第14話 記念と思い出

 まだ行っていないエリアを見て回っている間に、当初の退館予定であった17時をいつの間にか過ぎていた。

 もう回っていない場所はないんじゃないかと思えるほど水族館を満喫した俺たちは、最後にお土産屋さんに寄っていく。


 広い店内には多種多様なグッズが並んでいる。


「……奈々には食べ物でも渡しておけばいいか」」


 本人が聞いたら飛びかかってきそうなことを考えつつ、俺は妹へのお土産を選ぶ。


 キーホルダーやぬいぐるみ、フィギュアなんかも選択しに入ったが、奈々の部屋のことを考えると要らないだろう。

 アニメグッズで十分だからな。


 うん。やっぱり消費できる食べ物に限るな。


 食品コーナーへ移動しようとした時、グッズが展示された棚を真剣に見つめる安城さんが視界に入った。


 歩み寄ってみると、彼女はマグカップのペアセットを見つめているようだ。


「それにするのか?」


「……悩んでいます。欲しいんですけど、んぅ……でも……」


 曖昧な反応だが、値札を見て納得する。

 3500円。

 値段自体は妥当なものだが、キーホルダーやちょっとしたお菓子なんかが1000円ほどで買えることを考えるとそれなりに高価だ。


 特に高校生の財布には重たい。


「マグカップなら単体でも売ってるみたいだけど」


 そう言って、俺は隣の棚を指差す。

 こちらはマグカップが一つで1500円。

 安城さんの予算はわからないが、わざわざペアセットを買うよりはいいだろう。


 だが、俺の指摘に安城さんはおずおずとペアセットを手に取った。


「この絵柄、ペアセットにしかないみたいなんです……」


 言われてセットの絵柄を確認する。

 一つはイルカとペンギンが描かれたもの。

 そしてもう一つにはクラゲとオオサンショウウオが描かれていた。


 それを見て俺はすぐに納得する。


「本当だ、オオサンショウウオノマグカップはないな」


 一応この水族館の売りの一つのはずで、他のグッズでは色んな展開がされているのに、マグカップではペアセットにしか描かれていない。

 そういう販売戦略とかなんだろうか。


「ちなみに安城さんの予算はどれぐらい?」


「1000円ぐらいです。……来月の分も先にもらっているので、全部使えば買えますけど……」


 五月の分の小遣いに手を出せば、それだけ来月が厳しくなる。

 それらのリスクを天秤にかけていたんだろう。


 一瞬、足りない分を出してあげようかと言いかけてやめた。

 安城さんは妹ではない。妹の彼女、というかまあ対外的には友だちだ。

 そんな彼女に貢ぐみたいな真似をするとややこしいことになるし、安城さん自身も困るだろう。


 考えた末、俺は一つの打開策を思いついた。


「じゃあさ、こうしないか? 俺もマグカップが欲しかったし、ペアセットを一緒に出し合って、一個ずつ持ち帰るってのは」


「っ、いいんですか……!」


「もちろん。安城さんがよければ」


「ぜぜ、是非お願いしますっ」


 勢いよく頭を下げてくる安城さんに苦笑する。


(そんなに欲しかったんだな。まああれだけ悩んでたぐらいだし。何にせよ、喜んでくれてよかった)





 そんなこんなで銘々にお土産を買い終え、いよいよ退館しようと出口へ向かうと、その近くで人の列ができていた。


「何かやっているんですかね?」


 安城さんも気になったようだ。

 そばに近付くと、列の整理を行っていた女性スタッフが声をかけてくる。


「当水族館をご来館いただいた記念写真の撮影を当館スタッフが行っております。よろしければいかがですか?」


「記念写真……」


 スタッフの言葉に合わせて安城さんが反芻する。

 よく見ると、奥のコーナーで海の生き物のぬいぐるみを手に、写真撮影が行われていた。

 そしてそのすぐ隣では撮影した写真が現像され、フレームに入れられていた。


 家族連れはもちろん、カップルらしき男女にも人気なようで、列はそういう人たちで賑わっている。


 まあ俺たちは別にいらないか。

 そう思ってスタッフに「大丈夫です」と言いかけたとき、突然服の裾をくいと摘ままれた。


「安城さん?」


「あの、……と、と………」


「うん?」


 安城さんの言葉を待つが、その次の言葉が中々出てこない。

 さっきも似たようなことがあったな。


 困惑していると、女性スタッフがにこにことした笑顔と共に告げた。


「はい、お二人ですね。列の最後尾にお並びくださ~い」


「え、ちょっ」


 スタッフに背中を押される形で俺たちはなし崩し的に列に並ぶことになった。

 隣を見ると安城さんはすっかり俯いている。


「えと、今からでも出る?」


「い、いえ、あの、折角なので……こ、このまま……」


 まあ確かに、見たところフォトスタンドを買わなければただで貰えるみたいだし、スタッフの人の厚意を無下にしてまで断る必要もないか。


「そうだね。じゃあ撮っていこうか」


 そう言うと、安城さんはこくこくと激しく頷き、どこかへ向けてお辞儀をしていた。




 いよいよ俺たちの順番になり、撮影スペースに入る。


「こちらからお好きなぬいぐるみをお取りください」


 スタッフの人の声かけに従って、俺は無難にペンギンのぬいぐるみを、そして安城さんは案の定オオサンショウウオのぬいぐるみを手に取った。


 そうして海底をイメージした背景の前に立つ。

 正面にはカメラマンが三脚の上のカメラを覗き込み、俺たちに指示をしてくる。


「はーい、もうちょっと寄って、はいはい、もうちょっともうちょっと」


 言われて、俺と安城さんは距離を詰める。

 カメラマンが手をちょこちょこと動かして際限なく催促してくるものだから、最初俺たちの間にあった人一人分の空間はほとんどなくなっていた。


 そうして、ちょこんと。

 安城さんの肩が俺の腕に当たった。


「ぁ、ご、ごめんなさいっ」


「いや大丈夫だよ。ほら、近付けって言われてるし」


 そう言って、俺は離れようとした安城さんに近付く。

 すると、カメラマンはようやく満足したらしく、「はーい、そのままそのまま、笑顔で~」と新たな指示を飛ばしてくる。


 俺は笑顔を浮かべつつ、ぬいぐるみを正面に持つ。


 次に並んでいる人もいるからな。

 スムーズに終わらせたい。


「っと、君、顔を上げて。そう、彼女さん。君だよ」


 カメラマンの言葉に隣で安城さんがびくりと跳ねたのがわかった。

 心配になって視線を向けると、安城さんはぬいぐるみを顔の前に持ってきて俯いている。


「安城さん、大丈夫?」


「っ、は、はは、はいっ!」


 俺が訊ねると、安城さんはがばっと顔を上げてカメラの方を向いた。……というか、睨み付けた。

 カメラマンも苦笑いをしている。


「はい、チーズ」


 パシャリとカメラのシャッターが切られた。


「お疲れ様でした-。こちらでお待ちください」


 ぬいぐるみを返却して、スタッフの案内に従う。

 その間、安城さんは顔を真っ赤にして俯いていた。


 少し待って、現像された写真が入ったフレームを渡される。


「1000円でもう一枚ご購入いただけますが、どうされますか?」


 渡されたフレームは一枚だけ。

 よく見ていなかったが、無料で貰えるのは一枚だけだらしい。

 そりゃそうか。


「いえ、大丈夫です」


 写真を買って帰ったら妹に余計な誤解をされて極刑に処されかねない。

 俺がそう答えると、スタッフの人は残念そうにスペースに戻っていった。


 さて問題は無料でもらったこの写真だが。


 俺はフレームの入った袋を掲げて安城さんに尋ねる。


「成り行きで貰っちゃったけど、安城さん、いる?」


「いいんですか……?」


「うん、もちろん。要らないなら俺が持ち帰るけど」


「いえっ、要ります!」


「おおぅ、ならどうぞ」


 俺とのツーショット写真をもらっても困るかなと思ったが、なんだかんだで安城さんは思い出を大事にするタイプらしい。

 袋を受け取って、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


「あ、ちょっと写真だけ見てもいい?」


「は、はいっ」


 邪魔にならないよう壁際に寄って、袋から写真を取り出す。


 写真には、当たり前だが俺と安城さんが映っていた。

 ペンギンと俺、似合わないな。

 そんな俺に反して、安城さんとオオサンショウウオはとても可愛らしい取り合わせだ。


「ぁ、あの、後でこの写真、スマホで撮って送りますねっ」


「うん、ありがとう」


 写真を眺めていると、安城さんに誤解されてしまったらしい。

 ただまあ断るものでもないので俺は素直に受け入れた。


「それじゃあ、帰ろうか」


 写真を仕舞った安城さんにそう告げると、彼女は寂しそうな笑顔を浮かべて頷いた。


「はいっ」

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