実家に冷遇されたポンコツ地味令嬢ですが、魔術学園で活躍していたら隣国王子の溺愛が始まりました(※ただし王子は女装)

まえばる蒔乃

第一章

第1話 貴族社会の洗礼と、颯爽と現れた公爵令嬢

 私はフェリシア・ウィルデイジー。


 ーー魔術学校で学んで女性魔術師になるのが、私の夢。

 器量の良くない私にとって、勉強と魔術と愛嬌だけが武器だから。

 母さんが亡くなった後、実家に私の居場所はどこにもないから。

 

 努力が実って、無事に私は魔術学園の奨学生になることができた。

 嬉しかった。


 入学すれば、実家から離れてようやく勉強に打ち込める。

 夢に迎う、理想の日々が待っている。

 ーー私はそう思っていた。


 けれど。

 新興貴族の貧乏奨学生には、越えなければならないハードルがまだまだいくつもあるらしい。

 ーー魔術学校に入学して二週間目、ある日の午後のことだ。


◇◇◇


 適性検査日で授業が午前中で終わった日、学園内のカフェテリアは大忙しだ。

 私は奨学生だけど、理由・・あってお金が足りずカフェテリアでバイトをしていた。


「ちょっと、テーブルの下拭いてちょうだい!」

「ただいまお伺いいたします!」


 サッと掃除道具を持って向かい、テーブルの下にこぼされた水を拭いていると。

 頭からーーご令嬢から頭に紅茶をかけられた。


「あ……」


 ぬるい液体が髪とブラウスを濡らして、顔からぽたぽたとこぼれ落ちる。

 さらにガシャンと、目の前でコーヒーカップを落とし割られる。


「ああ、ごめんなさい。わざとではないのよ?」

「奨学金もらってるのに働かなきゃいけないなんて可哀想」

「パパの税金から養ってもらってるのに、足りないって言いたいのかしら?」


 声が笑っている。私は動けなくなった。

 笑顔が上手く作れる自信がなかったし、なんだか、心が硬くなってしまっていたのだ。


「大丈夫!?」


 店長さんが赤毛を揺らし、慌てて駆け寄ってくれる。


「チッ、あいつら、俺に見えない角度でなんてことを」


 ちょっとガラ悪く舌打ちしながら、店長さんは上着をかけてくれた。


「俺が片付けるから奥に……」

「ごめんなさい、すぐに着替えて戻ってきます」


 私たちを見て、くすくすと楽しそうにするご令嬢たち。

 店長さんが悲しいような、険しい顔をして箒を持ってくる。


 ーー入学して、二週間。私は貴族令嬢たちにいじめられていた。

 理由はいろいろあるのだろう。奨学生で目障りだから。

 貴族社会のマナーがなってなくて、浮いているから。成績が悪いから。ブスだから。

 心が冷たく、固くなっていく。

 それでも私は笑顔を作った。ここで諦めるわけにはいかない。私は学びたいのだから。


 ーーその時。

 つかつかと、景気の良いヒールの音が聞こえてきた。

 怒りのこもった足取りに、私は反射的に顔を上げる。


 やってきたのは銀髪を靡かせた、背の高い令嬢で。

 真っ黒なチョーカーが印象的な、冷たい青い瞳が美しい人だった。


 彼女は口を真一文字に引き結び、紅茶をかけたご令嬢の手を捻り上げた。


「きゃっ……!」

「い、いきなりなんなのよ、あなた!」


 彼女は令嬢たちに答えず、視線を扉の方に向けた。

 視線の先を見てーー令嬢たちは小さく悲鳴をあげた。


 そこにいるのは風紀監視官。

 貴族子女たちの素行をチェックし保護者や王宮に報告する、貴族息女たちが最も恐れる存在だった。


 銀髪の令嬢は毅然とした態度で、風紀監視官に告げる。


「私はカイ・コーデリック。風紀監視官、彼女たちは現行犯ですわ。袖に紅茶の染みがついています。彼女たちは常日頃からこちらの特待生、フェリシア・ヴィルデイジー男爵令嬢に加害しておりますの」

「加害だなんて! ちょ、ちょっとグラスが倒れただけじゃない!?」

「風紀監視官は、五分以上前からそこにいましたわよ?」

「……っ」

「それに今日が初めてじゃないことも、私はわかっていてよ?」


 令嬢は青ざめている。

 銀髪令嬢ーーカイ様はふん、と腕を組んで顎を高くした。

 か……かっこいい。


「恥を知りなさい。あなた方の行動は、それぞれの婚約者のご実家にもお伝えするわ。……当然のことですわ」

「あ……」

 

 令嬢にとっていじめの醜聞を義実家に知らされるなど致命的だ。

 青ざめたご令嬢たちの様子に、私は「まあまあ」と間に入る。


「でも私、ただ濡れただけですしそこまでは……」

「あなたもあなたですわ!」

「えっ私」


 髪をさらりとかきあげ、カイ様長身で見下ろしてくる。絶対零度の眼差しだ。


「あなたも笑ってヘラヘラ誤魔化さない!」

「ヒッ!」

「侮辱されたなら怒りなさい!」

「え、ええと……でも、まあ、私が奨学生なのは事実ですし」

「それがなんだというの?」

「っ……!」


 カイ様は言い切って、私に向かってまっすぐに指を突きつける。


「そもそも、奨学生というのは国家に学ぶべき価値があると認められた生徒、つまり国の宝。あなたが自分を卑下するのは、自分を支援する国の判断を卑下することと同じ。堂々と胸を張って学び、国家に貢献なさい」

「は……はい」


 私は気おされて頷いた。

 カイ様は、静まり返った令息令嬢らに冷ややかな一瞥を向ける。


「貴族たるものは国と民を守るためにその青い血を継ぐ者。血と共に誇りも受け継いだ者なれば、国の財産たる彼女に危害を加えることはないとは思いますけれどね」

 

 場がしんと凍りつく。


「さ、参りましょう。風魔法で乾かすにしても、一度洗わなくては」

「あ、はい……」


 私は彼女に手を取られ、二人で食堂を後にする。

 背後から風紀監視官の声と、涙声になった令嬢たちの声が聞こえた。

 ずんずんと私をどこかに連れていきながら、カイ様はぶつぶつと呟く。


「信じられない。奨学生は国家が育成したいと思った人材。それを侮るなどと、貴族の風上にも置けない……ませんわ」


 怒りですごい怖い顔になっている彼女に、私はつい顔が綻んでしまう。

 私のヘラヘラに気づくと、カイ様はキッと私を睨んだ。


「何がおかしいんですの」

「えへへ……ごめんなさい。あなたが綺麗でかっこいいから、惚れ惚れちゃって」

「……ま、まあ目立ちすぎましたわね、不覚ですわ」


 彼女ははっとした顔をして、ごほん、と咳払いして顔をプイッとする。


「ところであなた。これから用事はあるかしら?」

「特にないけれど……」


 店長さんも食堂を出る時に「そのまま上がっていいよ」といってくれていたし。すると彼女は立ち止まり、私の手を掴んだまま、私にこう命じたのだった。


「あなた。今日から寮で、私の隣室に来なさい。ちょうど今、誰もいないから」

「え……ええー!!!??」


 私の叫び声で、ばさばさと鳥が飛んでいった。


◇◇◇


 この国では出生時に、『魔力持ち』かどうか聖女看護師によって血液判定を受ける決まりがある。現代では『平民貴族問わず、10%が魔力持ち』というのが定説だ。


 魔力を持つ人は資格を取ることで魔法を行使する権利を得る。

 逆にいうと、資格なしに魔法は使えないのだ。


 魔力のランクも出自に関係ないとは言われるけれど、伝統的に学業を修められるのは貴族だけだったので、貴族の方が魔力が強いという偏見はどうしても現代でも拭えない。

 平民だてらに魔力を使いやがって、みたいに言っちゃうと今は差別だって怒られちゃうけどね。表には出さずにそう思っている人は多く、平民というだけで上級魔法職に就くのは難しいと言われてきた。


 その流れが変わったのは30年前。

 王立魔術師団長キーリー・ジキタリス様が旗振り役となり施行された能力者支援法により、平民出身者の魔術学園進学も当たり前になったのだ。


 ーーそんな難しい話は置いといて。

 とにかく、「平民が魔術学校に通うのが許されたのは歴史が浅い」ってことだけ覚えておいてくれたら助かるかな。


 私、フェリシア・ヴィルデイジーは前述の通り、奨学金を取って魔術学園に入学した。

 15歳の春ーー今年だ。


 木火土金水とある基礎元素の中で、私の適性は水。

 それ以外はほんのちょっとしか使えない。

 もちろんーー能力値は最低ランク評価。


 魔術学園では落ちこぼれだ。

 それに平民や新興貴族にも門戸が開かれているとはいえ、高等部から中途入学した私は、当初は学園に全く馴染めなかった。

 友達はいなかったし貧乏だし。


 私は、生まれや育ちで馬鹿にされるのは仕方ないと諦めていた。

 私は独学で入学した身。

 学問もマナーも覚えられなかったから、ここから一歩一歩努力していくしかないと割り切るしかない。

 今の私が、貴族の人たちにとって、私が目障りになるのも当然だと思う。

 彼らにとっての「当たり前」ができない身なんだから。

 ーーそもそも。私は器量が悪いから。地味だから。勉強と愛嬌しか、取り柄がないから。


 だからーーせめてこれ以上邪魔だと思われないように、私はにこにこ笑って過ごしていた。

 学園は辞められない。家族に迷惑をかけない、嫁ぎ先にも役にたつ、自立した女魔術師にならないと・・・・・


 そう思っていたけれど。

 入学前の説明会から、入学式。そして入学して毎日。

 いじめられたり揶揄われたりする中で、私はだんだん自分の目標を見失っていた。


 ーーそんな毎日を、この美しい人がぶち破った。


 カイ・コーデリック公爵令嬢。

 彼女との出会いは、私の運命を変えたのだった。

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