてらっしゃったなら、さっさと行動なされば宜しかったのでは?」


 先ずはジャブの打ち合いだよねぇ、まだ意味が分からない事が色々と有るし。

 つか真っ赤になってんの、打たれ弱過ぎじゃね。


《アナタ》

「御用は宣戦布告だけ、ですか?随分とお暇なんですね、羨ましい」


《このっ!》

「っつ」


 煽られ耐性、無さ過ぎじゃね?


《コレに懲りたら、身を引く事ね》


 叩き慣れてんなぁ。

 でも手が震えてんの、興奮し過ぎか、侍女位にしか手を上げて無いか。


 まぁ、どっちにしてもクソだわな。


『直ぐに冷やす物を』

「お願い」


 つか止めろや侍女とか使用人。


 あぁ、アレか、この位の引き締めは許容してんのか。

 私が図に乗らない様に。


 成程ねぇ。

 立ちはだかってくる程度には受け入れて無い、認めたりも無い、成程ね。




《サラ》

「大丈夫、少し寝ぼけて転んだだけだから、私が悪いの、本当に」


 嘘泣き。

 どうしてサラはそんな事を。


《本当に何も無いんだね》

「はい」


 あぁ、暫くココで様子見がしたいのは分かった、けれども怪我を負ってまで。

 まさか相手に本気で惚れたのか?


《惚れたのかい》

「そんな、私なんかには勿体無い方ですし、身分も違いますから」


 いや、サラの身分、家としては寧ろ同等。

 ココに間者が居る、と言う事か、若しくは内部にも敵が居ると言う事だろうか。


《そんな事は無いよ、たかが婚約破棄をした程度で格は下がらない、その程度の爵位では無いから大丈夫だよ》


「本当に、そうなら良いんですけど」


 サラは当主だ、それこそ婚約予定の相手とは真に同等。

 けれど、もしかすれば敵には正しく情報が伝わってはいないのか。


《サラは繊細だからね、気にし過ぎるのは分かるけれど、大丈夫、きっと全ては誤解だよ》


「ですよね、ありがとうお兄様」


 凄く楽しそうなのは良いんだけれど、本当に怪我だけは気を付けて欲しい。

 本当に、出来れば何事も無く、無事に終わって欲しい。




《アナタ、男を連れ込ん》

「兄ですが何か問題でも、と言うか、そんなに暇なら粉を掛けてる従兄弟様にお相手して貰っては?あぁ、失礼、ソチラにも、お相手して貰えないんですか、お可哀想に」


 はい、頂きました2発目。

 ただ今回は婚約者(仮)にも現認して貰って、処理して貰う事に。


『すまないね、こんな者を家に入れた者を全て処分させるよ』

「だけ、ですか」


《アナタね》

『いや、このメス豚も処分させるよ、なんせ君の格下だからね』

「ですよね、私もアナタも同じ貴族位の当主ですから」


《な、そんな、まだ若いじゃない》

「世間には色々と有るんですよ、バカですね本当、情けない」

『すまないね、僕もこんな愚か者に好かれてた事が恥ずかしい、実に消したい事実だよ』


「消してしまわれれば良いのでは」

『正式な婚約者になってくれたら、ね』

《そん、そんな、違うんです、私はただ》


「ただ?」

《偽の情報を掴まされて、全ては善意で》

『痛い所を突かれ手を挙げる様な女に善意が有るワケが無い、あまり僕らを侮らないでくれるかな、拷問も追加させる事になるよ』


 それからはもう、黙って床に這いつくばったままになっちゃって。

 弱い者イジメっぽくなったから、庭に逃げ出しちゃった。


 ダメなんだよねぇ、あぁ言うの。


「はぁ」


『すまないね』

「おっ、あ、処罰の方は宜しいんですか?」


『一先ずは家の内情から全て吐かせる作業だからね、他の者に任せたんだ』

「離れて大丈夫なら良いんですが」


『ありがとう、優しいね、そして強くて美しい』


 はい、それとコレとは話が別です。


「あの、似ているとかどうのこうの、と」


『あぁ、亡くなった婚約者に似ていてね。さっきの女の親がね、殺したんだ、あの女と婚約させる為に』


 絶句。

 物語では良く邪魔するとかは有るけど、マジかよ、マジクソじゃん。


「御冥福を」

『いや、もう生まれ変わってくれてると思ってるから、問題無いよ』


 残念、私はちょっと違うんだわ。


「残念ですが外見だけかと」

『そうだね、彼女は僕に相談せず抱え込み、発覚が遅れてしまった。けれど君は真逆だ、直ぐに文を寄越して相談してくれた、ありがとう』


「いえ、復讐のお役に立てて何よりです」

『いや、復讐は二の次だった、君とはこのまま婚姻を果たしたい』


 いやー、無理だわ。

 元カノありきの私とか、マジ無理。


 ややこしいのとか複雑なのって、元から無理なんだよねぇ。

 あぁ、ココでアレか。


「では、万が一を考え妾を選べるなら、乗ります」


 はい、一撃必殺、第二の女選び選手権発動。

 コレ考えた人、マジで天才、助かるわ。


『もし出来なかったら』

「そうなってから探すのが嫌なんです、同じ様に始まり姉妹の様になってこそ、私は妾を許せるかも知れない。嫌なら諦めて下さい、私は亡くなった元婚約者様の生まれ変わりでも何でもありませんから」




 もし彼女が成長していたら、こんなにも美しく微笑んだのだろうか。


 重ねるべきでは無い、そう頭では理解していても。

 こうして思い出し、重ねてしまう。


 ほんの気紛れから、似た者を安易に婚約者に選ぼうとした。

 僕は、その失礼な行為を。


『すまなかった、ただ』

「暫くは内部の粛清もすべきですから付き合いますが、似た方を選ぶのはちょっと、もう少し良く考えるべきかと」


『すまない、ありがとう』

「いえいえ、貰った分はお返しします、もう暫く頑張りましょう」


 それからも彼女は本当に、侍女や侍従の選別に協力してくれた。


 文を貰った時、復讐に活かせる等と思わなければ。

 彼女は、サラは、僕と本当に婚姻を果たしてくれるかも知れなかったのに。


 僕は過去に執着し、見誤ってしまった。 




『本当に、良く食べる君に目を奪われたのは本当なんだ』

「重ねて無いと言えますか?」


『いや、けれど今は』

「今は良いですけど、夜伽でも重ねられたり思い出されたら、気配だけでも殺しちゃうので無理だと思いますよ。それともアナタは、そんなに器用な方ですか?」


『いや』

「では友人として、コレからもお願いします。私なんかを気にしない方、大らかな方を娶って下さい、お願いします」


『本当に、すまなかった』

「いえ、思ってるのは構わないんです、ただ私には無理なんです、器用でも大らかでも無いので」


『無理、なんだね』


「ハッキリ言います。似てる方を娶ろうと思う方はちょっと、お顔も声もまぁまぁですけど、私には7人の兄が居て目が肥えてるので。しかも真面目過ぎて無理です、隙が有る方が、そう隙を見せられる方がお勧めですよ」


『ありがとう』

「いえいえ」


 やーっと、終わった。

 半年は掛からなかったけど、もう家を出て1年は過ぎちゃったよ。


 ヤバ、あんまり余裕ぶっこいてるとマジで行き遅れるかも。


 いや18で行き遅れってのもアレだけどさ、もう少しで18来ちゃうよ。

 ヤバ、ヤババ。


《おう、お疲れ》

「お兄ちゃん、行き遅れちゃう」


《俺の事?》

「両方だよ、どうするよ、流石に真剣に考えないと」


《お前の事が片付いたらな》

「えー、ごめん、そろそろ落ち着きます」


 けど、流石に3度の婚約破棄は痛い。

 つかこの1年で良いのは殆ど売れてってんの。


 分かってたけどさ。


 人の役に立てるのって楽しいじゃん。

 あー、もう、掃除係で良いか。


『サラ、すまない、この程度しか今は』

「お兄ちゃん、私、掃除係になろうと思う」


『サラ、まだ侍女になるのは』

「違くて、家の掃除係、困ってる人を助けんのってやっぱり楽しいし。まだまだ困ってる人って居るだろうから、そこに入って、もし良い人が居たら結婚する」


 ぶっちゃけ、兄達のせいで若干ハードル上がってるのに気付いたんだよね。

 ヤバいわ、マジで。




『本当に、良いのかい』

《いやダメっしょ》

《そうですよ、今までは運良く何も無かったから良いですけど、次は何が有るか》

「あ、お兄ちゃん達の婚期が遅れるか、じゃあもう」


『いや、そう思うなら選ばなくて良い、僕らの事は僕らの責任だ。だからサラ、サラがしたい様にして良いんだよ、本当に』


 父から、サラは特別な子だ、と。

 もし何かやりたい事が出来た時は、応援してやりなさいと。


《兄ちゃん、もしかしてサラを?》

『いや、兄としてだけだよ。ただサラは賢い、どんなに僕らが良いと思った相手でも、本当に良いかどうかは別だ』

《ですけど、それこそ他の兄の紹介だって》

「あ、この家とか気になるんだよね、良いなと思ったんだけど何か嫌な感じがして、逆に気になってたのは有る」


『ほら、下手に任せるより僕らが見守った方が良い』

「あ、そこは大丈夫、侍女を見繕ったから。いやさ、流石にね、そろそろ当主っぽくしないとだし」


 サラは当主、僕らの爵位より遥かに上の存在。

 同等や格上の元婚約者達は、引き留める事すら叶わなかった、それこそ生母の実家ですらも。


 そのサラが決めた事を、僕らが変えさせるのは容易だ、婚期や母さんの事を持ち出せば良い。


 けれどそれで本当にサラが幸せになるのか。

 それとコレとは話が別になる。


《でも、だからって》

「逆にさ、順番的にはお兄ちゃん達が先だよね?」

『こう賢いサラの考える事を信じて、僕らは補佐をするしか無いと思う』


「ごめんね、我儘で」

『いや、初めての我儘なんだ、気にしなくて良い』


 母の為に強請り、着飾ってくれていたのだろう。

 旅路では一切の文句も我儘も出なかった。


 サラは賢く強く優しい。

 そんなサラの相手が容易く見付かるワケが無い、と母さんも言っていたのだし、僕も兄達も父ですらも同意した。


 後は、この二人だけ。


《俺は嫌だ》

《僕も反対です》

「キツい事を言うけど、私と同等の爵位を得てから反対してよ。それとも妥協して欲しい?それかずっと独り身で居ろって?違うでしょ?私を思うなら素敵な人と結婚して私の居場所を作っておいてよ、お願いだから妹離れして」


 コレに七男は席を立ち、六男は頭を抱え込んだ。

 五男の僕としては、ココでどうにか反論出来る相手こそ、サラに相応しいと思う。

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