秋月さんの初体験 7

 「ストラップでも、ペンでも、ハンカチでもなんでも良いけれどさ。同じの」

 「ん、同じの?」


 輿石は訝しむように首を傾げる。そんな怪訝そうな表情をする要素があっただろうか。今までの輿石の方がよほど訝しまれるようなことしていたと思うのだけれど。

 と、思ったところで口にできるわけもなく、私は作り笑いを顔に張り付ける。


 「お揃いってなんだか恋人っぽくて良いよね。私だけかな。そう思うのって」


 かわりにそれっぽいことを口にする。


 「お揃い……」

 「そう。お揃い」

 「たしかにいいかもな」


 お気に召したようで、瞳をキラキラ輝かす。


 「でもロマンティックだな。お揃いなんて」


 雑貨屋さんに向かって歩きだす。私の手を引っ張るように先を進む輿石はそんなことをつぶやく。私に言っているのか、独り言なのかイマイチわからないような声色だ。口調的には私に語り掛けているのだろうなと思うのだけれど。


 「ロマンティックかな」


 そんなこと自覚もなければ意識もない。微塵もない。

 ロマンティックってプロポーズの時に薔薇の花束をプレゼントしてみたり、フラッシュモブみたいのでプロポーズしてみたり、そういうのかなあと思っていた。

 少なくとも私の中にあるロマンティックってそういうのだ。傍から見れば痛々しいことかもしれないけれど、それがまた良い味を引き出すというか。


 「ロマンティックだろ」

 「そういうもんかあ」


 そういうものなんだなあ、と新たな知見を受け入れながら雑貨屋さんに二人で足を踏み入れたのだった。

 雑貨屋さんの店内は洋風だった。洋楽が流れているから尚更そう感じるのだろう。

 お客さんはお世辞にも多いとは言えない。

 けれど、全くいないわけでもない。


 「このハンカチなんか良いと思いますけど。可愛いですし、天使みたいでふわふわですよ」

 「ん。天使はもっとフワフワしてる」

 「たしかに。それもそうですね。あ、こっちのハンドタオルなんかどうでしょう。黄色で私たちっぽくないですか」

 「安直。私たちにはこういうのが似合う」

 「紫ってセンス壊滅的ですね」


 女子高生というかウチのクラスの女子たちがいた。目が合う。数秒見つめ合ったのちにひらひらと手を振られる。

 私と輿石は顔を見合わせてから、二人に手を振り返した。


 「やはりあの二人は付き合っているんですね」

 「そんなことはない。女の子同士で手を繋ぐなんて普通」

 「そうですかね」

 「そう。ほら私たちだって繋げる」

 「それもそうですね……」


 手に持っていたタオルを置いて、二人は雑貨屋を後にする。

 なんか邪魔しちゃったかなあ、と申し訳ない気持ちがふつふつと湧く。


 「知り合いに見つかったから目的は達成だな。後はクラスやら学年やらに広まってくれることを祈るのみだ」


 ふふんと鼻を鳴らす。


 「あの二人、言いふらしたりしなさそうだけれど」


 そもそも付き合っているのか、否か。そういうところから懐疑的だったし。

 輿石の思い通りに駒が進んでいくとは思えない。

 単に私が心配性なだけで、杞憂に終わるかもしれないけれど。

 まあ、他にも同じ制服を着ている人もいたし、そもそも学校でも手を繋いで軽く噂にはなっていたし、気にするほどでもない気がする。

 輿石的にもこれはある種詰めの作業なのだろうしさ。


 「それよりもお揃いのなにを買おっか」


 もう真の目的は終了した。あとはただのデートを楽しむだけ。


 「そうだな。ストラップとかはがらじゃあねぇーからなあ」


 拳サイズのぬいぐるみ付きストラップを見ながらつぶやく。そうかな。可愛いし、似合うと思うけれど。バッグのチャックとかに付けて、じゃらじゃらと揺らしていそう。

 あ、あれ、なんか輿石がやるとヤンキーとか、ギャルみたいな感じになっちゃうな。


 「それよりかはペンとかの方が良さそうじゃない。ほ、ほら、このボールペンなんか可愛いし、色も何種類もあってさりげなくお揃いにできちゃうよ」


 近くにあったボールペンを手に取る。

 綺麗な模様になんのキャラクターかわからない不思議なキャラクターがプリントされている。赤色と青色と緑色の三色とバリエーションも豊富で、四色ボールペンという利便性にも長けているものであった。

 お揃いとか関係なしに興味のある代物だ。


「普段使いできるし、生徒会室でアレに見せつけられるし……たしかに、ボールペンってのも悪くねぇーよな」


 ふむふむと頷きながら、青色のボールペンを手に取って、黒色で試し描きをしている。輿石の部屋で読ませてもらった漫画のヒロインを描いている。デフォルメされたイラストなのだが特徴を捉えていてわかりやすいし、可愛らしい。

 というか、輿石って絵上手いんだなあと新たな発見をする。

 なんか輿石のこと知った気になっていたけれど、まだまだ知らないことだらけだなと痛感させられた。


 「どうすっか。アタシ的にはこれでもいいけど」

 「うん。私もこれで良いよ」

 「じゃっ決まりだな。買っちまおうか」

 「そうだね」


 私たちはレジに行き、店員さんにそれぞれ袋を梱包してもらう。

 お揃いのボールペンを買った。

 柄にもなく嬉しいなと思ってしまった。そんな自分がちょっとだけ恥ずかしかった。

 お店を出る。ああ、良い買い物をしてしまったなあ……という満足感が迫る。

 輿石と歩く。なんだか落ち着きがなくキョロキョロと辺りを見渡す。

 なにかしたいことでも見つけたのかな。そう思いつつ彼女をジーっと見つめる。目線に気付いて、輿石は私の方へ振り向く。

 ビクッと肩を震わせて、手を離す。

 そんなにビックリするようなことかなと困惑する。そして、なにか良からぬことでも考えていたのではと訝しむ。


 「ん、ん?」


 困ったように笑いながら輿石は首を傾げる。


 「なんかそわそわしていたから。どうしたのかなって」


 特に誤魔化す理由もないので素直に抱いた疑問を問う。

 輿石はあー、と言いながら髪の毛を触る。ああ、そんな触り方をしたら髪の毛痛んじゃうよと思いながらその動作を見つめる。


 「そのさ」

 「うん?」

 「ほら、アタシたち学校出てから二時間くらい一緒にいるだろ」

 「そうだね」

 「なんなら生徒会始まる前……いいや、もっと前か。教室から離れずにずっと一緒だっただろ」

 「うん、そうだね」


 余計な口を挟むことなく首肯する。


 「でさ、アタシたちペットボトル飲料をもらって一本丸々飲んじまっただろ」

 「水もらって確かに飲んだね」


 飲んだというよりも、飲まされたという方が正しい気もするけれど。


 「だからさ」

 「うん?」

 「そのあそこ……」


 輿石は頬を通り越して耳までかぁーっとピンク色に染める。そんな顔を隠すように俯きながら端っこの方を弱々しく指差す。

 指先にあったのはお手洗い。トイレだ。

 ピキーンと私の脳みその中で点と点が繋がった。


 「いっておいで。私はうーん……大丈夫かな」


 己の膀胱と相談しつつ、行かないという選択肢を選ぶ。


 「お、おう」


 安堵するように顔を上げる。


 「じゃあ、ちょっと行ってくるから。すぐに。うん。すぐに戻ってくっからちょっとだけ待っててくれ」

 「良いよ。ゆっくりで」


 慌てても良いことないし。私は切羽詰まった様子の輿石を見て、苦笑しながらそう告げたのだった。

 トイレ付近にあるベンチで輿石を待つ。スマホを取り出して、意味もなく操作する。特に連絡が来ているわけでもなければ、なにか調べたいことがあるわけでもない。このぽっかりと空いてしまった空間を埋めるようにスマホに縋る。


 「き、キミ……百合じょの子だよね」


 私の目の前に影ができる。スッと顔を上げる。そこにいたのは男子高校生らしき人だった。

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