遭難日誌5日目

【西田茂の手記】


 常に気を強く持とうと決意しているが、それでも今日はもうダメかと思った。

 原因はわからないが、少し離れたところで火災が起きたのだ。ボヤ騒ぎなんて可愛いものじゃない。大火事だ。

 近くの木はある程度、伐採しているが、それでもこちらまで燃え広がる可能性は十分にあった。草刈りまではしていないしな。

 川があるとはいえ、真横ってわけでもないし、正直この人数で対処するのは絶望的だという他ない。家を破棄して、物資の持ち運びを視野に入れたぐらいだ。


 田尻さんは予想通りパニックを起こして、使い物にならない状態が続いたが、最終的には消火活動にあたってくれた。本来なら一瞬で理解して、一瞬で行動に移ってほしいものだが、動けただけ上等だと考えよう。本当に良くやった。

 俺と宮本さんが懸命に消火活動をする様を見て、正気に戻ったのだと信じたい。

 いや、信じよう。俺達が心を動かしたのだ。そして彼女には、動く心が残っていたのだ。


 とんだ災難だったが、結果としてチームワークが生まれた。七転び八起き……は違うな。不幸中の幸い……いや、怪我の功名が一番しっくりくるかな。

 彼女の役立たずぶりを考えると呉越同舟な気もするけど、まあ無事に解決したっていう事実だけを見よう。

 よし、明日からは塩分を増やしてあげよう。あんまり減らすと、こういう異常発生時に動けなくなるしな。


 そういえば、途中から宮本さんの姿が見えなくなったな。

 資材置き場や家は俺達に任せて、遠くまで消しに行ってくれたんだろう。あの状況下で仲間を信頼し、一番大変な役割を担ってくれたのか。

 彼がいなかったら、今頃は屋根無し、資材無しの死を待つ人になっていたかもしれない。本当に頼れる男だ。俺もああなりたい。


 結局、奇跡的に雨が降ってくれたおかげで火は完全に消えた。

 恵みの雨と呼ぶに相応しいだろう。雨の日が少しだけ好きになった気がする。まあそれでも、地球に帰ったらまた嫌いになるんだろうけど。

 虹は生まれなかったが、絆は生まれた。作業は全く進まなかったが、大きな一歩を踏み出した気がする。

 




【宮本智の手記】


 周りがめっちゃ燃えててクソワロタ。もうちょい遅い時間帯、暗い時ならキレイやったろうに勿体ないなぁ。

 自然発火するような環境でもなさそうなんやけどな、何があったんやろ。

 まあ、原因は重要じゃないねん。蛮族の放火とかじゃなけりゃ、それでええ。

 周りが燃えてるの見てな、死体を燃やした時を思い出してもうてん。あかんな、興奮が止まらへんで。

 ついでにいうと、あのなんとかって子の死体とまぐわったことを思い出して、また性欲が湧いてきた。処理用の物体はもうないのに、どないしよ。



 それにしても、頑張ってんなぁ。

 雨降りそうな気配あるし、そもそもここまで燃え移らんやろ。二人が頑張ってくれるやろし、一足早く寝よっかなぁ。

 っていうか、この状況で日記書いてる俺ヤバない? これ飲み会で鉄板ネタになるでぇ。絶対に地球に帰ろ!

 んじゃおやすみなさい。今日はあの子とのえっちな夢を見れたらええなぁ。顔もうろ覚えやけど。


 大雨の音で目が覚めてもうた。いや、覚めてくれてよかったかもな。

 こっそりと外に出ると、火がどんどん弱まっていくのが目に見えてわかった。

 地面に埋めてる塩は無事やった。いやぁ、一安心一安心。

 二人の様子を見に行くと、大雨の中やってのに地面に座り込んでた。汚いなぁ。

 それにしても敦子ちゃんがここまで働くなんて、大雨でも降るんちゃうか?

 ああ、もう降ったか。これも鉄板ネタやな。よしよしよし。

 さ、二度寝しよ。今度こそ、えっちな夢を見れますように。

 おやすみパートツー!




【田尻敦子の手記】


 良かった、生きてる。生きてて本当に良かった。

 火事を見た時は頭真っ白になった。今思い出しても怖い。女中心の世界を作れなかった昔の弱い女だったら、あのままヒステリー起こしてに違いない。


 ああ、怖かった。そして運が良かった。悪いけど良かった。

 火災の発生場所が、もう少し近くだったら? 私がすぐに消火活動に当たれる強い女じゃなかったら?


 ともかく、雨が降るまで持ち堪えた自分の精神の強さを褒めてあげよう。

 よく頑張った私。私が川と家を往復しなかったら、きっと全焼してた。

 この雨はきっと必然。困難にも負けず、全力で立ち向かう私のために雨が降るのは当然のこと。私がいなかったら全滅だったに違いない。

 西田も私を見習ってほしい。ホント、男として情けない。

 っていうか、風呂作れ! 全員で消火活動したのに、自分だけやりきった感を出さないで! ちゃんと自分の仕事をやれ!

 ホント、口だけ。男って口だけ。西田は特にそう。機械弄りしかできない、ダメンズ代表。ああ、なんでこんなオタクと遭難したんだろ。


 明日は私だけ食事量を増やしてもいいよね?

 命の恩人なんだから文句は言わせない。いや、言えるはずがない。

 そこまで愚鈍な恩知らずだったら、仏の私も怒髪天だわ。

 よく考えたら、宇宙船の修理ぐらい宮本でもできるだろうしね。貴重な食料をゴク潰しに与える必要なんてない。

 それに男は人数で勝つと調子に乗るし、一人減らした方が安全よね。

 でもまだやらない。私は我慢強いから、チャンスを伺う。本当にできる女。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る