第4話 やってもらいたいこと


「聖女様? お怪我は?」

「あっす……だ、大丈夫、です。へへ」


 男達が去った後、教皇きょうこう様にがっちりと肩を掴まれた。


 強制的に目を合わせられて挙動不審きょどうふしんになる。

 よくわからない笑いが出てしまった。


「……はあ全く。どうして神殿から抜け出したりしたんですか」

「……ひん。え、えっと」


 ……言えない。

 あなたというか神殿が怪しすぎて逃げました。だなんて絶対に言えない!


「え、えっと、ですね……。その、お、お散歩! ここがどこなのか知りたくて!!」

「こんな夜更けに?」

「うっ……」


 めっちゃ怪訝けげんそうな顔をされてしまった。


 そりゃそうだ。

 わざわざ人目をさけておいて「散歩」は苦し過ぎる。


「はあ。大方おおかた我々を疑って逃げ出した、というところですか」

「うっ」


(お見通しですやーん)


 心を読めるのだろうか、この人。


「あなたが分かりやすすぎるだけですよ」


 いや、絶対読めている。間違いない。

 だって私、分かりやすいなんて言われたことないもの。


 ……単に人と顔を合わせてしゃべる機会がなかっただけだけど!!


(そんなに分かりやすい?)


 もにもにと顔をもんでみる。

 よくわからなかった。



 ……じゃあ、教皇様を疑っていたこともバレてるのかな。


 常に笑顔で、顔がきれいで、穏やかな天使みたいな顔して。


 そんなの、疑うに決まっているじゃないか。

 だって、おばあちゃんの要注意リストど真ん中なんだもの!


「……私、を?」

「え?」


 教皇様はポカンとこちらを見ていた。


 え、ちょっと待って。

 もしかして……今の言葉、口に?


「オ……アァアノ、違うんですこれは、その。ば、おばあちゃんに言われてまして」

「なんと?」


「えーっとですね。顔のいい男や、人当たりの良い男は要注意だと。その、やばい奴の可能性が……じゃなくて! あっ。危ない……違う違う! そう! 見た目に騙されるなって!! うん。人は見た目じゃないですもんね!」


 もはやどのワードがダメなのか分からなくなってきた。


 しどろもどろになりながらも、早口に言い切る。

 シーンという静寂せいじゃくが痛い。


「……ふ、あはは!」

「!?」


「ああ、面白い。そんなことを言われたのは初めてですよ。ふふ、つまりあなたは私を疑って逃げ出した、と。そう言うことですね?」

「へい! ごめんなさい」


「あははっ! なんで返事だけ威勢いせいがいいんですか」


 彼はしばらく笑い続けた。


 なんで、と言われても。

 これが素なので仕方がない。

 テンパると予想外の言葉が出てしまうんだ。


「あ~。笑った笑った。……まあ、この国のことを説明しなかったこちらにも非はありますね。すみません。早く話しておくべきでした」


 教皇様は肩を離すと頭を下げた。


「! えっ、っちょ!!」

「疑うのも無理はありません。ですが、話を聞いていただけないでしょうか。この国は、あなたのように金色の目を持つものにとって危険すぎます」

「えっ」


 また言われた「金色の目」というワード。

 思わず動きを止めて彼の顔をまじまじと見てしまう。


 怒っているような、悲しんでいるような。

 複雑な顔だ。


 何やら事情がありそうな感じだ。


「……さっきの人たちも言っていました。金目の女だから……その、売れるって」

「そう……ですか」

「……教えてください。目が、何だっていうんですか?」


 今思い出しても体が震える。


 あれは、人を見る目ではない。

 あんな視線、浴びたことない。


「――“純なる金の目”は神と通ずるものの証」

「え?」


「この国――アルカディエではそう言われています。その昔、建国けんこくに関わる話です」


 彼はそのまま国の歴史を話し始めた。


 ――


 400年以上前、この世界は「魔物」による侵攻を受けていた。

 どこからともなく現れた「魔物」は「瘴気」という毒をまとい、人々を襲った。


 人々には打つ手がなかった。

 追いやられ、安住の地などなくなっていく。


 そんな時に守りの神「雷神ベルタード」の力を宿した女性――聖女が現れた。


 聖女は持っていた。


 魔物や瘴気を浄化する力を――。

 傷ついた民を癒す力を――。

 人々を守る結界の力を――。


 平和が戻った世界で、彼女は『救国の聖女』と呼ばれるようになった。

 そして、聖女が眠りについた場所にこの国が築かれたのだ。


 ――


「救国の聖女は、神々しい金色の目をしていたとされています。だからこそ我々にとって金色の目というのは特別な意味を持つ。ですが……」


 彼は目を伏せた。

 握られた拳が、わずかに震えている。


「……今から約20年前。予言の通り、再びこの地に魔物が現れた」

「予言?」

「聖女様が眠りにつく時、口にした言葉です。『憎しみや悲しみにのまれる時、再びめぐることになるでしょう。私も、魔物も』と」


 魔物が現れたのならば、聖女もまた現れる。

 予言にはそうあった。


 ……けれど。


 どれだけ待てど暮らせど、一向に現れない。

 もしかしたら聖女などいないのではないか。


 そんな絶望が国を支配した。



 そんなとき。

 王家が『金目政策きんめせいさく』を打ち出したのだという。


「金目政策とは聖女を見つけるためのもの。国中に聖女を探せというお触れです」


 しかも、聖女を見つけた者には報酬を与える、という条件付きで。


 民は、早く不安から解放されるために。

 貴族たちは自分の利益になりそうだから。


 そうして金に近い色――黄色や茶色など――を持っている者たちが連れ去られていった。


「それは今でも続いています。……前線につれていかれたものは、誰一人として戻ってきていない」

「ワ、ワアッ!!」


 私はストレスで小さくかわゆい生き物みたいになってしまった。


 なんてことだ。ガッテム!!

 つまり、金色の目をしている私は絶対に狙われるということじゃないか。


 目立つとかそう言う次元の話じゃない

 なんて世界に落としてくれたのだ、神様。

 というか。


「そういう大事なことは早くいってください~!!」

「いえね。私も何度もご説明しようとしていたのですが。聴いてくださる状態じゃなかったので……」


「あっ、それは申し訳……」


 ペコリと頭を下げる。


 あれか。

 転生のせいでパニクっていた時のことか。


(そう言えばなんか言っていたような気がしてきた……)


 ふむふむ。

 つまり――全て私のせいじゃないか!!


 自業自得すぎる!!

 説明してくれようとしていたのに、聞いていなかっただけということが判明してしまった。


 それで勝手に疑って、勝手に出て行って……。


 迷惑のオンパレードじゃないですか、やだー。

 穴があったら入りたい。


「我々『ベルタード教』は、救国の聖女と共に戦った仲間が『雷神ベルタード』への信仰を守るために築いたのが始まりです。二度と滅亡の危機に陥らないよう、語り継ぐ。そして有事の際は、聖女の眠るこの場所を守る。それが我らの使命なのです」


「守る……」

「ええ。我らは雷神、ベルタード様を信仰することでお力――結界を扱うことができる」

「あっ、さっきの……」


 おじさんたちに使っていたあの膜。


「はい。2種類の結界を扱い、魔物の侵攻を留めています。ですが我々の力では、魔物を消滅させることはできない。浄化ができるのは、神に近しい方のみ。つまり、聖女様。あなたです」


「…………」


 うーん? ちょっと待って? 本当にまって?

 この流れって……あれか?


 “おお、勇者よ。魔王を倒し、世界を救ってくれ”的な――。


「ですので」


 聞きたくない。いや、聞くなと心が叫んでいる。


「あなたには、ぜひ、国を救ってほしいのです」


 国を救う。

 国を……救う??


「…………いやいやいや。え? ……いやいやいや」


 思わず素の言葉が飛び出す。

 何を言っているんだこの人は。


(こちとらごくごく普通の一般家庭育ちですけど?)


 そんな力があるなんて思えない。

 あっても使えるとは思えない。


「いや、あの。すぐに死ぬ未来しか見えないのですが、それは……」


「大丈夫です。聖女様は我々が守ります。もちろん、衣食住も全てご用意しますので、ご安心を」


「いや、そういうことではなく……」


 ダメだ。話が通じない。

 いやそれも大変ありがたい話だけど。

 というか、もう彼の中では決定事項な気がする。


 いや、落ち着け。まだ希望を捨てるな。

 私がやらなきゃいけないと決まったわけではないぞ!


「あ、あのぉ~……聖女って、その、辞退とか……他の方に譲るとか」

「もちろん却下です」

「あ、ハイ。……ですよね」


 だめでした。


(もおお!! 勝手に転生させた上に、聖女になんてしないでほしかったよ神様―――!!!)


 とんだ災難! 巻き込まれ大惨事!!

 無茶ぶりにもほどがある!!


 私は暗い空を見上げた。

 星が美しく輝いている。


(お空、キレイ)


 ああ、あの星、地球だったりしないかな。

 元に戻してほしい。切実に。


 ムリかな。ムリだよな。

 だってムリって言ってたもんな。

 泣きそうだ。


(でも……)


 正直、教皇様の申し出はありがたい。


 だって、常識ない、お金もない、寝るところもない、のナイナイずくしだ。

 ベルタード教の協力がなければ生きて行けそうにないだろう。


 ならば、より生き残れそうな選択を。

 せっかく2度目の人生を歩めるのなら、すぐに死んでなるものか!


 私は大きく息を吸い込んだ。


「分かりました。できることはやります」

「ありがとうございます。頑張りましょうね!」


 決意を込めて、真っ直ぐと。


 3秒だけ。


 そしてすぐに反らす。


「あはは! しまらないですね。この顔がダメなんですか?」

「顔っていうか……全部?」

「ひどいですね。これでも穏やかで美しい、理想の教皇様と言われているんですよ?」

「さいですか……」


 自分で言うんだ……。


 ちらりと盗み見る。

 あるのは純粋に楽しそうな笑み。


 先ほどまでの教皇然とした穏やかな微笑みではない。

 でも、こっちの方が人間味を感じる分、まだ接しやすい。


「では帰りましょうか」


 夜の道を、並んで歩く。

 並んだ肩に、少しだけ親しみが湧いていた。

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