第3話 殺し屋、没落貴族呼ばわりされる午後

「やあ、ノヴム。一週間前のパーティー以来だ」

「ランド侯爵。これはどういうつもりかな?」


 無残に割れ、寒風が吹き抜ける屋敷を見やりながらランドに問う。

 しかし取り巻きが、まるで奴隷でも見るような視線をノヴムに返す。


「ランド様はな。魔術学院を首席で卒業したエリート中のエリートだ。ゆくゆくは国の中枢に立つお方だ! 没落貴族が自由に口をきいていいものではない!」

「よせよせ。最早貴族だとか、家柄とか、生まれ持った才能のみで決まる時代ではない。先の戦争では魔術兵器たる砲台が幅を利かせ、庶民も議会に入り込み、事業家や資本家が新勢力として台頭している」


 あくまでランドは謙虚な様子を見せ、取り巻き達を制する。

 しかし屋敷の破損については、一切悪びれる素振りを見せない。


「だからこそ俺達貴族は、強い王国を取り戻す為に団結しよう。今日はその挨拶だ」

「こ、これが、こんなのが挨拶だって言うんですか! 謝るとかしないんですか!?」


 ノヴムに対してはまだ人間として見ていたが、半分亜族の血が流れているハーフエルフたるプルムに対してはゴミと同一視していた。

 その悪意を感じたノヴムが、プルムへの視線を遮る位置に立つ。


「随分と過激な挨拶だね。魔術学院ではこれが普通だったのかな?」

「失礼。あの程度は初歩の魔術だ。お前が使防げるだろうと思ってね――ああ、君、風属性の魔力が少々しか無いんだっけ? はは」


 貴族達の嘲笑の意味は、ノヴムの魔術素養がゼロに近いことに由来する。

 魔術は、生物に備わっている魔力を元手に放てる。

 生得的な魔力の質を変える事は出来ない。例えばランドは地水火風全ての基本属性を扱える他、これらを応用した魔術等、多方面の魔術を扱うことが出来る。

 一方、ノヴムは“風属性”の基本魔力しか有さない。それも、強力な魔術に変換できる魔力構造にはなっていない。

 どんなに努力しようが、ノヴムは魔力素養がゼロのぽんこつである事実を変える事は出来ない。


「さっき、才能のみで決まる時代ではないとは言った。だが人間の善し悪しは、いつでも魔術で図れるものだ」

「俺はそうは思わない。そもそも善っていうのは――」


 その先は言えなかった。

 ランドが腰から剣を抜き、勢いそのままノヴムの顔にぶつけたからだ。


「ノヴムさ……!」


 両断された顔面を想像したのか、蒼白な面持ちでプルムが座り込んだ。

 だが何も削られていない。代わりに青痣がノヴムの頬に浮かぶ。

 痛そうに頬を摩るノヴムと、寄り添うプルムの前で斬れない刃が煌めいた。

 

「安心しろ。しっかり刃引きされた模造剣だ。余興で命を落とす事もあるまい。だが、文句あるなら決闘でもやろうか? 剣と魔術を合体させるなど造作も無い」


 というと、腰に差していたもう一つの剣を強調した。正真正銘、“斬れる”剣だ。

 決闘ならば、いつでも殺せるという合図だ。


「そうでなくとも先程の魔術、やろうとすればこのような屋敷、一瞬で灰燼に帰せるのは、君でも分かるだろう」

「そんな事が……許されると思っているんですか!?」

「ペットが口を利くな。親父は王族にも、議会にも顔が利く。俺が一声掛ければ、こんな没落した家など簡単に取り潰しに出来る」


 絶句するプルム。馬鹿にされた恨みよりも、ノヴムが路頭に迷う事を危惧した青ざめた表情だった。

 

 ただでさえ、オルガヌム家は風前の灯火だ。

 かつての大貴族は、名残りさえ殆どない。

 前当主であるノヴムの父親ベーコンは、10年前の戦争で死亡した。一人息子のノヴムも、その戦争を機に9年間行方不明だった。

 9

 1年前、ノヴムは帰ってきた。9年も空白が続いた家など取り潰されても文句は無かったが、奇跡的に存続することが出来た。

 しかし、それでも9年間の空白は長すぎた。

 オルガヌム家の権威は、他の貴族に足蹴にされる程に、最早ないも同然だった。


 高笑いをしながら去っていくランド達。

 天災の笑い声が聞こえなくなると、安堵の息をついた。

 

「参ったなぁ。オルガヌム家ウチ、取り潰されちゃうかも」

「ま、まずは顔を治療させてください!」


 急いで屋敷へと戻り、プルムが治療作用のある魔術薬品“ポーション”を染み込ませたガーゼを青痣へと当てた。

 痛そうに眉を細めるノヴムへ、心配そうな面持ちでプルムが真正面から断言する。


「言っておきますが、私はこのオルガヌム家と、そしてノヴム様と最後まで居ますからね」

「……いや。危なくなったら、俺を見捨てて逃げて」


 少女の献身を、ノヴムは敢えて突き放す。

 

「ランドの家は、王族とも繋がりがある。貴族の中でも随一の権力を誇ってる。人間二人くらいは地図の上から消せるくらいに、ね

「……て脅せば、私が本当に逃げるとお思いですか?」


 プルムは逆に眉間に皺を寄せたまま、ノヴムの頬にガーゼを押し付けた。真剣に怒っている目付きを見て、「ごめん」と目を逸らす。


「でもカチンと来たな……」

「ですよね! 家にこんな穴ぼこを空けて、剣で叩いて謝罪の一つも無いなんて!」

「……プルムをペットってバカにされた。それはちょっと許せないかな」

「ノヴム様……い、今は私の事なんてどうでもいいです!」

「よくない」


 心の底から不安そうな目を見せた後、励ますような笑みを作ってプルムの肩を叩く。


「大丈夫。何とかするよ。だから不安にならないで」

「……ノヴム様」

「割れたガラス塞ぐの、手伝ってもらっていい?」


 ガラスを修復する大工が来るまでの間、新聞で穴を塞いだ。

 片隅に“王都路地連続バラバラ殺人事件”の記事が見えた。

 暗号化されているが、“情報提供者”からの真のメッセージはこうである。


『ランド侯爵。“王都路地連続バラバラ殺人事件”の犯人で確定』


 オルガヌム家は潰れてもいい。

 だが、プルムが傷つくことは許せない。

 それ以前に、罪無き命を玩具にするランドは、元からリヴァイアサンの標的だ。

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