第17話 魔物の氾濫


「念話で話をしていたんですね」

「あぁ、シルフィには行ってなかったんだな」

『すまない、我は念話で話せるは話せるのだが、多人数とのやり取りは少々苦手でな』


 色々あって後、俺達は、少し街道から離れた森の中に場所を移し話をしている。さすがにあの場所だと人の目に付くからな。


「それで、貴方はなんであんな場所で通行の邪魔をするような事をしていたのですか?」

『あ、あぁ、そうであったな。理由を話そう』


 律儀に念話でコホンと一つ咳払いをしてから大ウルフの話した内容は、俺とシルフィを驚かせるに十分なものだった。


「「氾濫!?」」

『である』

「そんな……定期的に起きる事ではありますが、確か前回の氾濫からまだそこまで経ってないはずです!」

『であったな』


 動揺する俺達とは対照的に、尻尾を下げ気味にしてゆらゆらと揺らしながら、冷静に話を続ける大ウルフ。


 氾濫。それは川などが溢れるという意味がある言葉だが、俺達冒険者が使う場合には、主に魔物が繁殖し過ぎて溢れかえる事を指す。その脅威は凄まじく、何の対策もしていなければ、例えばこの最寄りのラディスン村程度の規模ならば蹂躙されてしまうだろう。


『だが、今回の氾濫は今までとやや趣が異なるのだ。普通であれば氾濫と言うのは、増えすぎた魔物が本来の縄張りから流出する現象だが、魔物が増えるまでには時間がかかる』

「そうね……どんなに成長が早い魔物でも、成熟するには何年か掛かりますからね」

『うむ。だが今回は前回から一年も経っておらん』


 シルフィの言葉に頷きながら、大ウルフが答える。

 そう、氾濫と言うのは、割と定期的に起こる事ではあるのだが、二人が話すように、そうそう頻繁に起こる現象ではない。


『更に今回奇妙なのは、その内容でな』

「内容?」


 俺の言葉に大ウルフは大きく頷く。


『氾濫はその性質上、単一の魔物が縄張りの許容量を超えて増え、そこから流出し起きるものだが、今回は様々な種類の魔物が一斉に流出しているのだ』

「……それはかなりヤバいんじゃないか?」

『うむ、ヤバい』


 真剣な声色を作り、そう念話を飛ばしてくる大ウルフ。

 って言うかお前、ヤバいとか言うのな……


「でも、それでどうして貴方があの街道で通せんぼを?」

『……不甲斐ない話だが、我が長となっている群れのウルフ達も氾濫を起こしてしまってな。我が諫めても退かん位に凶暴になってしまっておる。そこで、冒険者とかち合って殺し合いにならないようにと、あそこで封鎖していたのだ』


 俺はその話を聞いて目を丸くする。

 要はこの大ウルフは、同胞と人間とが争わないようにする為にあの場に居たと……


「意外だな。お前さんも魔物なんだろう? 人間の俺が言うのもなんだが、そんな事せずに人里を襲えば良いんじゃないか?」


 人間の身としてはあまり言いたくは無いが、自然の摂理的には素直に人里を襲った方が自然ではある。

 そう思い投げかけた俺の問いに、大ウルフは首をゆっくり横に振って答える。


『それでは同胞に被害が出る。それは避けたいのだ。そもそも我の率いる群れは、人間で言うところの穏健派というところでな。人間と争う事自体好かんのだ』

「なるほどな……」


 魔物の中にも、理性や知性がある存在にはこういう考え方のやつが居る事は知っている。

 だが、実際に遭遇したのはこれが初めてだ。なんだかんだ冒険者として様々な魔物と対峙してきたが、その俺でも初めて出会う……それくらい希少な存在ではある。


「……なぁ、お前」

『あぁ、告げていなかったな。我の名はオウルだ』

「お前、名前まであるのか……なら、オウル」

『うむ』

「その氾濫の起きてる場所へ案内してくれないか?」


 大ウルフ……オウルに提案し、シルフィの方に振り替える。


「シルフィも良いだろ? って言うかこれ多分……」

「えぇ。解決しないとアルカネイアにも被害が出そうね」


 俺の思惑を汲み取り、それを言葉にしながらシルフィが頷く。

 この辺りで氾濫が起きるとなれば、位置的にアルカネイアも影響は免れないからな。


『良いのか? 人間にはすこぶる危険な場所になるぞ?』

「それは承知の上だ。それに元々、俺とシルフィはこの先に用があるしな」

『……そうか。そうであるなら、案内するのは吝かではないが、一つだけ』

「あぁ、なんだ?」

『同胞達は、傷付けてくれるなよ?』


 そう言い、牙をむき出しにしながら威嚇してくるオウルは、群れを統率するリーダーとしての風格を放っていた。

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