第2話 スキルブック

「う、うあっ……!?」


 ドラゴンの全長は10メートル以上。


 固そうな土気色の表皮はテラテラと濡れ、鋭い両目だけが爛々と光っている。

 とてもじゃないが、俺の拳では倒せそうにない。

 何とか逃げないと……だが脚は恐怖で動いてくれない。


 その時。


「やらせません!!」


 一人の少女が、俺を庇うように飛び込んできた。


 ぶおんっ!


 少女は身の丈ほどもある大剣をふるう。

 赤いオーラのような物が刀身を覆っており、なんというかすごく凄い。


「神速魔斬!!」


 ザシュッ!


 少女の攻撃はドラゴンの腹に傷をつけるが、さほど効いたようには見えない。


「くっ、やはり土竜相手にわたしの剣術じゃ……!」


 グオオオオオオンッ!!


 それでもそれなりに痛かったようで、怒り狂ったドラゴンが丸太のように太い尻尾をふるう。


 ガキインッ!


「きゃああっ!?」

「うわあっ!?」


 尻尾の一撃はなんとか大剣で受け止めたものの、少女と俺はまとめて吹き飛ばされてしまった。


 どさっ!


「ととっ、大丈夫か?」


 幸い、吹き飛ばされた先はふかふかの草むらで、思ったほどのダメージはない。

 少女を抱きとめるような形で身体を起こす。


「あ、ありがとうございますっ!」


 少女の顔が、初めてこちらを向いた。


「え……は? うわぁ」


 あまりの衝撃に、呆けたような声しか返せない。

 何故ならば……。


 さらり、と風に舞う美しい金髪にエメラルドのような瞳と少し尖った両耳。

 赤いリボンで括られたサイドテールがぴょこぴょこ動いててかわいい。


 均整の取れた体躯を覆うのは、赤・白・青を基調としたジャケットと真っ赤なマント。

 白いショートパンツからすらりと伸びる生足は、片側だけグレーのニーソックスに覆われており、足元はちょっとごついブーツ。


(か、かわいい!!)


 アニメや漫画でもめったに見ないような美少女である。


「ご安心ください、

 必ずわたしが助けます!」


「え?」


 勇ましく立ち上がる少女。

 この子は……俺が転生者だと知っている!?



 ***  ***


 突然の出来事に、目を白黒させている青年。

 この世界では黒髪に茶色い瞳。

 それなのに、青年の表情には絶望が無い。

 最近増えている、あの世界からの転生者で間違いないだろう。


(これは大チャンスかもしれません……!)


 転生者はこの世界にない特別なスキルを持っている事も多く、転生者を”囲う”事で大きな利益を見込むことができる。


(いやいや、そんな事を考えては失礼です!)


 自身の胸の内に生じた打算を恥じ、改めて土竜に対峙する。

 相手はSランクモンスター。

 自分の実力では厳しい相手だが、何とか彼が逃げる時間を作れれば……。


(そ、それに)


 さっき抱き止められた時に感じた、圧倒的な包容力。

 ギルドの猛者たちにも負けない体格、それなのに彼の肉体は羽毛のように自分を包んでくれて。


(ほ、ほうっ!?)


 今まで味わったことのない感覚に、思わず顔を赤らめてしまう。


 ガルルッ!


「!!」


 その隙を突いて土竜が攻撃してきた。



 ***  ***


 どがっ!!


「きゃあああっ!?」


 ドラゴンの尻尾の一撃を受け、再び吹き飛ばされてしまう少女。


「て、転生者の方、わたしの事は気にせずお逃げください!!」


 ガキインッ!


 少女は追撃して来た土竜の爪を大剣ではじきながらそう言ってくれるが、どう見ても劣勢だ。

 このまま逃げたとしても他のモンスターに襲われるかもしれないし、何より自分を助けてくれた少女(超カワイイ)を見捨てていいのか?


(なんとかコイツの力を使えないか?)


 俺は転生神(猫)から貰ったスキルブックを開く。

 スキルブックの最初のページに光輝く文字が浮かんでいた。


『新たなスキルが解放されました』


「おおっ!?」


 トラもどきを倒したから、スキルブックが”成長”したらしい。

 そのメッセージに続けて、沢山の文字が表示される。


 ======

 スキルツリー『編集・配信』


 ■干渉系

 ランク1:再生速度低下(ディレイ)→対象の速度を大きく下げる。


 ■生成系

 ※ロックされています。


 ■補助系

 ランク1:戦技複製(ダビング)→直前に放たれたスキルを繰り返す(New !! )


 ■配信系

 ※ロックされています。


 使用可能回数:399

 ======


「!!」


 転生神(猫)が言っていた”スキルツリー”とはこの事か!

 どうやら新たなスキルが使えるようになったみたいだ。


 ぱああっ


 俺の脳内に、先ほど少女が繰り出した剣技のイメージが浮かび上がる。


「これは、もしかして」


 あらたに使えるようになった戦技複製(ダビング)、このスキルを使えば少女の技をコピーできるのかもしれない。


「やるしかない……!」


 迷っている時間はない。


「ここは俺に任せてくれ!」


 ドラゴンの前に走り出る。


「え、なにを!?」


(出し惜しみは、無しだ!)


 使用可能回数:399。


 恐らくこれだけスキルを使えるという事だろう。

 モンスターの強さがよく分からないので、とりあえずたくさん使うことにした。


『戦技複製(ダビング):神速魔斬×10!!』


 ヴィイイイイイイインッ!


 空中に赤く輝く剣が無数に出現した。


「ええっ!? これってわたしの剣技!?」


 ズバババババッ!


 そいつは生き物のように飛び回りドラゴンを斬りつけていく。


 ドシュウウウッ


 無数の斬撃を浴びたドラゴンはバラバラになって地面に転がった。


「うっそおおおおおおおおおおっ!?」


 美しい金髪を逆立て、驚愕の叫びをあげる少女。


 うん、少しやり過ぎたかもしれない?

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