第7話 動き出す
理の話では、原田は金魚のフンみたいにカリスマ性のある加藤について回ってうまい汁をすする奴で、精神的なつながりは一番薄そうだった。
友情も敬愛もないし、心酔してるわけでもない。
引っぺがすのも簡単だろう。
「急遽順番を変更したから、しっかりした計画を立てられたわけじゃないんだけど。とにかく原田くんについてわかっているのは、サッカーのスポーツ推薦で入学したけど、家庭の事情で部活を続けられなくなったってこと。中学生の時に両親が離婚して、お母さんに引き取られたらしいんだけど、生活も苦しいみたい」
「そうか。スポーツ推薦で入るくらいの部活じゃあ拘束時間も長いだろうし、バイトとの両立は厳しいだろうな」
「休みの日も部活や自主練があるんだって。遠征も多いんだけど、その費用が出せなくて行けなかったみたい。でもお金がないからだとは言えなくて、選手を外されたらしいんだ。それでもサッカーがやりたくてしばらくは部活も続けてたんだけど、新しいスパイクが買えなくなって諦めたんだって。いろんな人についてまわって、やっとそこまでわかったんだ」
透明でバレずに盗み聞きできるようにはなったが、問いかけることはできない。
聞きたい話を聞き出せず、タイミングを待つしかなくなったのだから、情報を集めるのも時間がかかったことだろう。
「スポーツ推薦で入ったようなやつが何で嬉々としていじめなんかしてるのかと思ったら、あれか。目的はカツアゲか」
「そうみたい。部活に行けなくなって、やぶれかぶれになって、時間ができて加藤くんたちと遊ぶようになったけど、そこでもお金がなくて困ったんだと思う。加藤くんたちの威光を借りて、いろんな生徒からお金を巻き上げてたみたいだよ」
「こすい奴だな」
「でもわかりやすくはあるよね」
「まあな」
「だからね、原田くんのお母さんも、遊んでるくらいなら働いてくれって何度も泣いてたし、勝手にバイトに応募しちゃおうかなと思って」
「おお……。それは随分と斜め上の発想だな」
思ったより大胆な策を出してきたことに驚いた。
こういうところは本当に見た目の印象と一致しない。
「家計も助かって万々歳だって気が付けば、そっちに全力を注ぐようになるかもでしょう? バイトで忙しいとつるむ時間が減るし、自然と加藤くんたちからは離れていくんじゃないかな」
確かに、もう部活も辞めて時間も余ってるんだから、金がないなら自分で働けって話だ。
これまでは自棄になっててそんな気にもならなかったのかもしれないが、家の窮状がわかっていていつまでも見て見ぬふりはできないだろう。
実際に自分が困っているのだから、働くことで欲しい物も手に入り、自分の手で稼ぐ達成感、これで生きていけるという安心感も得られて、モチベーションになるはずだ。
「ガテン系ならなおよしだな。頑張れば頑張っただけ稼ぎは大きいし、日中も疲れが残って休み時間は昼寝に使うようになれば、いっそう加藤たちから離れるし、いじめなんてやってる場合じゃなくなる。しかし、勝手に応募したところで、どうやって連れてくんだ?」
「そこなんだけど。行かなかったら電話が来るよね?」
「間違いだって電話切ったらそれまでだろ」
「うーん。方向性と得られる結果はいい線いってると思うんだよね。そこさえクリアできればいいんだけど」
顎に指を当てた格好で黙り込む理に、俺は考えながらゆっくりと口を開いた。
「確実な手ってわけではないんだが。少しは成功率を上げられそうな方法だったら思いついた」
この体で行って、うまく話がつけられるかはわからないが。ざるすぎる計画の穴は多少埋められるだろう。
◇
「ここが、一ノ瀬さんの仕事場?」
「まあ、現場は変わるけどな。今はここだったってだけだ」
カーンカーンと高くから響いてくる金属音。
あちこちで鳴っているドルルルッという軽快なドリル音。
舞う砂埃の臭いと、そこに混じる独特の建材の臭い。
すべてが懐かしくて、俺は思わず目を細めた。
いや、砂埃が目に入っただけだ。
「すみません。僕、一ノ瀬さんの知人なんですが、森脇さんという方はいらっしゃいますか?」
近くにいた作業員に声をかけると、俺の左腕のギプスをちらりと見てから、「森脇さん? ちょっと待ってね」と建設中の建物の中へと消えた。
しばらくしてヘルメットの中にタオルを巻いた中年男を連れて戻ってくる。
「用があるってのは君かな? 私が森脇だが」
懐かしい。
思わず笑みが浮かびそうになり、顔を引き締めた。
「突然お呼び立てしてすみません。僕は一ノ瀬さんの知人なんですが、森脇さんにお願いがあって来ました。少しお時間をいただけませんか?」
「一ノ瀬の……?」
「はい」
森脇さんは怪訝に眉を顰めた。
当然だろう。
俺は食い下がるように言葉を続けた。
「時間の空いている時でかまいませんので」
「ああ、いや、別に今でかまわないよ。しかし、あいつにこんなしっかりした学生さんの知り合いがいたとはな。どこか喋り方が似てるが、もしかして親戚かい?」
「いえ、まあ、はい」
同じ日本人だ。先祖を辿ればどこかで繋がりくらいはあるだろう。
「そうか。そりゃあ、いろいろと大変だったな。まあ、話はあっちで聞こう」
そう言って森脇さんは、この現場に建てられた仮置きの事務所へと案内してくれた。
中に入ると、事務員の由美さんが珍しい客に驚いた顔をしたが、笑顔で迎え入れてくれる。
顔は決して派手ではないのだが、ゆったりとした笑みとも相まって口元のホクロが妖艶だ。
「お茶、どうぞ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、由美さんがふふっと笑い、席へと戻っていった。
「で、お願いってのはなんだい」
「はい。実は、ここで雇って欲しい人がいまして」
「雇って欲しいって……、本人は?」
「友人なんですが、本人にはまだ話していません。そのお母さんから頼まれたんです。夜な夜な遊び回っては騒ぎを起こしてばかりで、将来が心配だ、どうにか更生させたい。どこかで真面目に働いて、真っ当になってほしい。力を貸してほしいって」
森脇さんには聞き覚えのある話だったことだろう。
眉を寄せたその顔は何かを思い出しているようだった。
「僕もどうしたらいいかわからなくて、以前一ノ瀬さんに相談したことがあったんです。そしたら、ここで働かせるといいって、森脇さんなら何とかしてくれるはずだって、紹介してくれて。なかなか勇気が出なくて、時間がかかっちゃいましたけど」
反応を窺うようにしながらそう話すと、森脇さんは額を手でおさえ、大きなため息を吐きながら膝に頬杖をついた。
「なるほどな。あいつ、あんな古い話を覚えてやがったのか」
さっきのは森脇さんから聞いた、森脇さん自身の話だ。
森脇さんの場合は母親が直接この会社に頼み込みに来たらしい。
「そんな話を聞かされちゃ、しょうがねえな。いいよ、預かってやるよ。まあ、きっちり更生できるかどうかはそいつ次第だがな」
「はい。ありがとうございます!」
口元に笑みをのせると、森脇さんが片眉を上げて笑った。
「笑い方まであいつそっくりだな」
さすが森脇さんだ。よく見ている。
俺はこの人に本当によく世話になった。
仕事がキツくて、何度も何度も辞めようと思った。
その度に森脇さんは引き留めてくれて、自分の昔話なんかをしながら、だからもうちょっと頑張れと励ましてくれた。
おっさんの過去を武勇伝みたいに聞かされるのを苦痛だと言う人は多いが、森脇さんの話は他人事に聞こえなくて、自分も同じように努力をしていったらこんな大人になれるのかなと思えた。
悪い事ばっかりしてて、親にもさんざん迷惑をかけて、だけどいい加減ちゃんと生きたいと思った時の、俺の目標になった人だ。
原田がここでどうするか、どうなるかはわからない。
だけど理から話を聞いたとき、働かせるならここしかないと思ったのだ。
逃げ出すようなら、また考えればいい。
そんな思いで原田の連絡先を渡し、由美さんと森脇さんに会釈をして事務所を出た。
その後、森脇さんから原田家に電話をしてくれたようで、母親は『お願いします』と泣いて頼んでいたらしい。
泣いていたのは、自分だけではどうにもならない息子と家計の窮状への憂えと、その息子にも親身になってくれる友人がいると思ったからなようだ。
原田は遅くまで遊び歩いていたから母親とは顔を合わせず、そのことを知らないまま学校へ行った。
放課後になると、いきなり森脇さんから携帯に電話が来て、バイトに来いと言われ戸惑っていた。
最初は「間違いです」とすぐさま切ったものの、フルネームと「おまえの親御さんから頼まれてるんだよ。いいからまずは来い」と言われ、怒ったような顔を見せて電話を切りかけたものの「日払いの軽作業だ。テープを張ったり、壁紙を剥がしたり、そんなことを四時間やるだけで大体六千円。二日で一万二千円。五日で三万。どうだ? まずは一日だけやってみないか」と言われ、ぴたりと動きを止めた。
高校生で三万という金額は大きい。しかもたった五日だ。
母親の差し金というところに苛立ちを見せながらも、遊ぶ金が手に入るならと考えたのか、結局原田はしぶしぶ現場へと向かった。
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