第2話 コミュ障には荷が重い!



 私は大学に進学したばかりの、どこにでもいる普通の女の子だ。

 名前は神田かんだ実美なるみ


 ちょっとだけコミュニケーションが苦手です。

 でも今時、別に普通だよね?


 え?

 目をみて喋れる人がおばあちゃんくらいなのは普通じゃない?

 立派なコミュ障だって?


 ……。

 まあそれはさておき。

 いつも通り大学からの帰り道を歩いていたちょうどそのとき。



『――はっくしょーーーい!!!』

「え?」


 突然頭上から豪快なくしゃみの音が聞こえた。


 辺りは真っ白に。

 次いで聞こえてきたのが雷の音だった。


 訳が分からないでしょう?

 私もです。


 とにかく、それが日本で見た最後の記憶だ。


 気が付いたら真っ白な世界で、翼の生えた金髪の男が立っていた。


 ウェーブの掛かった金髪に神々こうごうしい金色の瞳。

 この世のものとは思えない、『美しい』という言葉が似あう男性だった。



『やあやあ、僕は雷の神! いやーごめんごめん! くしゃみガマンできなくてつい雷落としちゃったよ! あはっ! うっかりうっかり!』

「は?」


 美しい男はとても軽い調子で、訳の分からないことを言った。

 ノリと言葉がアンマッチすぎて、心からの「は?」が出てしまったのも仕方のないことだろう。


(なんて? 雷落としちゃった? 雷の神?? じゃあさっきの光は雷だったというわけなのだろうか。ふむふむ、なるほど?)


 私の頭の中は「?」で溢れた。

 まとまらない思考の中、一つの可能性に思い当たる。


 頭上で雷の音が鳴っていたこと。

 その雷の神が私に向って謝っていること。

 それが意味するのは……。


(……もしかして、死んだ?)



「……なん……だと……!?」


 素でそんな反応になってしまった。

 だって、それ以外に言葉が出てこないんだもの。


『びっくりしたよ~。当たっちゃうなんて~! まだ寿命もあったのにね! あはっ!』

「え?」


『うーん。どうしようかなぁ。元の体にはもう戻せないし……。あ、そうだ! 偶然空いた体があるからこれに入ったらいいよ! んで僕の管轄している世界に案内してあげる!』

「え?」


 何を言っているか分からないでしょ?

 私もです(2回目)。


 というか「あはっ」て……。

 なにワロてんねん。


『うんうん! ちょうどいいや。やってもらいたいこともあるし!! 大丈夫! 僕もサポートするし。今から君の名前はエメシア・ブロンティね! よし、いってらっしゃーい!』


「え、あっちょ、何……ちょ、ちょっとまっt」

『はいドーーン!!』



 直後白い光に包まれながら私は思った。

 いや、ドーンじゃないわ、と。




 それで次目を開けたら、なんか黒いような赤いような、ドロドロしたものが目の前にいるもんだから、腹の底から叫んでしまった。


 寝起きにR18G見せられたんだよ?

 叫ぶに決まっている。


 一瞬、ゾンビがはびこる世界なのかと思った。

 勘弁してほしい。



 そんな世界にいったら、私なんてすぐに死ぬからね?

 運動神経も悪いけど、それよりも精神がすぐに終わるからね?



 ……まあそのグロ注意も叫びまくっていたらいつの間にか消えていたけれど。


 それで安心したら後ろから声をかけられたものだから驚き過ぎて……。



 そこからの記憶がない。

 ワンチャン、全部夢落ちとかないだろうか。



「……ん」


 意識が浮上していく。

 徐々に動くようになったまぶたをゆっくりと開いた。


 映し出されたのは、真っ白な天井。

 見覚えのないそれは……。


「……病院?」


 真っ白と言えば病院だろう。

 もしかして雷に打たれて気絶しただけで、さっきまでのは全て夢?


(そうだよ、きっとそう!!)


 なぁんだ。心配して損した。

 あ、でも。

 雷に打たれたのに、体痛くないな。


 そんなことを考えながら動くようになった体を起こす。



 するりと、髪が肩から滑り落ちた。

 ……明るい赤色の髪が。


「……は?」


 引っ張ってみたけど、自分の頭にくっついているような……?


 いや、自分以外の人の髪の毛がこんな至近距離にあったら怖いけれど。


 今はそう言うアレじゃない。

 もしかしなくてもこれは……。


「……な、な、な~~!!?!?」


 なんじゃこりゃー!?


 驚き過ぎて「な」しか出ないが心の中ではそれはもう絶叫だった。


 おかしい。


 私は純然たる日本人だったはずだ。

 髪もありきたりな黒髪だったはずだ。

 長さも肩につくくらいだったはずなのに、今は胸下まである。


 それに声もなんだか変だ。

 ソプラノの可愛らしい声が聞こえた気がする。


 どう考えても自分じゃない。


 まてまてまて!

 おおおお、落ち着け自分!!


 こういう時はあれだ。素数そすう。素数を数えよう。

 1,2,3、5……。


 あれ? 1は素数に含まれないんだっけ?


「って違う違う!」



 パニックで思わずセルフツッコミをしてしまった。


 うう、本当に落ち着け~~!


 何か確認できそうなものはないかと視線を上げると、奥の方に姿見すがたみがあるのに気が付く。


「……っ」


 私は意を決して覗き込んだ。


「……ワハハ、ジーザス」


 思わず笑ってしまった。

 だって、どうみても日本人ではない少女が映し出されていたんだもの。


 毛先がゆるくウェーブした明るい赤色の長い髪。

 ぱっちりと開かれた神々しさを感じさせる金色の目。


 見た目は十代後半くらいだろうか。


「何ということでしょう。雷に打たれたら童顔どうがんが外国人モデル風に大変身! これぞ劇的げきてきビフォーアフター!!」


 すれ違ったら2度見どころか5度見くらいするレベルの、まるで彫刻ちょうこくのような美貌びぼう

 世の中の女の子だったら一度はあこがれを抱くレベルである。


 でも。

 いや……だからこそ、私は現実を受け入れきれずにいた。


「いや。……いやいやいやいや。ムリムリムリムリ」


 うめき声を上げずにはいられない。


「意地はって普通とか言ってごめんなさい。コミュ障なので勘弁してつかぁさい……」


 口調が行方不明になってしまった。

 でも仕方がないよね。


 見られるのも話しかけられるのも苦手なのに。

 何が悲しくてこんな目立つ人にされなければならないのか。


「100歩ゆずって村人Aとかでしょ……」


 適材適所てきざいてきしょって言葉があるように、私にもっと向いている体にしてほしかった。


 神様に文句が言えるのならそう言いたい。

 まあ、人の話全然聞いてくれなかったけどね。


「……ていうかこれ、流行はやりの異世界転生ってやつ……だよね?」



 混乱しかないけど。

 受け入れたくないけど。


 ……どうやら転生させられてしまったようだ。


「イヤだよぉ~。ムリだよぉ~。コミュ障には荷が重いよぉ~」


 こういうのはコミュ力のある人だから生き延びられるんだよ。

 思わず頭を抱えてしまった。


「……はあ」


 とりあえず状況を整理しよう。

 ベッドに座ったその時。



 ――バンッ!!


「聖女様! いかがなさいましたか!?」

「あばばばばば!!!」


 いきなりドアが勢いよく開かれて、驚いた拍子にベッドから転がり落ちてしまった。

 ゴンと頭を強打きょうだする。


「いたぁ!!」

「だ、大丈夫ですか? すぐに治療を!」

「あ……っす、あ、だ、だい、じょう、ぶ……へぁ?」


 カタコトになりつつ起き上がると――天使のような美しい青年がいた。

 見た目は20代中ころくらいだろうか。


 白と薄紫が混ざり合ったような長い髪に、薄紫の瞳。

 透き通った肌は輝き、人間とはとても思えない。


 まるでオーロラの化身のような人だった。


「…………?? え?? 天使?? 私死んだ? 転生じゃなくて天界に召された方の天生てんせい? なるほどね?」


 なるほどそう言うことか。

 完全に理解した。


 天界なのだとしたらこの容姿も納得できる。

 さすが天界。美のスケールが違う。


「落ち着かれてください。生きておられますよ聖女様」


 違ったようだ。

 落胆落胆。


「……ん?」


 あれ、ちょっと待って。

 今、なんていった?


「………………せいじょさま?」


 セイジョ? 正常?

 まさか聖女なんてことはあるまいな?


 ……。


 いやいやいや。いやまさか~~。

 こんなコミュ障が聖女なわけないよね~?


 だって聖女ってあれでしょ?

 迷える民を導き、人々の道しるべになる女性。


 つまり圧倒的コミュきょう

 コミュ障とは相いれない人間。



 だから間違いなはずだ。


 そうだよね? という必死の視線を投げかける。

 きっと目は血走っていることだろう。


 けれど天使のような男性は、そのおきれいな顔を緩めるだけで察してはくれなかった。


「はい、あなたこそ救国の聖女に違いありません」

「キューコクノセージョ」

「はい。我らベルタード教の主神、雷神様に選ばれた方です」


 ガッデム。神は死んだ。

 私は白目をむきそうになるのを何とか堪えその勢いのまま叫んだ。


「っっっ神様の、バカーーーー!!!」


 こうしてコミュ障&ビビりな私の聖女生活が泣く泣く幕を上げたのだった。

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