第46話 戦いの爪痕と眠り姫へのデコピン


 サディールの中央部に位置する病院。

 俺はその病院内にある一室に向かって、廊下を歩いていた。


 目当ての病室に向かうまでに、幾つかの病室の前を通る。

 その度に室内が見える。どの病室も、先の魔物の襲撃で負傷したサディールの住人達で埋め尽くされており、負傷の度合いも、何処かを打ったりした程度の物から、手足が潰されたり千切れたりした重篤な物まで、千差万別だ。


 そんな光景が目に映る度に、もう少し被害を抑えられたのではないかという想いと、あの襲撃の規模でよくここまでに被害を抑えられたものだという想いを、同時に胸に抱く。

 人によっては以前の生活に戻るのは不可能なくらいの負傷をしてはいるが、更に、この場に居ない、より手酷く負傷し手の施しようが無かった人々……つまり、亡くなった人も数えきれない程に居ただろう。

 無闇に、生きてる事自体が幸せだと言う程、俺は前向きでも明るい性格でもないが、それでも、死んでは何も出来ないのだから、やはり生きているだけでも、命があるだけでも、十分マシなのではないかなと思っている。


(死んだら、こうして見舞う事も、見舞われる事も出来ないしな)


 今、俺が向かっているのは、シルフィが居る病室だ。

 俺やオウルと共に、この町を救った英雄的な扱いをされた彼女は、丁重な扱いをされて、奥の方にある個室に運ばれ治療を受けている。


 あの戦いの後、彼女は気を失ったまま目を覚まさず、三日間眠り続けている。

 医者が言うには、魔力を極度に消耗した為で、一過性の物だからそのうち目を覚ますという話なんだが、まだ目覚める気配は無いらしい。


 コンコン……ガチャ。


 そうこうするうちに、シルフィの居る個室の前に着いた俺は、ノックをして一瞬間を開けてからドアを開く。

 室内はさほど広く無く、小さなテーブルと椅子、そしてベッドと必要最低限の物だけ備えられており、ベッドの上にシルフィが横になっていた。


「来るのが遅くなって申し訳ないな。昨日までは検査とかがあるからって面会謝絶だったもんでな」


 室内に俺の声が響く。その声に応える者は居ない。

 シルフィはまだ眠っているので、仕方のない事ではあるが、若干の寂しさは感じる。


「……お前、本当に無茶するよなぁ。俺なんかの為にさ」


 眠っているシルフィの顔を覗き込む。

 その様子は、ただ寝入っているだけのようで、とても穏やかな寝顔をしている。

 だが、彼女の消耗具合はとても酷い状態だったらしく、一般人なら命に係わる程の魔力の枯渇ぶりだったそうな。

 今まで単独では誰も成し得なかった、前代未聞の属性のかけ合わせなんて事をやってのけた代償なんだろうな。

 奴ですら、魔物を喰らってそいつが持つ属性を取り入れた上での強引な力技……いや、そんな生易しいものじゃないな。禁術レベルの裏技を持ってやっと行使していた荒業だ。

 それを一人で行ったのだから、その負担は想像を絶するものだったのだろう。


「おかげでこの町を救えたし、沢山の人を救えたんだけどな」


 俺は持ってきた花束をテーブルの上に置き、ベッドの横に椅子を持っていってシルフィの傍に座る。


「でも、肝心のお前がこうなっちゃ意味無いだろ、シルフィ?」


 シルフィの頬をそっと手で撫でる。

 きめの細かい、絹のような肌に触れた指先に、柔らかく優しい手触りを感じる。


「最初はやかましいと思ったけど、今となっちゃ、お前が居ないと寂しいしな……前に言ったよな、お前。俺が死んだら悲しいし泣くって……俺だって、死なないまでも、お前がこんなになるまで身を削ったら、悲しいし……その……多分、泣くぞ」


 語りかけるシルフィの表情は、変わらず穏やかに眠っているようで……ん?


「……なぁ、シルフィ……?」


 俺は気になった点を幾つか確認した後、改めてシルフィに声を掛ける。

 彼女は変わらず眠ったまま……に見える。だが。


「お前……目、覚めてるだろ?」


 しっかりと目をつむり、寝ているかのような表情のまま、小さくビクッと身体を振るわせるシルフィ。

 そんな彼女の反応を見て確信した俺は、大きなため息を一つ吐いて。


「てぃっ」

「いたぁ!?」


 シルフィの額に一発デコピンをくれてやった。














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