四話 普通を装う女子高生 其の肆

*2*


 唸りの中で姿を見た。

 そこには一人、大量の死体の上で悲しそうな表情をしながら、佇んでいる黒髪の男の姿であった。


 誰かは全く分からない。

 しかし、その姿は何処か自分の様にも感じる。


 その一部が写し出された瞬間、唐突に視界が回りだす。 

 男の姿は既に居らず、次は少女の姿が映し出される。


 それもまた、すぐに変わり視界が巡りに廻って揺らぎに揺らぐ。


 それは正しく万華鏡の様に移り変わり、最後にかつて自分の身に起きた出来事が写し出す。


 クルクル。

 カラカラ。


 夜の帷が落ちた時間。

 皆が眠りにつき、家族の幸福を謳歌する。


 自分もその中に居るはずだった。

 居たはずだった。


 月明かりが母の、父の姿を照らし出し、背中に刺されたナイフが光る。


 ナイフは自分の怯える姿を血を交えながら写し出すと茶髪の少女は恐怖に支配され、縛られてもいないのに、口を塞がれてもいないのに動けなくなっていた。


 それを眺めながら顔を見せぬナイフの持ち主は少しあどけない声で呟いた。


「ねえ、どうだい? 僕は今、君の両親を、人生の指針をぐしゃぐしゃにしてしまった。君はー、この光景を見てどう思う? 僕はね、少し前に、自分で自分の人生の指針を、僕を育ててくれる優しくて素晴らしい両親を殺した。なんでだと思う?答えは至ってシンプル! ほんの少しの、些細な興味。人が死ぬ事、人を殺す事への興味。誰かが言っていた、好奇心は猫を殺すって。でもね、誰にも理解されなかった。僕を異常者だ、人でなしだ、碌でなしだと罵ったんだ。だからね、僕と同じ様になった子がどうなるか見たくなった。ねえ、君は? 君はどうするの? 僕とは少し違うけど。君は今、両親が死ぬ所を見ている。君は今、息絶えた肉塊を見てる。君にはこれが何に見える? 僕には煌々と輝く美術品に見える? ねえ? 本能の、心の赴くままに言ってごらん? 」


 少女の頭は時が止まり、麻痺し、男の言っていることが何一つとして理解できない。しかし、恐怖がほんの少しの好奇心に代わると息を飲む。


 目の前に現れた二つの愛しい人。


 五歳の脳にはこれがなんなのか理解が出来なかった。


 しかし、動かなくなった二つの物に不意にも、不覚にも、両親を目の前で殺した、殺されたのにも関わらず、その流れる鮮血に、その開かれた瞳孔に、美しい、そう思ってしまった。


「○○」


 その事を聞き、顔を見せない筈の死神の口角が上がった様に感じると楽しそうな足取りで姿を消した。


 少女はその後、二つの物の横にヘタリと座り込み、流れる鮮血で服を汚す。


 赤く染まる自らを異常と感じながら、その自分を、醜悪な神経を、人として汚いと感じながら、その自分を美しいと思ってしまう。


 そして、再び画面が切り替わる。


 クルクル。

 カラカラ。


 回り廻り。

 誘われ、鏡の世界の扉が開く。


*3*


 舎人子トネリコは目を覚ますとそこには姿が写らない鏡があった。


(あれ? 私さっき鏡に吸い込まれて……。でも、生きてる? やっぱり、鏡に吸い込まれたなんて、突拍子のない事ある訳ないよね。それになんで鏡は私の姿を写さないんだ? まぁ、うん、でも、いいか。とりあえず、なんで倒れてたんだろう? 貧血だったけ? 昔から体は強い方なんだけどな? でも、いや、多分そうだ。なんだか、貧血ってとっても女子高生っぽい。うん、なら、それで良いや)


 ゴチャゴチャと考えをしている内に徐々に自分を冷静に、間接的に見えて、舎人子トネリコはすぐに帰ろうと鞄を握りしめた。


 そんな時、背後に誰かが居たことに気づくとその方向に視線を送る。


「何だよ、プレイヤーが増える事はもう無いって聞いたんだけどな」


 目の前にある事象について舎人子トネリコは出来ないでいた。

 コスプレをした様な格好の少女が槍を持って自分に近づいて来る。その事実が荒唐無稽であり、にわかに信じられないがその刃物が本物である事だけは理解しており、すぐに逃げようとするも恐怖で足がすくみ、動こうにも動けない。


 動悸が激しくなり、背中から嫌な感触がじんわりと染み渡ると額から一筋の汗が垂れる。


 その姿を見ながら槍を持った少女は愉悦に満ちた笑みを零すと舎人子トネリコに再び喋りかけた。


「本当に何も知らないんだな。オーキードーキー、なら、サクッと殺してイレギュラーを排除しよう」


 黒い槍を振り回すとその先端に打つかり切り傷が生まれる。そして、次の瞬間、彼女は舎人子トネリコの目の前におり、槍が彼の胸に突き刺さる。


 しかし、その直前に彼らの居た運動場側の鏡が一枚割れると胸の手前にあった槍が剣に弾かれ、長い青髪を結んでポニーテールにしている男が舎人子トネリコの前に立っていた。


「問おう、君が僕の事を呼んだ迷子さんかい? 」

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