第二話 特撮にNGなしって、なに?

「先輩は、たぶん寂しそうな人を放っておけないんだと思う」


 ショーの準備中、幼稚園の職員さんと話し合うということで実相寺が席を外したタイミングで、梁井くんはそんなことを呟いた。

 寂しい?


「孤独な相手、というべきか。とにかく、ひとりになってしまっているやつが気になって仕方がないんだよ」


 だから、家へ帰られない児童たちのために、こんなショーを開くのだろうと彼は推測を述べる。


「秕海や、ぼくのこともそうだ」

「私はともかく、君の?」

「うん。怪獣好きは、永崎だからこそちょっとばかし浮く。見捨てられなかったんだと思う。話してて、そう思った」


 ……梁井くんの考えを否定するつもりはない。

 思えば、初めて実相寺を見たときも、彼は猫を助けた帰りだと言っていた。

 ヒーロー。

 これに憧れた人間は、他者を助けるために振る舞うものなのだろう。


 では、怪獣はどうか。

 怪獣に憧れた梁井玲司は。

 そして、それそのものである私は。


「さあ、二人とも。開幕の刻だ!」


 考える時間はさほどなかった。

 用事を済ませて返ってきた実相寺が、開演を告げる。

 ヒーローショーが、はじまった。



§§



 ――大勢の前でスーツを着るのは、今回が初めてである。


 だから緊張するかもしれない。

 我を忘れてしまうかもしれない。

 衝動に屈服してしまうかもしれない。


 そんな無数の杞憂きゆうは。

 会場に入った瞬間、吹き飛んだ。


「怪獣だー!」

「大きなかいじゅー」

「黒い!」

「ぷらてぃがーだ」


 わっと浴びせられたのはこども達の素直な感想。

 なかでも最前列、三つ編みを左右に一つずつ作った幼女が、極めて真面目な顔で訴える。


「ちがうよ、ぜんぜんちがう。あれはプラティガー二代目。進治郎ちゃんがそういってたもん!」


 どうやら、彼女が先輩の姪っ子さんらしい。

 二代目。

 いい響きだ。

 ふるい立った心のままに、私はスーツの口を開放。

 雄叫びを上げる。


『ギャゴォオオオオオオオオ!』


 ズシンと床を踏みしめ、ダンボール製の街を、手前から奥へと向かって破壊し進む。


「ほんものみたい……」


 姪っ子さんの言葉ににじんでいた色は、恐怖だったのか、それとも別物だったのか。

 分析する暇もなく、『永崎の街が大変だ! さあ、みんな。大きな声でヒーローを呼ぼう!』と、梁井くんのナレーションが入る。

 こども達が振り絞るような大声で、その名を呼んだ。


「たすけて――シルバーエックス!」

『イールロォォォォイッ!』


 間髪を置かず、上手かみてから飛び出してきたのは、銀色のなにかだった。

 全身をぴっちりとしたウエットスーツのようなもので覆い、顔には般若のような造形の仮面をつけている。

 関節や肩、胸元には十字をかたどったプロテクターがつけられており、キラキラと輝いていた。


 シルバーエックス、この子達のヒーロー。


 それは東南アジアに源流がありそうシラッドのよう武術的構えファイティングポーズを取った。

 左右に身体を動かして間合いを計るたび、両肩のアーマーが揺れる。

 この揺れるというのが先輩のこだわりらしいのだが、私にはいまいちピンとこない。


『イロロォォイ!』


 シルバーエックスが威嚇の咆哮を上げ。

 次の瞬間、高層ビルに見立てられた脚立きゃたつ――プロレスでいうコーナーポストだ――によじ登り、ジャンプ!

 勢いのままこちらへ膝蹴りを叩き込んでくる。


 といっても、実相寺先輩は私が怪獣だとは知らない。

 だから自身のフィジカルを余すことなく使って、当たる寸前で全ての威力を消してみせる。

 演じることの重要性を改めて確認しながら、私はこれを受け止め、後退。

 電柱へと押しつけられる。

 こっちは仕切りのロープと言ったところか。


 時にチョップを食らい、時にキックをいなし。

 数合すうごうの攻防を経て、シルバーエックスが後退。

 そのままロープで反動を利用して、再突進。


 交錯こうさく

 この時点で、お互いの立ち位置が逆転している。

 打ち合わせ通りだ。


 振り返りざま、尻尾を大きく振って巨人を吹き飛ばす。

 ビルへと突っ込んだシルバーエックスは、しかし強靱きょうじんな体幹を使ってバネのように跳ね起き、ネバーギブアップの精神で挑みかかってきた。

 これを私は加減しながら突き飛ば――そうとして、違和感に気を取られる。

 なんだ、なにか奇妙な匂いがする……?


「ルロォオオオイ!?」


 吹き飛んでいく先輩。

 今度こそ地に伏し、藻掻もがき苦しむシルバーエックス。

 表現者として勉強になる、迫真の演技だ。


「たてー!」

「えっくすー!」

「まけるなー!」


 こども達の声援を受け、立ち上がろうと床に手をつく先輩。

 私はとどめを刺す演技をするべく、ゆっくりと間を詰めようとして――今度こそ自分に起きている異常を理解した。


 スーツの中が、焦げ臭いのだ。

 視界拡張用のゴーグルをつけているので内部の様子は解らない。

 ただ、鋭敏な嗅覚は、なにかがスーツの中でくすぶっていることを断定する。

 私は演技を止めずに、けれど小声でインカムへと訴えた。


「梁井くん、煙が出てる」

『なんだって?』


 一秒に満たない間。

 即座に折り返しの通信が入る。


『確認した。表情を作るためのモーター……というかティガーライトが焼き付き始めている。このままだと煙がスーツの外へ漏れる』

「どうすればいい? このまま先輩に逆転されて」

『……取り込み中すまないが、こちらもトラブル発生だ』


 倒れている先輩からも同じように通信が来た。

 けれどその声は呻くような色を帯びており。


『先ほど倒れたとき、受け身を取り損ねた。腰を強打して下半身に力が入らない。三十秒……いや、復活まで一分捻出ねんしゅつしてくれ』


 そんなことを言われても、これ以上ビルを壊したところで場を繋ぐことはできない。

 不自然すぎる。

 それよりも腰を強打とは……私がやり過ぎてしまったと言うことか?


「先輩」

『違うぞ乙女ちゃん、俺が仕損しそんじたのだ』

「……原因として発言します。ショーを中止しましょう。火災沙汰となれば、先輩の今後が危うい」


 この人物は既に大学への進学が内定している。

 慈善事業でトラブルが起きて、それが取り消しになるなど、あってはならない理不尽だ。

 だったら、こども達に失望されるとしても、ここでショーを打ち切った方が。


『駄目だっ』


 身をよじるシルバーエックス。

 銀色の巨人が。

 ただの仮面でしかないはずの顔が。

 必死な表情を浮かべ、こちらへと手を伸ばす。


『そんなもの、ヒーローの在り方ではないっ』


 だったらどうする? どうすれば。

 足踏みしているのも限界だ。

 煙は数十秒後には漏れ出す。

 責任を、どうすれば取れる? 私は、どうすれば……。


『諦めるな』


 迷う私の鼓膜を。

 梁井くんの言葉が揺らした。


『特撮にNGなしだ!』


 え?


『だから、ぼくが行く』

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