第33話 獄炎の貴公子


 冒険者や警護団員達が切り開いてくれた道を、俺達は行く。


 駆け抜けながら戦いの様子を見てみると、道を塞ぐ巨人型を魔法使いの冒険者が放った魔法が直撃し、巨人型が膝をつく。

 そこを警護団員が包囲し、取り囲んだ状態で槍でめった刺しにする。

 これではさすがの巨人型も堪らないだろう。

 サディールの警護団員の装備一式は町が支給した上等な物で揃っているため、巨人型の大柄な体躯に突き刺さっても折れたりする事も無く、その穂先の鋭さのおかげで巨人型に突き刺さり抜けなくなるなんて事も無い。


「意外とやりますね、皆さん」

「あぁ、サディールの冒険者や警護団は屈強で有名だからな」

『我もあれくらいは朝飯前なのである』


 感心するシルフィと、無駄に対抗心を燃やしているオウルと共に、俺は、多数の冒険者と警護団員が到着して乱戦状態になっている中を走り続ける。


「アルスさん! あれ!」

「……どうやら終点が見えてきたみたいだな」


 巨人型の向こう側、シルフィが指し示す方を見ると、吹き飛んだ外壁の辺りで、人影が二つ戦闘している様子が見える。

 片方は、遠くからでもそれと解る真っ赤な出で立ち……ブリッツのオッサンだ。

 そしてブリッツが放った獄炎槍を、同じく獄炎槍で相殺している、もう片方の人影にも、俺は見覚えがあった。


「……ウルガンディか」

『であるな』

「あれが、例の森の件の魔族なんですか?」

「あぁ」

『忘れもせん。同胞を好き勝手に操った憎い相手であるからな』


 シルフィの言葉に、俺は頷き返事をし、オウルは怒りのこもった念話を飛ばしてくる。

 目の前に居たのは、あの時と同じくローブを纏った人影。

 そして二つの獄炎槍のぶつかり合いで、周囲へ大量に飛び散った炎に照らし出されたその人影の顔は、俺があの森で対峙した魔族のそれだった。


『だが、妙では無いか? アルスとシルフィが話していた内容からすると』

「早すぎるな……」


 あの森での一件から、殆ど日にちは経っていない。それでこの規模の魔物を扇動出来るという事は、一体どんな手を使ったのか……まず集めるだけでもかなりの時間と労力がかかるだろう。別の場所でも、あの森の時みたいに魔物を集めていたのか?

 まぁいい。疑問は尽きないが、答えが出ても状況が変わる訳では無いので、そこの疑問は一旦後回しだ。


「オッサン、生きてるか?」

「見ての通りだ、生きてるよ」


 ブリッツの傍まで駆け寄ると、オッサンはウルガンディの方を見据えたまま、手を軽く上げて応える。

 見た感じでは飄々とした余裕があるような様子ではあるが、奴を見据える眼と顔付きは真剣そのものだ。


「だが、どうにもあいつと俺の相性は悪くてな。俺の得意魔法は火属性、奴も火が得意だからな」


 『真炎』と『獄炎の貴公子』。

 火の使い手同士の戦いだから、余程の実力差が無ければ、勝負はつきにくいのだろう。

 ……いや、人間なのに普通に魔族と渡り合ってる時点で十分凄いんだがな、ブリッツのオッサン。


「さすがの『真炎』さんもお手上げって感じなんだろうか?」

「まぁな。火の魔法だけで言えば奴の方が腕は上だろうしな。俺の方は、他の属性の魔法も織り交ぜてやっと五分五分だ」


 元々人間と魔族では種族的に強さに差があるとはいえ、『真炎』のブリッツを上回る、か……相性が悪かったら、あの時やられていたのはこっちだったかもしれないな。


「おや……虫けらが増えたと思ったら、アルスではないか」


 ブリッツと話をしていると、俺の名が呼ばれる。

 声の方に視線を向ければ、無駄に悪い顔で、かつ嬉しそうな表情をしながらウルガンディが俺の方を見ている。


「久しぶり……って程は、日は経ってないな。ウルガンディ」

「そうだな。だが再びお前と出会うのを一日千秋の想いで待ち望んでいたよ」

「そいつはありがたくて涙が出るねぇ」

「思ったよりも早くこの腕の借りを返させてもらえそうだな」

「別に俺は貸したままでも良かったけどな」

「さぁ! まずは貴様から血祭りにあげてやろうではないか!」

「……あー……」


 俺の軽口には反応せず、自分の話したい事だけを話し続ける。本当にこいつ、人の話を聞かないな。

 しかし……


「アルスさん」

「なんだ、シルフィ」

「確かあの魔族ってアルスさんの話だと左腕を……」

「あぁ、確かに切り落としたはずだ」


 シルフィが質問してくるのも頷ける。

 俺はあの時のウルガンディが起こした事件とその顛末をシルフィに話している。勿論奴の左腕を切り落とした事も。

 だが、人の話を聞かず言いたい事だけ言って、楽し気にローブを翻した奴の左半身には、そこには在るはずのない左腕があった。

 包帯でぐるぐる巻きにされているところを見ると、あの後急いで治療したんだろうか?

 だが、切断された腕の接着なんて、かなり高位の僧侶や神官でもないと出来ないはずだが……世界に数人程度ってクラスの、相当高位のな。


「何をごちゃごちゃと話している。私が目の前に居るのだぞ?」

『アルス! 仕掛けてくるぞ!』

「!」


 オウルの念話と共に、ウルガンディが俺目がけて獄炎槍を放ってくる。

 周りに人が居ないとはいえ、あんまり町中で使いたくないんだがな……仕方ない。


「ウンディーネ!」


 呼びかけに応じて、俺の持つ剣がウンディーネの作り出した魔法の水で覆われる。

 そしてその剣を振り上げ、ウルガンディの放った獄炎槍を迎え撃ち。


 ガキィィン!


 堅い物同士がぶつかる甲高い音が周囲に響き渡り、振り下ろした剣があらぬ方向へ跳ねる。


「……はっ?」


 驚いて周囲を見渡すと、近くの地面に突き刺さる岩で出来た槍……?


「私が何も対策を講じずに再戦に挑むような浅はかな者だとでも?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるウルガンディ。

 その左腕に巻かれた包帯が、重力に従って解け、地に落ちていく。

 そして中から現れた左腕は、岩石の塊のようなごつごつとした皮膚で、腕と言うには若干歪な形状をしていた。

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