50:国王との対話

   ◆   ◆   ◆


 何事もなく二週間が過ぎ、建国祭まで残り三日となった夜。

 

《百花の宮》でくつろいでいたリナリアはイスカと共にテオドシウスに呼び出され、侍従の案内に従って王宮の一室へと向かった。


「陛下。セレン王子と《花冠の聖女》を連れて参りました」

「入れ」

 侍従が扉を開くと、豪華絢爛な部屋がリナリアたちを出迎えた。

 どうやらこの部屋は貴賓をもてなすために作られたらしい。

 天井からは水晶のシャンデリアが吊り下がり、壁紙には金の模様、床には格調高い金華山織りの絨毯が敷かれていた。


 部屋の中央には上等なソファがあるが、テオドシウスは着席してはいなかった。

 窓際に一人佇み、夜空に浮かぶ半分の月を見上げていたようだ。


「失礼致します」

 リナリアとイスカは頭を下げて入室し、窓辺に立つテオドシウスの前に並んで立った。


 床に跪くべきかどうか迷ったのだが、イスカが立ったままなので彼に倣った。

 背後で扉の閉まる音がし、侍従が離れていく気配がする。


「このような夜更けに何用でしょうか、父上」

《変声器》をつけたイスカはセレンの声で言って微笑んだ。


 ガーデンパーティーからイスカは《百花の宮》の外ではセレンでいることを徹底し、愛想を振りまいている。ときには感情を殺して貴族に媚び諂うこともあるそうだ。


 そのおかげか、最近はようやく反感を抱いていた貴族たちの態度が和らぎ始めたらしい。


「人払いは済ませた故、セレンを演じずとも良いぞ。イスカ」


 開口一番、テオドシウスは衝撃的な言葉でリナリアの横っ面を張った。


「――!!」

 イスカは大げさな反応をしなかったが、リナリアは瞠目した。


「ど、どうして……」

 震え声で問うと、テオドシウスは微かに苦笑した。


「いくら似ているとはいえ、実の息子の顔が見分けられぬ父親がいるものか。お前がセレンではなくイスカであることは謁見の間で顔を合わせたときから知っておったわ。あの場で指摘するわけにはいかなかったため、あえて気づかぬふりをしただけだ。ガーデンパーティーで芝居をしたいと言い出したときもそうだ。たとえ芝居であろうと、セレンが異母弟を殺害するような振る舞いを良しとするはずがない。病気のせいでまるきり人格が変わったという線もありえるが、それよりも別人が入れ替わっていると考えるほうが現実的だ。一年前に王宮の地下から消えた、セレンと良く似た双子がな」


「……父上も人が悪いですね。気づいていたなら早くそう言ってくれれば良いのに」

 イスカは首に手を回して《変声器》を外し、懐に入れた。


「では改めてお聞きします、父上。おれを呼び出してどうするおつもりなんですか? 第一王子の所在を聞き出した後でまた地下牢に入れますか? それとも首を刎ねますか?」

 イスカは皮肉げな笑みを浮かべた。


「十七年生きてきて、おれは謁見の間で初めてあなたにお会いしました。なるほど、おれの父親はこんな顔をしていたのかと思いましたよ。あいにく何の感慨もありませんでしたけどね」

「イスカ様……」

 リナリアは泣きそうになりながら、イスカの腕を引いた。

 口元の笑みとは裏腹に、射殺さんばかりの目でテオドシウスを睨んでいたイスカは決まり悪そうに目を伏せた。


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