秋月さんの人脈大革命 2

 帰宅。今日から私は家に引きこもる。悠々自適な引きこもりライフの始まりだ。そのための物資はたくさん用意した。両手にぶら下げているパンパンのビニール袋の中身が物資である。

 ペットボトル飲料に、スナック菓子、アイスとガム、飴に日持ちしそうなパンもある。これだけあれば一切外出せずに過ごせるはずだ。

 と、どこぞのオタク男子のようなことを考える。女だろうが、男だろうが根っこは同じだ。人前でそういう部分を見せるか否か。それだけ。女性という生物に幻想を抱かないで欲しいよね。

 男性とか女性とか関係ない。私たちは同じ人間なわけだし、怠惰な生き物なのだから。


 「ただいま」


 と、玄関の扉を開けて声を出すが、返事はない。ただ落胆することもない。わかりきっていたことである。

 なぜなら両親ともども海外赴任中だからだ。ということで、いるわけがない。返事がある方がどうかしている。いつもの癖で挨拶が口に出てしまうのだ。

 これはまさしく両親の教育の賜物と言えるだろう。結婚式の両親への感謝の気持ちでは「お父さんとお母さんのおかげで家に誰もいなくても『ただいま』と言える常識ある娘に育ちました」って言ってやるんだ。

 冷蔵庫と冷凍庫にばこばこと買ったものを突っ込んでいく。

 ああ、お弁当とレトルトも買ってくるべきだったかな。思っていたよりも冷蔵庫の中はからっぽだ。これじゃあカレーすら作れないよ。作らないけれど。

 手軽になったビニール袋をぶら下げて、そのまま自室へと向かう。

 ゴールデンウィークなんて……って思っていたが、こう実際にゴールデンウィークを迎えると中々悪くないなと思う。

 リュックからスマホを取り出す。スリープモードを解除すると、通知がかなり溜まっていた。思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 スマホを目元に近付けたり、遠ざけたりする。

 幻想でも見ているのかなと思ったが、これは現実らしい。しっかりと通知が溜まっている。

 物珍しいこともあるもんだ。さては、バグだな。通知が増えるバグ。もしくは公式が狂って送信しまくっているのか。どっちでもおかしくないな。

 通知欄へゆっくりと目線を向ける。通知欄には「HaRuKa」と名前が表示されている。隣に見えるアイコンはシロイルカのぬいぐるみ……にしてはデカいな、これ抱き枕なのかな。素材はぬいぐるみっぽいけれど、ぬいぐるみにしてはデカめ。等身大ぬいぐるみかな。


 「豊瀬先輩だ……生徒会グループが活発なのか……」


 なにか問題でもあったのかな、とアプリを開く。

 通知が溜まっているのはグループトークではなかった。個人トーク。HaRuKaさんの個人トークに通知が溜まっている。その件数なんと十件。

 グループならまあ、そういうこともある。重要な案件であればなおさらだ。ただ、個人トークでここまで溜まることは中々ない。陽キャはこれが普通なのかもしれないけれど。私にとっては明らかに異常な数値であった。


 「なにをそんなに……」


 困惑しつつも、トーク画面を開く。


 『おーい。秋月さん』


 というメッセージから始まっていた。

 時間的にこのメッセージを送って来た時にはコンビニで引きこもり物資の吟味をしていた頃だろう。

 結果的に無視するような形になってしまったが致し方ない。


 『ブロックされてる?』


 と二通目のメッセージが五分後に来ている。催促が早すぎる。高校生ってこのくらい普通なのかな。いいや、そんなことはない。ないと思う……ないよね。

 そこからさらにメッセージは積みあがっていく。


 『返事欲しいな』とか『まってるからね』とか『無視はひどいと思う』とか。

 そして極めつけに泣いている子犬のスタンプ五連続。連打ではなく、一分おきに送信されているのが不気味だ。最後に送信されているのが一分前で……あ、また来た。同じスタンプだ。子犬のこのキャラクター好きなのかな。

 そんな呑気なことを考える。


 『きどく』


 私の思考を弾き飛ばすように、追いメッセージが来る。

 漢字に変換する余裕すらなかったのか。はたまたこの瞬間だけスマホがぶっ壊れてしまって変換したかったのにできなかったのか。まあ、どっちでも良いか。


 なんて返事をしよう。

 謝るべきか、敢えておちゃらけるべきか、なにも気にせずに用件を確認するか。どれも正解であり、また不正解でもあるように感じる。

 どうしたもんかなあ、と考えていると、スマホの画面は一瞬ブラックアウトしてから、受話器のマークが表示された。吃驚してスマホを軽く浮かせてしまう。私の手中に収まってもなお、ブルブルと震えていた。

 HaRuKaという名前とシロイルカのぬいぐるみのアイコンが表示されている。

 うおー、返事を待たずに電話してくるのか。なに。なによ。私なにか怒らせるようなことしちゃったかな。

 申し訳ないけれど、思い当たる節が一切ない。

 いやー、怒られるのか。なにをしたかなあ。思い当たる節がないからこそ、ドキドキしながら電話にでる。


 「もしもし」

 『秋月さんの電話ですか』

 「はい。そうですけれど、どうしましたか」


 私の連絡先に電話してきているのだから、私以外が出るわけないんだよなあ、と思ったけれど、それを口にしたらさらに怒られそうだったので心の中に留めておく。

 怒られることが確定事項みたいになっているけれど、そもそも確定事項ではない。他に連絡する理由がないから九割九分そうだとは思うけれど。


 「どうしたんですか。あんな切羽詰まったようなメッセージしてきて。その上に突然電話だなんて」


 ちょっと勇気を出して深くに入り込んでみる。ほら、怒られるのなら早かれ遅かれ怒られるわけだし。怒られるならさっさと怒られて終わらせたい。


 『ゴールデンウィーク暇かなと思って』

 「ゴールデンウィークですか」


 なんか今日そんなことばかり聞かれるなあ。

 皆ゴールデンウィークに浮かれすぎではないだろうか。私も人のこと言えないのだけれど。

 暇か。暇じゃないか。その二択であるならば暇という答えになる。でも、ぐーたらする予定があるから暇じゃないとも言える。


 「暇ですね」


 これが輿石であれば暇じゃないと言えるのだが、相手は先輩だ。しかも生徒会長。

 ぐーたらする、という予定があるから暇じゃないです。とは言えずに、そう答えてしまう。

 なにか仕事押し付けられるのかなあ。うーん、仕事押し付けられるんだろうなあ。


 『そう。良かった』


 安堵が混ざるような声がスピーカーの向こう側から聞こえてくる。ビデオ通話というわけでもないので、相手の表情はわからない。実際に安堵しているかなんてわかったもんじゃない。もしかしたら、安堵してそうだなあってのは声色だけで、実際は不満たらたらかもしれないし、イライラしているかもしれない。


 電話というものは目に見えることなく、終始あれこれ考えさせられる。その逡巡は終わりを迎えることはない。

 耳にスマホのスピーカーを当てている限り、私の中に渦巻く不安は払拭されない。だから、私は電話があまり好きではない。メッセージ上のやり取りも好きじゃない。あれ、もしかして私って現代社会不適合者なのではないだろうか。

 かと言って、対面で会話するのは好きなのと問われれば嬉々と首肯することはできない。ああ、人と関わるのが苦手なだけでした。悲しいね。


 『それじゃあその……提案なのだけれどゴールデンウィークどこかのタイミングでどこかに遊びにいかない? その、無理矢理連れ出そうとは思わないから。そうね。嫌なら断ってくれて構わないわ。断ったからって秋月さんのこと嫌いになったり、怒ったり、無視したり、今後邪険に扱ったり、そういう卑劣なことしようだなんて思っていないわ。それは今ここで、生徒会長として約束するわ。あくまで興が乗るなら一緒に遊んでくれると嬉しいなと思うだけなのよ。だから、強制することに意味はないわ。そう全くないと思っているの。だから、そういう提案。どうかしら』


 饒舌に、そして冗長に、ペラペラと告げる。私が口を挟む隙すら存在しなかった。正体秘匿系ゲームでもやっているのかなと錯覚してしまう。それほどに豊瀬先輩の言葉には勢いがあった。


 「良いですよ。暇なので。どこか遊びに行きましょうか」


 良くわからないし、思い当たる節もなかったけれど怒られるんだろうな。そうなんだろうな。というモチベーションだったせいで、二つ返事で頷いてしまった。

 そう答えてから、豊瀬先輩と遊びに行くって具体的になにをするんだろうか。趣味とか被っているわけでもないし。という不安の波が押し寄せてくる。


 『良かったわ。それじゃあ明日とかはどう?』

 「明日ですか……」

 『都合悪い? それなら違う日にでも』

 「いいや。都合悪いわけじゃないです。急だなと思っただけで」

 『先延ばしにしても仕方ないもの』

 「それもそうですね」


 とはいえ、本当になにをする気なのか。

 話が進めば進むほど気になっていく。私は豊瀬先輩のことさほど知らないし、それは豊瀬先輩も同じなはず。

 私が知っている豊瀬先輩なんて、百合百合ノ華女学院の生徒会長であって、女の子同士の恋愛小説を読んでいるモデルやアイドルに勝る容姿を持つ女性ということぐらい。

 その他のことなんてからっきしだ。

 それでも私を誘うということは、だ。なにかそれなりの事情があるのだろう。

 もしくは、なにも知らないからこそ、こうやって遊びに誘い、プライベートを探って仲を深めようとしてくれているのかもしれない。

 どういう形にしろなにをするのか。

 どう考えているのか。

 その辺は把握しておきたいところだ。


 「ちなみになにをするつもりなんですか」

 『良かった。それじゃあ明日、学校の校門前で集合ね』


 私の問いかけに被せるように豊瀬先輩はそう口にする。

 そして、私の問いに答えることなく電話はきれた。ポロンという軽快な音が私の耳に響いて残る。

 ええ、なにそれ。私は困惑しながら電話が終了したことを知らせる画面を見つめる。


 「なんだったんだ。一方的だったなあ」


 私はぽとりとスマホをベッドに落とす。そして追従するように私もベッドに倒れ込む。モフっとベッドが私の全体重を支えてくれる。

 こてんと寝返りをうって、白いなんの面白みのない天井を見つめる。

 ああ、明日どうしよう。大丈夫かな。私、なにか準備した方が良いかな。念のためになにかしたいことでも考えておくべきかな。でも、したいことも、行きたいところもないし。

 流石に豊瀬先輩が予定くらいは考えておいてくれるよね。

 こう見えて豊瀬先輩のことは信頼しているし、尊敬している。それくらいはしてくれる人だと思っている。

 勝手に期待しているだけかもしれないけれど。


 「にしても……さっきの笹森先輩が乗り移ったみたいなテンション感だったなあ。あの突発的な感といい、自由な感じといい」


 常に近くにいる者同士似てくるのだろうか。その理論だと、私は輿石の性格に似てくることになる。


 「ああん、調子乗ってんのか。乗ってんだろ。あんまアタシを舐めんなよ。痛い目に合わせっからな」


 輿石の真似してみるがカロリー消費が凄まじい。どうやら私の打ち立てた理論は違うようだ。

 またこてんと寝返りをうつ。今度は目線の先に積み上げた漫画が見える。

 ちょっと量が多い。

 まあ、ゴールデンウィークの初日が潰れるだけ。序盤も序盤だ。

 むしろ、今日買い忘れたお弁当やレトルト食品を帰りがけに買いに行くことができる。そう考えると、悪くないのかもなあ。

 で、それはそれとして、結局なにするつもりなのだろうか。

 逡巡して、その不安に戻ってくる。まあ、考えても仕方ない。豊瀬先輩を信じて私はなにも考えないでおこう。

 そうやって思考を放棄したのだった。

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