第七話 二つのお弁当って、なに?

 翌日、私は教室で大いに迷っていた。


 自分の席の上に広げられた荷物。

 手元には、二人分のお弁当。


 人間の女子と比べ、私の食事量は当然多い。

 しかし、それは人目に付かないところでの話であり、つまり学校で大食漢たいしょくかんの姿を見せることはない。

 これまでも、今後もだ。

 けれど目の前には、実問題としてお弁当箱が二つある。


 ……梁井くんのために作った代物だった。


 解っている、これはらしくない。

 如何に彼が怪獣へ理解があるからと言って、このように餌付えづけしようと考えるのは、その人格を踏みにじる行為である。

 餌付けの結果として心情を聞き出そうなど、度し難い振る舞いだ。


 ……本当か?

 そんな小難しい理由で作ったのか、私は?


 否定。

 ただただ、今朝、衝動的に用意してしまった。

 彼と話す切っ掛けが欲しくて。

 怪獣について、語り合いたくて。


 実のところ、梁井くんとはヒーローショー以来顔を合わせていない。

 純粋にスケジュールが合わなかっただけなのだが、延び延びにしていた結果、改めて連絡するのがなにか酷く気恥ずかしくなってしまったのだ。


 恥ずかしい? 怪獣が?

 理性はそう驚愕しているが、事実なので受け容れるしかない。


 建前としては、前々から言っているとおり、学校で彼に接触するのはまずいというのがある。

 怪獣オタクと格付け姫では、私の立場以上に彼の今後が危うい。

 であるなら、放課後に土蔵へ誘うのが正解なのだけれど……それではお弁当の意味がない。


 はっきり言って詰んでいる。

 前提からしてなにもかもが間違っている愚行を、自分が行ったらしいといまになって痛感してきた。


「なにしてるのさ、姫ー」


 頭を抱えていると、陽気な声が降ってきた。

 見上げれば、靖子の顔。

 ハッと隠すようにお弁当箱を両腕で覆うが、時既に遅し。

 靖子が喜色満面の笑みを浮かべる。


「あれれー? ひょっとして、彼くんへのお弁当ー?」

「違います。今日はおなかが減ったのでたくさん作っただけです」

「いじらしいなー。ちょっと羨ましいかったり?」

「だから、違うと」


 反論しようとしたところで、「秕海さん、ご飯行こうよー!」と学友達から声がかかった。

 普段ならそのまま食事に行く。


 学友達の話は、実のところ興味深い。

 人間社会を生きていく上で必要なコミュニケーションを得られるし、女子という感性について触れるとき、私には学びや一定の感動が生まれる。

 つまりは環境への適応。

 だから、一緒にご飯を食べるというのは必要なことだ。


 問題は、いま手元にあるお弁当で……。

 などと考えていた時間は一秒にも満たない。

 にもかかわらず、靖子は勝手に答えていた。


「ごめんねー、姫と先約があってさー、今日はあたしに譲ってよー」


 お飾りのような私とは違う、正しい意味で学校の中心に座している靖子の言葉だ。

 学友達は誰ひとり疑問に思わなかったらしく、


「そっか、じゃあ明日ね」


 と去って行く。

 精々目敏めざとい一人が、「貸しひとつってことでいい?」と靖子に確認するぐらいだ。


 唖然としていると、靖子が顔を寄せてきて、耳元でこう囁かれる。


「とっておきの場所を紹介してあげよー、鍵付きでね。だから、彼くんと行っておいでー」


 そうして数分後。

 私たちは南一ツ星高校の屋上にいたのだ。


 秕海乙女と、なにも解っていない様子の梁井玲司が。

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