第7話 黒髪美女の依頼人


 サディールの冒険者ギルドは今日も賑わっている。そして俺も、いつものようにそんなギルドの片隅でエールを飲みながら、その様子を眺めている。

 カイルとソマリアの新米冒険者組と臨時パーティーを組んでから二カ月程が経ち、その間俺はいつものように様々なパーティーに雇われてきた。


 時にはカイル達みたいな実力が伴わない依頼を受けようとしている新米に同行し、依頼を達成させると共に手解きを。

 またある時は、恐らく依頼に失敗したか何かで、前衛が急に不在になってしまったパーティーに雇われたり。

 またまたある時は、素行不良などの要素で、依頼遂行に不安があるパーティーのお守り的な感じで、それとなくエスタさんの助けを求める視線に仕方なく……俺、エスタさんに何杯かエールを奢ってもらっても良いくらいの働きはしてるかもしれないな。


 まぁ、日々色々あるけど、これが雇われ冒険者をやってる俺の日常。

 でも、そんな変わらない日常ってのは、ある日急に破られるもので。


「相席良いかしら?」

「ん?」


 突然声を掛けられる。

 手にしたエールの入ったジョッキを置き、声の方へ振り向くとそこには、綺麗な黒髪を肩まで伸ばした女性が、空いた椅子に手を掛け立っていた。

 かなりの美人さんだな。背丈は俺の胸元のちょい上くらい辺りまであるってところかね。女性にしちゃ長身だな。

 その体躯に彼女の長い黒髪はよく似合っている。控えめに言っても、俺の好みの真ん中を捉えている、良い組み合わせだ。


「構わないよ」

「ありがとう」


 女性は礼を言って椅子に座る。


「貴方、雇われ冒険者のアルスよね?」

「そうだが」

「私はシルフィ。ちょっとした討伐の依頼があって、貴方を雇いたいんだけど」

「……へぇ?」


 少し驚きつつもそんな様子は見せずに淡々と返事をする。


 大抵は受付係と揉めてたり、困ってそうな冒険者パーティーとかに、俺の方から声を掛けるのが主なので、この状況はわりと珍しいと言える。

 大体此処のギルドの冒険者は俺がソロなのを知ってるから、自分から声を掛けてくる事もほぼ無いしな。

 別にいじめとかそういう訳ではなくて、それくらいソロの冒険者に対するお仲間の扱いってのは冷たい。まぁ、ソロになる奴ってのは仲間を見捨てて逃げたとか、そういう奴が多いからな。


「依頼の内容は……」

「ちょっと待ちなねぇちゃん!」


 話し出すシルフィと名乗った美人さんの声を、品の無い男の野太い大声が遮る。


「うるせぇな。酒にお前の唾が飛んで入ったらどうするんだよ、ギラン」

「黙ってやがれ! お前にゃ話してねぇ!」


 俺とシルフィの会話に割って入ってきた、斧を背中に背負った体格の良い冒険者ギランは、先程の大声に負けない声量で俺に怒声を浴びせてくる。

 こいつ、声量を調整するとこがぶっ壊れてんじゃないのか?


「よぉねぇちゃん! そんなソロのはみ出し者を雇うくらいなら俺を雇った方がよっぽど役に立つぜ!」


 何やら喚いているギラン、俺は意に介さず、少し温くなってしまったエールを口にしながら様子を見る。

 普通の冒険者ならこんな風に言われたら怒るところだが、別段言ってる事は間違っちゃいないんで、そのまま喚かせておく。はみ出し者かどうかは別としても、ソロなのは事実だしなぁ。ギランの方が役立つかは解らないが、こいつもこれでB級冒険者だからそれなりの実力はあるし。


「ごめんなさいね。私はアルスさんに用があって、貴方には無いの。売り込んでくれるのはありがたいけど要らないわ」


 おー、この美人さん言うねぇ。


「そんな事言わねぇで仲良くしようぜ! なぁ!」


 多少頬を引き攣らせながらも、愛想笑いと誰が見ても解るような笑顔を浮かべて、シルフィに触れようと手を出すギラン。

 そういやこいつ女好きだったっけ。単純にシルフィが美人だから絡んできたって感じかな。


「悪い事は言わねぇから俺にしときおわっ!?」


ドタンッ!


 ギランの言葉が終わる前に奴の身体が宙を舞い、大きな音と共に仰向けになった状態でギルドの床に叩きつけられる。

 見ればギランが出した手が、天地逆になった状態でシルフィに掴まれている。そのシルフィはというと無表情でギランを睨みつけている。

 それにしても、彼女の綺麗な黒髪が少しふわっと浮いていたところを見ると。


「風か」

「えぇ」


 俺がぼそっと呟いた言葉に相槌を打つシルフィ。


 普通ならギランが投げられたと思うところだが、彼女は椅子に座ったままだ。この状態じゃさすがに余程の達人じゃないと人を投げるなんて芸当は出来ない。ましてや体格の良いギランをだ。

 となれば答えは一つ。風の魔法を使ったという事だろう。ギランの周囲の空気を動かしてすっころばせたってところかね。


 本来ならギルド内で魔法やスキルを用いた荒事はご法度なんだが、まぁこれくらいの騒ぎなら日常茶飯事でもあるし、今もって様子をうかがっていたギルド職員が何も言ってこないって事は、今回はお咎め無しってところだろうな。

 まぁ、そもそもギランが変に絡んできたのが発端だしな。

 ちなみに、この前俺が雇われた新人冒険者組のソマリア辺りだと初歩の球系の魔法しか使えないだろうけど、熟練の魔法使いともなればこのくらいの事は普通に出来たりする。


「……それで、どうかしら。貴方を雇いたいって話」


 掴んでいたギランの手を離し、まるで何事も無かったかのように話を続けるシルフィ。

 ギランは今ので気を失っちまったし、シルフィとギランの今のやり取りを見ていたからか、もうこの場に難癖をつけてくる奴も居ない。

 にしても、油断していたからだろうとは言え情けない奴。


「討伐対象によるな。何を狙ってるんだ?」

「これよ」


 シルフィが一枚の依頼書を俺に差し出す。

 依頼受諾のハンコは押されていない……って事は、俺を雇って受注するつもりだったのかな?彼女の方も見る限り一人っぽいし。

 そんな事を考えながら、俺はその依頼書を手に取り内容を確認する。どれどれ……


「……はっ?」


 思わず変な声を上げる。いや、お前、これは……


「水龍だと?」

「そうよ、水龍討伐。お願いできるかしら」


 聞き返す俺に、シルフィは平然と答えた。

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