第24話 新米達との再会


「着きましたね、アルスさん」

「あぁ、うん……」

『ひっく……ひっく……』


 俺達はサディール近郊の丘陵地帯まで戻ってきていた。この辺りの高所からならサディールが遠くに見下ろせる。

 そんな場所で、俺は平然としているシルフィに返事をしながら、涙目になってしゃくりあげている普通のウルフサイズになったオウルを撫でてあやしていた。

 シルフィにぶちぶち毛を抜かれながら、ここまでしっかり走り抜けたオウル……お前は頑張ったよ。


「さぁ、行きましょう」

『ひぃっ』


 俺達の方へ笑顔を向けてそう言うシルフィに、オウルが悲鳴のような声を上げた。




 サディールは北門と南門の二か所の入り口がある。

 昔は他にも町の東西にも出入りする為の門があったらしいが、サディールの規模が大きくなっていくにつれ居住区が拡張されていき、その結果、土地不足を補うために東西の門が潰され、その跡地と周辺が居住区にされたという経緯がある。

 その際には、崩された東西の門の素材も建材として利用されたとか……サディールをぐるっと覆う石の壁は相当立派なもんだしな。門も質の良い木を使ってるし、頷ける話だ。


 まぁ、そんな昔の事はともかく、俺達はその二つの町の出入り口であるうちの一つ、南門まで来ていた。


「お、アルス。お前別の町に拠点を移すとか言ってなかったか?」


 俺の知人であり、南門の守衛をしているラースが、俺の姿を見て言う。


「あぁ、今日の守衛はラースだったのか。それはそうなんだが……ちょっと野暮用があってな、一旦戻ってきた」

「なんだ、拠点を変えるのはやめるのか?」

「いや、そこは変更無しなんだが……」

「そうか……残念だな。年がら年中ここで門番やってる身としちゃ、お前さんの冒険の話を聞くのが楽しみだったんだがなぁ」


 両手を少し横に広げて肩をすくめるようにして首を振り、残念そうな様子でそう言う。

 槍を片手に持って器用な動作をするなぁ……というかそんな風に思っていてくれたとは、意外だが嬉しい限りだな。


「ところで、そっちのウルフは?」


 そう言うとラースは、見た目的には普通のウルフにしか見えないオウルの方を見る。

 先程までの和やかな雰囲気とは違い、その眼や言葉には警戒の色が見える。


「あぁ、こいつはなんか出先で懐かれてな、ついてきちまったんだ。人を襲ったりはしないみたいだから安心してくれ」

「おいおい、大丈夫なのか? 魔物は魔物だろ? お前さんテイマーじゃなかったはずだし」


 守衛としてはそりゃあ見過ごせないよなぁ……一応サディールにはそれなりにテイマー職の冒険者が居るし行けるかと思ったんだが、さすがに見通しが甘かったか。

 仕方ない、やっぱりオウルには街の外で待ってもらうか?


「心配要りませんよ。この子はアルスさんや私の命令をちゃんと聞くみたいですから」

「そうなのか?」


 俺がどうしたものか悩んでいると、シルフィが一歩前に出る。

 そしてシルフィは、怪訝そうな守衛の男にウインクを一つすると、オウルの方へ向き直る。


「お座り」

「わふ!」

「お手」

「わふ!」

「三回まわってワン」

「わふ! ワン!」


シルフィが様々な指示を出すと、オウルが座ったりシルフィの手の上に手を載せたり、その場でくるくると回って吼えたりする。


「ね?」

「う、うーん……ま、アルスも居る事だし、何かあれば責任取れよ?」

「あ、あぁ、それは勿論」

「お前の腕なら心配はしてないがな」


 要は、暴れるようなら殺処分しろという事ではあるんだが、オウルに関してはその心配はまず無いだろう。というか俺に従属している時点で、俺に不利になるような事は基本出来ないからな。


「一応数日は居るつもりだから、日が合えばまた飲もうぜ」

「あぁ、楽しみにしてるぜ」


 そう言い道を開けるラースの横を通り、俺達二人と一匹はサディールの街中に入っていった。




「にしてもいつの間にあんな芸をオウルに?」


 無事にオウルも含めて市街に入った後。

 サディールの街を冒険者ギルドに向かって歩きながら、俺はふっとさっきのやり取りを思い出し疑問を口にする。


「え? アドリブですよ。ね、オウル?」

『あ、あぁ』


 シルフィに話を振られて、器用にやや狼狽えたような声をわざわざ作って念話を飛ばしてくるオウル。

 もう完全にサディールまでの道中のアレでシルフィの事がトラウマになってないか、こいつ。


『……』

「いや、そんな目で見られても……」

「?」


 うるうるとした眼で俺に視線を送ってくるオウル。本当、そんな目で見られてもなぁ。

 シルフィはシルフィで、状況が解ってないようだし……いや、むしろ思い出してまた変なモードに入られるよりはまだ良いのかもしれないが。


「あ、アルスさん。見えてきましたよ」


 前方に視線を向けたシルフィが、人波の奥にその姿が見える大きな建物を指差す。冒険者ギルドだ。

 改めて見ると、しっかりとした石造りの、知らない人からしてみたら、ちょっとした国の王城と言われても信じてしまいそうな立派な作りをしている。

 もっとも、あの中に居るのは煌びやかな装飾の施された甲冑を纏う騎士じゃなく、酒と荒事が大好きな冒険者達だが。


「あぁ。こうも早く戻って来る事になるとは思わなかったな。とにかく、あの森での一件を報告しにいくか」

「アルスさん!」

「……ん?」


 ギルドへ足を踏み出した瞬間、人波の中から確かに俺を呼ぶ声が聞こえた。

 視線を声がする方に向けると、見知った二人の冒険者が人波を掻き分けて此方に向かってきていた。


「おぉ、ソマリア。それにカイルか」

「よぉ、アルスさん!」

「お久しぶりです」


 フランクに挨拶をしてくるカイルと、対照的に礼儀正しく一礼をするソマリア。


「アルスさん、この二人は?」

「あぁ。以前俺が雇われて一緒に依頼をこなしたカイルとソマリアだ」

「そうなんですね。あ、私はシルフィと言います」


 俺の説明を受けて納得したシルフィは、自己紹介をしながら二人に対してお辞儀をする。

 こいつ、一応王族だからかこういう仕草は手慣れてるのか、絵になるんだよなぁ。これで中身がアレじゃなきゃなぁ。


「カイルです、よ、よろしく!」

「ソ、ソマリアです」


 何だかしどろもどろになりながら、自己紹介を返す二人。

 あぁ、そうか……シルフィも見た目はかなり美人だしな。カイルもソマリアも若いねぇ。


「って……そっちのそれ、もしかしてウルフなんじゃないか? なんでこんな街中に!?」

『アルス、面倒になりそうだから我も紹介してくれないだろうか』


 少し動揺気味にオウルを見ているカイルと、じっとこちらを見つめて念話を送ってくるオウル。そうだな、説明しておいた方が良いか。


「こいつはオウルといって……」


 俺は門のところでラースにした説明をカイルとソマリアにもする。

 二人の反応はそれぞれ異なり、カイルはすげーと目をキラキラさせながら俺の方を見てくるし、ソマリアは説明を終えた後も、まだオウルを警戒して距離を取ったりしていた。

 そういえばこの二人と一緒に依頼を受けた時に、最初に相手したのもウルフ系の魔物だったっけなぁ。


 ともあれ、ある程度皆の自己紹介が終わったところで、俺はカイルとソマリアに尋ねる。


「で、お前達は何してるんだ、こんなところで」

「何してるんだは無いだろ? 俺達冒険者なんだからさ」

「へぇ? お前達まだ冒険者続けてたのか」


 そりゃまた意外だ。

 ポイズンフロッグの件が片付いた後、てっきり村に戻ったのかと思ってた。


「ま、まぁな。村がまだまだ財政難だったりして大変だから、俺とソマリアで冒険者として稼いだ報酬送ったりしてるんだよ」

「おー、それは偉いな」

「……なんて言ってますけど、本当は『俺もアルスさんみたいなすげぇ剣士になる!』って意気込んじゃって、それで冒険者続けてるんですよ、カイル」

「おまっ、ばらすんじゃねぇよ!」


 照れくさそうな顔でカイルが突っ込むが、ソマリアはにやにやとした顔で意に介さない。

 へー……なんか意外だな。っていうかそんな風に思ってくれていたとか、俺の方が照れくさいんだが。

 あとシルフィ、そんな激しく何度も頷いていると首が取れるぞ?


「それにしても、アルスさんの周りって美人さんが多いですよね。エミリアさんとも仲良いですし」

「あ、ソマリア、その手の話題は」

「ソマリアさんでしたか、その話を詳しく」


 不意にソマリアが発した言葉に危機感を覚えた俺だったが、一足遅かった。

 俺の言葉を遮って、サディールに来るまでとはまた違った圧を感じる、とても良い笑顔で、シルフィがソマリアに詰め寄る。


「え、えっと……ギルドの職員でエミリアさんってとても綺麗な人が居るんですけど、その人がアルスさんととても仲良さそうで」

「へぇー、そうなのねぇー」


 笑顔のままで眼のハイライトだけを器用に消していくシルフィ。お前、それどうやってんの……?


『……』


 で、オウル……お前もそこでガクブルしない。


「ア、アルスさん。僕なんかまずい事言っちゃいました?」

「……まぁ……」

「アルスさん」


 俺の方を向く笑顔のシルフィ。いや、せめて眼のハイライトを戻してからだな……


「な、なんだ?」

「冒険者ギルド、行きましょう。エミリアって人、教えてください」

「あ、あぁそれくらいならってちょお前腕引っ張んなどこにそんな力がおいぃぃぃ!」


 そして俺は、やけに片言な喋り方で、笑顔を絶やさないまま俺を引っ張るシルフィと共に、冒険者ギルドの入り口の扉をくぐった。


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