第20話 一旦の決着


 幾多の巨大な炎の槍と、それ等よりも巨大な水の剣が激突する。

 水の巨剣は勢いを衰えさせる事なく、次々と炎槍を消し去り霧散させていく。


「おのれぇぇぇぇ!」


 諦め悪く更に火炎槍や獄炎槍を生成し放ってくるウルガンディ。

 だが、そのどれもが水の剣と触れると同時に掻き消えていく。

 こいつ……動揺し過ぎて魔力を練るのも疎かになってやがるな。今出した獄炎槍なんか、本数は多いが最初にこいつが放った一本だけの方が、まだ威力はあるだろう。

 魔法は魔力もそうだが、集中力でその威力や精度が決まる。それを踏まえると、余程焦ってるな。


 そして、ウルガンディの抵抗もむなしく、俺の振り下ろした剣が奴へ直撃する。

 刀身が地面に着くと同時に、地を割る破砕音と地響きが周囲へ広がり、土煙が舞い、辺りを土煙が覆い隠す。

 こういう時は油断していると、逆に目くらましにして不意を突かれる事もある。俺は気を抜かないようにして、振り下ろしきった手にした剣をすぐに正眼に構え直し奇襲に備える。


「……きっ……さまぁぁぁ!」

「……さすが、魔族なだけあるな」


 そうして残心を怠らずに様子をうかがっていると、土煙が収まってくると共に、その向こうから、左腕を失ったウルガンディが姿を現す。

 本当なら胴体を真っ二つにしてやるつもりだったが、どうやらあの火炎槍・獄炎槍の連発で若干狙いが逸れたようだ。

 魔浄斬は止められなかったとは言え、あれはあれで一応効果はあったって事か。


「許さん……許さんぞ貴様ぁぁぁぁ!」

「……といっても、お前、打つ手は無いんだろ?」


 激昂するウルガンディとは対極に、俺は冷静に言い放ち剣を構え直す。

 ちょっとした推測に基づいた今の俺の言であるが、うっ、と小さく呻くような声をあげながら明らかに動揺している様子のウルガンディを見ると、これは俺の予想通りかもしれない。


 水と火、相性は火にとって最悪な上、こっちは水の精霊の創り出した魔力を帯びた水だ。

 普通に考えれば、火以外で対抗するのがセオリーだが、こいつはそうしなかった。

 そこから考えられる事は、つまり……


「恐らくだが、お前……火の魔法しか使えないんじゃないか?」

「!?」


 図星だったのか、驚愕の表情を浮かべるウルガンディ。


 魔族は総じて人間よりも戦闘能力は高いんだが、唯一とも言える弱点・欠点として、生まれ持った魔法適正によって、扱える魔法の種類が決まってしまうというのがある。

 人間ならば、例えば以前ポイズンフロッグ討伐の依頼でソマリアに教えたように、修練を積めば多種の属性の魔法を習得する事が出来る。


 しかし魔族はそれが出来ない。

 一説には、魔法を行使する際に関わるとされる各属性の精霊が魔族を嫌っているからで、魔族の魔法は本人の魔力のみで行使しなければならないからだとか言われているが、実際の所は定かじゃない。

 ただ、理由はどうあれ、魔族は生まれた際に適性を得た属性魔法以外は使えない。それは紛れも無い事実である。


「当たりか。ならお前に勝ち目は無いな」

「……」


 切断された左腕の切断面を押さえながら、俯き黙るウルガンディ。

 これ以上はどうにもならないし出来ない事は、恐らく俺以上に奴自身が理解しているはずだが……どう出るか。


「……れ……」

「ん?」


 シルフィが作り出し維持してくれている竜巻の風音に交じり、呟くような声が聞こえる。


「おのれ……おのれおのれおのれおのれぇぇぇぇぇ!」


 そしてそれは怒気を孕み、次第に大きく強くなっていく。

 叫び声を上げながら此方に向き直ったウルガンディの表情は、歯を剥き目が血走り、魔族と言うよりも、さながら獰猛な野獣のような形相だった。イケメンさんが台無しだぜ。


「許さんぞ! このような屈辱……絶対に許さんぞ!」


 そう言って再び複数の獄炎槍を発生させる。

 仕方のない事とは言え、通じない手に拘らないといけないのは悲しいものがあるな。


「……貴様、名は?」

「……アルスだ」


 急に冷静なトーンで問い掛けてくるウルガンディに、俺は名を告げる。


「アルスだな。光栄に思うが良い、我が今まで出会った人間の名を覚える事は初めての事だ」

「そりゃ……ありがたい事で」


 俺は一応奴の頭上の獄炎槍に警戒しつつ、そんな軽口を叩く。

 ……まぁ、名前を覚えるも何も、こいつの実力やその気性からすると、今まで出会った人間ってのは、恐らくもうこの世の住人じゃなくなってるんだろう。こいつの場合は、覚える必要が無かったってのが正しいような、そんな気がする。


「獄炎槍!」


 そんな事を思っていると、不意にウルガンディが獄炎槍を放つ。

 警戒を緩めてはいなかった俺は、再度剣に水を纏わせて。


「それは俺には効かな……!?」


 言い掛けて絶句した。

 奴が放った獄炎槍は、俺ではなく周囲の魔物達を狙い、穿ち、燃やし、幾つもの火柱があがる。そしてその火柱群で俺の視界が塞がれる。


「目くらましか!」

「必ず……必ず貴様の首を取り雪辱を果たさせてもらうぞ、アルス!」


 言葉だけで人を殺せると言うのなら、まさにこんな声だろうか。

 そんな狂気染みたウルガンディの声が周囲へ響き渡る。


 そして目の前を遮る火柱が収まった頃には、ウルガンディの姿は消え去っていた。

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