第28話 アルスの両親


 俺の母親は、俺が三歳、ティアナが生まれたての頃に、突然居なくなった。

 そのため、俺には母親の記憶はあまり無い。

 そして父親の方も、俺が十六歳になった時に、俺とティアナを置いて旅に出た。


 元々父親は冒険者として生計を立てており、しょっちゅう家を空けているような状態で、長い時は何カ月も家を空ける事もあった。

 とはいえ、俺とティアナにとっては、それはさして問題では無かった。

 子供の頃からそんな感じだったが、近所の人達がよく面倒を見てくれたし、俺達が住んでいた村にはトーマみたいな同年代の子供も結構居たので、特別寂しさを感じる事は無かった。


 そんな、家にあまり寄り付かない父親ではあったが、かといって俺やティアナに冷たいのかというとそうではなく、仕事が無い時は俺やティアナを溺愛と言っていい程甘やかしてくれていた記憶がある。


 そんな感じで俺達には優しく、また明るく豪快な性格であった父親ではあったが、ある話題が出る時だけは顔を曇らせていた。俺達の母親の事だ。


「お母さんの事か……さぁ、俺もよく解らないんだよな」


 大体そんな感じで誤魔化す父親の姿を何度も見るうちに、俺もティアナも自然と母親の事は話題にしないようになった。


 そんな父親が、俺が十六になった日に。


「お前も大きくなったし、大丈夫だな」


 そう言って、突然何も言わずに旅に出たのだ。

 普段であれば、何の依頼を受けたからどれくらいで戻るとか必ず告げてから居なくなるというのに。




「……そうしてそれから二年が経った頃、待てど暮らせど父さんが帰ってこない事に業を煮やした俺とティアナは、どうするか相談して、旅に出た父さんの行方を知る為に、父さんと同じ冒険者になろうと決めて村を出たんだ」


 俺が説明している間、シルフィもブリッツも真剣な表情で聞き入っていた。

 オウルも寝ている風を装っていたが、耳を立ててしっかりと聞いていたようだ。


「そうだったんですね」

「なるほどな。だがアルス、探すのは父親だけなのか。母親の方は良いのか?」


 疑問を投げかけてくるブリッツに、俺は苦笑いを浮かべる。


「母さんの事は……それは俺も気になるけどな。でも、父さんがあれだけ口にしたがらなかったんだ。下手に探って嫌な事実を掘り返してしまったら悪いなって思ったんだ」

「アルスさんは、お父様の事を大切に思っているのですね」

「……まぁ、そりゃな」


 そういう風に他人から言われるとさすがに照れるが、そうだな、大切ではあるな。

 子供の頃に遊んでもらったとか、そういう記憶はあんまり無いが……ティアナ以外で唯一の家族だしな。


「大体の事情は解った。そういう事なら俺もその父親を探すのを手伝ってやってもいいぞ。というか、こういう時は頼ってもらいたいものだなぁ、ギルマスとしては」

「ったく……そういう風に言われるだろうから話さなかったのもあるんだよ」

「うるせぇ。俺から見りゃお前さんはまだまだ子供みてぇなもんだからな。素直に頼っとけ」

「やかましいわ、オッサン」


 お互いに言い合った後、顔を見合わせて笑う俺とブリッツ。

 最初の頃はギルドマスター相手って事で緊張もしてたんだが、付き合いも長くなった今となっては、近所のオッサンと会話するような気軽さで、こんなやり取りをしたりをするのもしょっちゅうだ。


「……羨ましい……」


 そんな俺達の様子を横から見て、ぼそっと呟くシルフィはとりあえず置いておこう。


「……で、そういやお前の父親、名前はなんていうんだ?」

「あー……えっと……」


 父さんの話をし出した時から、うすうすそうなるとは思ってはいたが……まぁ、そういう話題になるわな。


「なんだ、自分の父親の名前を覚えてないのか?」

「そんな訳あるか」


 ブリッツの言葉に突っ込みながら、俺は覚悟を決める。


「……他言無用で頼むぜ?」

「あぁ。冒険者を護るのもギルドマスターの仕事だからな。安心しろ」


 ふぅっと溜息を一つ吐いてから、俺は父さんの名前を口にする。


「オルディス・サヴァイド、それが父さんの名前だ」

「オルディス様というのですね、アルスさんのお父様は」


 いつの間にか手にしたメモ帳に、俺の父親の名を書き込んでいるシルフィ。

 いや、お前それどっから出した?


「……お前、冗談は大概に」

「悪いが、本当なんだ」

「……マジか」

「あぁ」


 平然と答える俺に、唖然とするブリッツ。

 まぁ、そうなるよな。


「アルスさん、ブリッツさんどうしたんですか?」

「そういやシルフィは父さんの名前を聞いても何も思わなかったのか?」

「えぇ、特には」

「冒険者なら一度は聞いた事あると思うんだが……」

「私、アルスさんに依頼を持ちかける直前に冒険者登録したばっかりでしたから」

「……マジか」


 思わず、先程ブリッツが俺に言ったのと同じ言葉をシルフィに投げかける。

 というか、こいつ、本当に俺の事になると暴走しまくってるな……


「オルディス・サヴァイド……『陽炎』の名を持つS級冒険者が、まさかお前の父親だったとはな」

「……S級!?」


 ブリッツがぼそりと呟いた言葉に、シルフィが驚愕の声を上げた。


 オルディス・サヴァイド。

 俺とティアナの父親で、見た目は何処にでも居るような普通の冒険者。俺達にとっては優しい父親で、本当に何処にでも居るような気の良いオジサンという感じなんだ。

 そんな父さんがS級冒険者だと俺達が知ったのは、冒険者登録を済ませて少し経った頃だったんだが、その時はえらく驚いたものだ。


 聞くところによると父さんは、『陽炎』の二つ名が示すように、相手や、周囲の味方にすら、姿を捉えさせないように距離感を狂わせ、いつの間にか標的を切り刻んでいるというような、独特の戦闘法を用いるという話なんだが、どうもそんなS級冒険者オルディス・サヴァイドと、俺の記憶の中にある、笑顔の絶えなかった父さんとはどうしても重ならない。未だに冒険者としての父さんの話が出ると違和感を覚える。


「しかし、あの『陽炎』がお前の父親なら……探し出すのは難儀しそうだな」


 そういえば父さんに『陽炎』って二つ名が付けられた、戦闘法以外のもう一つの理由が、いつの間にか現れたり居なくなったりして、居場所がなかなか掴めないからとかだったっけか。父さんが神出鬼没というのは冒険者の中では有名な話なんだとか。


「ともあれ、どうせさっきの話の、ウルガンディ……だったか? その魔族の調査をするついでに調べておいてやるよ」

「あぁ、よろしく頼む」


 まぁ、ここまで話してしまった以上、使える物は何でも使わせてもらおうか。

 ブリッツなら上手い事、俺と父さんの関係とかは伏せて調べてくれるだろう。


「さて、大体こんなところで終いか?」

「そうだな。随分長い報告になっちまったが」

「はっはっは……まぁそう言うな。とりあえずしばらくの間は警戒をし」


 そうして話も一段落し、ブリッツが立ち上がりながら口にした言葉を言い終わるか否かというタイミングで。


 ドォォォォォン!


 唐突な爆音が冒険者ギルドを揺るがせた。

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