終戯の心臓

式咲チエ

Altar.00 終末の果て

 ――終末の果てに。

 

 黒く、あかく、世界に火を放った者。燃えさかる地に残ったその生命体は、ついに記録を書き終えた。

 三度の冬、星の墜落、あらゆる命の消滅。

 神々は戦った。滅びを免れる戦いではなく、それこそが滅びで――運命であった。

 「かれ」はそれを「ラグナロク」と呼んだ。

 すると眼前の火の海から、相討ちとなってその生を終えたはずの悪神がゆっくりと起き上がる。


「――おはよう、新たなる神」


 イザヴェルは消滅した。輝ける天の広間ギムレーにすら炎は届いた。世界樹ユグドラシルも焼き尽くされた。

 もはや、この歴史に希望はない。


「君は閉ざしてしまった……文字通り終わらせてしまったんだよ。君の復活は予言を破った。世界を、人々の生きる導を閉ざしたのさ」

「なに、キミも共犯じゃないの?」


 かれはその笑みに嫌味を付した。


「いいや。俺だって驚いてる。俺はこの先を知っていたからな」


 新たなる神と呼ばれた男は立ち上がった。背丈の高い、痩躯な青年の姿をしている。長く伸びたマラカイトグリーンの髪を引きずり、かれのもとで止まった。


「さて、これからどうしたものかな……」

「自分で考えろ。……俺は匣に帰る。帰ってこの状況を、お前の世界を観測する。逸れた歴史のもとには新たなる宇宙――世界ができるのさ」


 かれは呆れたように神に告げ、前も後ろもない空間で振り返った。

 やがて炎は小さくなる。かれと神の意識が遠のいていくように。


「……カルディア、か。宇宙の心臓と言いたいわけだ」

「ははっ。俺の思うことなんて、キミにはお見通しか」


 神はへらへらと笑った。悪戯好きな子どものようで、あの頃と少しも変わらない顔だ。

 炎はやがて消えた。しなやかな光のベールがふたりを包むように、または果てることのない闇がふたりを襲うように、かれらの存在は曖昧になっていく。


「それでは、また逢おう――ロキ」

「うん。またね、スルト」


 そうして、神話は閉じられた。

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