14 WRONG'UN JUNGLE:青二才達の戦場 ⑥

 オライヴァ先生が発現させたのは、縦が二メートル、横が五メートルほどの巨大な石板だ。

 厚みは……五〇センチほど。発現スピードはそれほど速くないし、安定した固体の発現は魔法の中でも低難易度に分類されるが……あれほどの大質量の物質を創り出すのは文句なしに大魔法である。少なくとも、オレは絶対に使えない。

 そのあたりは、誉れ高い『学園』で教鞭を振るうことを許されている教師陣の一人といったところか。

 差し詰め、青空教室の石製黒板──といった風景を創り出した壮年の女性は、真実教授のような調子でオレ達に語り掛けてくる。



『「リンカーネイト」とは、別名を。既存のあらゆる魔法をかけ合わせた、本来であれば最高難度を誇る高等魔法です』



 そう言って、オライヴァ先生はさらに石板にの方へ指を向けながら虚空に文字を描いていく。

 するとその動きに従って、石板の表面に黒い焼け焦げが産まれ──それが字となっていった。石板の中に四つの丸が描かれていく。



『「具象イミテート」、「付与エクイップ」、「指揮コマンド」、「回復キュア」。個々の詳しい学習はこの先の講義に譲りますが──四奏魔法リンカーネイトはこれら四方途の魔法の同時起動によって成り立ちます』



 このあたりは、貴族であれば入学前から自学で知るような基礎も基礎の内容だ。


 魔力を変化させて既存の現象を顕現する『具象イミテート』。

 魔力を付与して対象の性質を変化させる『付与エクイップ』。

 魔力をまとわせて物質の運動を制御する『指揮コマンド』。

 魔力を取り込ませる事で対象を修復する『回復キュア』。


 人類はもともと一〇〇〇年の間、この四種の魔法を駆使することで魔獣と戦ってきた。

 これらは厳密な意味で単一の魔法として発動することはあまりなく、現代の魔法は大半が複数の種類の魔法を組み合わせたもの──合奏魔法になる。


 たとえば先ほどオライヴァ先生がやった石板の現出なんかも、石板を発現する具象イミテートと地面からせり上がらせる指揮コマンドの合わせ技だ。焼け焦げで字を描くのは具象イミテートの可能性もあるが……精密性を考えると、複数の付与エクイップ魔法を用いて石板表面のことで実現しているのかもな。

 まぁ、このへんは脇道なのであんまり考えていても意味はない。



『皆さんが具現化させているリンカーネイトの像は具象イミテート、頑強さは付与エクイップ、操作性能は指揮コマンド、時間経過による修復は回復キュア、このあたりは基本性能としてそれぞれの魔法が関わってきていますが──問題は皆さんのリンカーネイトが持つ固有能力です』



 そう言って、オライヴァ先生はまた円を描く。

 四つの円のちょうど真ん中にできた空白地帯に、大きな丸が描かれた。



『リンカーネイトはその複雑さと属人性ゆえに皆さん勘違いしがちですが、根本的にはこの四種の魔法によって構成された「技術」です。ゆえに、その能力もよくよく紐解けば四種の魔法で説明できるものとなっているのですよ』


「なあるほどお。確かに私の能力も、四種の魔法で説明がつきますねえ☆」


「余計なこと言わないでよ、マジで」



 ……流石にこの場で能力バレとか洒落にならないからな。


 まぁ、確かにデーアの言う通りである。

 というか、デーアの能力なんて具象イミテートの極致である。具象イミテート魔法は本来不安定な状態の現象や複雑な物質を発現するのに向いていないが、そういった条件すらも無視して『望み通りの物質』を問答無用で発現できるわけだし。

 これが『リンカーネイト:オーバーライド』の産物でなければ、オレの魔法の才能は具象イミテート極振りだと断言できていたところだろう。



『リンカーネイトの能力種別を分類するときには、この四種の魔法にを一つの指標とする場合が一般的です。能力における具象イミテートの比率が高ければ具象イミテート特化型……という形ですね』


「いやあ、勉強になりますねえ」



 ……どの口が言っているんだか。このくらいの情報はどうせ前提として知っているだろうに。



『ですので、皆さんが己のリンカーネイトの能力を分析する際には、まず「そのリンカーネイトがどの方途に特化しているか」を分析することが重要となります。これは、これまで皆さんがどの方途を好んで使っていたかとは究極的に関係ありません。具象イミテートを好んで使っていた術者のリンカーネイトが指揮コマンド特化型だったということは、そう珍しい話ではありませんので』



 つまり、生徒が好んで使う魔法からリンカーネイトの能力を分析することは、できないとは言わないが当たっていない可能性もそこそこある。だから重要なのは、相手の能力がどの方途特化なのかを早々に見極める観察眼──ということだ。

 ……いや、オライヴァ先生は絶対にそういうつもりで言ってはいないだろうけど、『自分の能力の把握の仕方』は裏を返せば『他人の能力の攻略の仕方』にも繋がる訳だからな。



「…………」


「……何笑ってるのさ」


「い~え~別になんでもお?」



 くそ……。コイツ、私の心とか読んでないよな?



「ふーん。色々大変そうなのねぇ……。私のリンカーネイトの能力は単純でよかったわ」



 先生の話を聞いていたアザレアさんが、ぽやっとした感じで自分の足元に座る黒い狼を撫でる。

 ……正直それだけでもかなり迂闊な発言だが、それを聞いてオレは悟った。この人、かなり脇が甘いぞ、と。いや、甘くて当然なんだ。何せ一か月前まで平民をやっていたような人なのだ。貴族同士の腹の探り合いなんて考えたこともないだろう。



「へぇ、そうなの? どんな能力?」



 次の瞬間、オレは軽い感じでそう問いかけていた。

 相手の油断につけ込むような悪辣な誘導だが、この平和ボケした少女に情報を取り扱う大切さを教えつつ、情報料として能力の秘密を得るというのは悪くない立ち回りだろう。

 ついでに、さらっと能力を聞きだす様子をフラムジア殿下に見せておけばオレが情報戦もわりと真面目にやるつもりがあるということをアピールできる。



「あぁ、うん。こう……ね、影の中に入れる感じで、」


「こら、アルマ。おやめなさいな」



 そこで、アザレアさんの言葉を途中で遮る形で殿下がオレを窘める。

 ……大体能力が推測できるタイミングまで口を滑らせるのを待ってから止めに入るのだから、殿下だって大したものである。



「リンカーネイトの能力は術者の生命線ですわ。みだりに他人に話すのは通常ならご法度ですし──そうと知らない子から素知らぬ顔で聞き出すのも、悪いとは言いませんが、お行儀が悪いですわよ」


「え……もしかして私ハメられてた?」


「あはは」


「まぁ、友達だし別にいいけど……」


「あはは」


「ご主人様もそれなりに良い性格してますよねえ☆」



 いや、お前にだけは言われたくないが。



『──そこ。少しお喋りが過ぎますよ?』



 と、そんな風にワチャワチャしていたせいか。オライヴァ先生に私語を注意されてしまった。

 先生の拡声魔法もあるし、もちろん周りに聞かせるような大声ではなかったが、表情の変化や口の動きから『受講よりも会話を優先していた』と受け取られても無理はない。

 しばらく静かにしておくか。



『おや、フラムジアさん。そうですね……。では、フラムジアさんにリンカーネイト操作の実演役をお願いしましょうか。能力の発動は不要ですよ』



 そう言って、オライヴァ先生はフラムジア殿下を手招きする。

 …………ん? 今なんか急に段取り臭くなった気が……。



「ええ、承知しましたわ」



 しかし当のフラムジア殿下は、龍の右腕を傍らに漂わせたままオライヴァ先生の隣へと移動していく。



「フラムジアさん、アナタの傍らに現れている龍の右腕は、『部分発現』ですね?」


「ええ。その通りですわ」


「素晴らしい。──皆さん、『部分発現』というのはリンカーネイトの一部のみを発現する高等技能です。刻印にプリセットされた技能だけでなく、術者自身の具象イミテート指揮コマンドの技能が卓越していないと使えないですが──皆さんにはこの三年で、部分発現ができるようになるまで成長してもらいたいと思っています」



 そう言って、オライヴァ先生は両手を合わせて微笑む。


 『部分発現』というのはその名の通り、リンカーネイトの一部のみを部分的に発現する技術だ。

 ぶっちゃけ難しい上に地味な技術だが……この技術の真骨頂は『リンカーネイトの座標固定』にある。

 通常のリンカーネイトはデーアの挙動を見ても分かる通り、重力の影響を受けて地面に立って活動する。この時、リンカーネイトは射程範囲の中を自由に動き回れるが──射程外に行こうとすると、見えない壁に阻まれるようにして

 一方、『部分発現』中のリンカーネイトはフラムジア殿下の『龍の腕』を見ても分かる通り『殿下の肩口』あたりから生えるようにして発現されている。……つまり、そこで座標を固定されているのだ。


 このように、リンカーネイトの発現技術を極めるとリンカーネイトと自分の間の座標を調整する技術が上達する。それは特殊能力によらず空間に干渉する技術を上達させることにも繋がるので、この技術が極まった術者は部分発現の応用だけで空間に透明な壁を張ったりすることも理論的には可能だ。流石にオレも論文でしか聞いたことがないが。



「そしてこれが──その全貌」



 フラムジア殿下の言葉に合わせるようにして、龍の右腕の像が解除され、その全身が現れる。

 全高は、だいたい一〇メートルといったところだろうか。尻尾も含めれば全長はさらに長くなるだろう。二足歩行のそれは、太く長い腕と翼がなければ恐竜のようにも見えた。

 真っ赤な鱗に覆われた『ドラゴン』の全容を見たオレが最初に感じたのは──違和感だった。……おかしいな。部分発現時の腕は、全高少なくとも二〇メートルはありそうだったんだが。腕も、明らかに小さくなっているような気がするし……。

 疑問に思うオレをよそに、フラムジア殿下は全員に向かって、





 ──そう、耳を疑う発言をした。


 ……はぁ!? 今、能力の説明をしたのか!? 自分から!? 馬鹿な……リンカーネイトの能力の秘匿は死活問題って、ついさっき自分で言っていたのに!?


 混乱はしたが、同時にオレは自分の違和感の根源に気付いてもいた。

 オライヴァ先生の段取り臭さ……あれはおそらく、最初からこの流れが既定路線だったからだ。おそらくオライヴァ先生は程よいタイミングでフラムジア殿下にリンカーネイト操作の『実演役』を依頼するように、フラムジア殿下自身から頼まれていたのではないだろうか。

 学園内での闘争に否定的なオライヴァ先生としては生徒の能力の秘匿云々を無視したアクションをフラムジア殿下が取ってくれるのは渡りに船だから、その流れに乗っかるのは想像に難くない。


 そこまでする意図は、分からないが──



「あっはっはっはあ☆ ご主人様、私あの人好きですねえ! 良い伴侶じゃないですかあ!」



 ……この邪神はどうやらその意図を既に理解しているらしい。


 フラムジア殿下が、さっと手で巨大なドラゴンに合図を出す。

 すると、ドラゴンはすうっと空に向けて首を向け、大きく口を開け……おい、待てよ。その予備動作は……まさか、やるのか……?




「その名を──『灼き尽くす龍皇アンガリア』」



「伏せて!!!!」



 その言葉を聞くまでもなく、オレは声を張り上げていた。

 隣に立っていたアザレアさんの眼を抑えながら、自分自身も目を逸らす。


 直後、だった。


 顔を背けて目を固く瞑ってもなお眩しく感じるほどの極光が──巨龍の口から放たれたのは。



 ドゴウッッ!!!! という爆音と同時に熱風が周辺を席巻したのは、それから一瞬後のことだった。

 熱風自体に殺傷力はなく、大半の生徒はリンカーネイトを盾にしていたようだが……しかし、その破壊力が規格外ということは誰の眼にも明らかだった。あれほどの威力、リンカーネイトでも真正面から受ければただでは済まないだろう。

 戦闘で初披露していれば、少なくともその戦いでは確実に初見殺しとなったであろう一撃。それをこの場で披露したのは……。



「ちなみに、これでも破壊力は抑えております。フルパワーで使えば、防御なしではわたくし自身も焼け死にますので」



 凄まじい、話だった。

 空に浮かぶ雲に穴を開けた第一王女は、騒然としている新入生達を睥睨しながら言う。



「──


「…………くく、くくく」



 女神の喉の奥から、本当に楽しそうな笑みが零れた。



「良い機会です。この場で皆さんには伝えておきましょう。──わたくしの夢は、使



 それ、は。


 ──もちろん、取り回しは難しいだろう。

 あれほどの破壊力を持つ炎熱魔法だ。通常の具象イミテート方途として使えば、発射と同時に腕が焼ける。だがそれは逆に言えば、ということだ。

 つまり、フラムジア殿下が思い描く未来とは──『複数人による運用が前提の「管理された超破壊力」を国の武力として整備する』というものだろう。

 その先にある未来は。



「そしてゆくゆくは──現状の中途半端な形ではなく、魔獣との争いに完璧な終止符を打つ。それが、わたくしの夢です」



 ……功績スコア:一八点。それが意味する偉業の幾つかには、これが含まれているのだろう。オレが考案した『リンカーネイト:オーバーライド』とは違う、しかし似たような方向性のアプローチだ。

 方途には適性も存在するので、実際にあの威力を出せるのは一〇〇〇人とか一万人に一人だろうが……逆に言えば、そのくらいに一人の割合で、あの超火力を発揮できるし、そうでなくとも現状では考えられない超火力魔法を割と誰でも使えるようになるのは事実だ。

 これ、流石にこの魔法の一般化単体で魔獣との戦線を完全に押し切るところまではいかなくても、内地での護衛の在り方とかがマジで一変するかも。


 そしておそらく、フラムジア殿下は現状の『貴族同士の小競り合い』にも終止符を打つつもりだろう。

 国家が管理された超破壊力を持てば、当然、権力はその超破壊力を持つ王室に集中していくからな。その過程で権力構造を再編し、内と外の騒乱の種を一挙に潰す。……オレなんかより、よっぽど真っ当に世界を平和にできる人だ。

 まぁ、ちょっと強引すぎないかな? みたいな懸念もありはするけど……そのへんは周りが支えていけばいいんじゃないだろうか。



「わたくしの理念に共感した方。『派閥』への加入は広く門戸を開けておきますので、そこのアルマか、もしくは上級生の派閥員に声をかけるように」



 ……そして華麗に派閥の勧誘をしつつその他のタスクを全部オレに丸投げしてきた! そんなこと急に……いや、もちろんやるけどね。奇しくも、似たような路線は『リンカーネイト:オーバーライド』に希望を抱いていた時代に夢見ていたこともあるし。


 ──結局、入学してから最初のオリエンテーションはそんな感じで、フラムジア殿下の独壇場で終わったのだった。

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