ハイエルフと世界樹

 ペット……?

 確かにエルミナの姿はかなり小柄で見方によってはペット枠に見えるかもしれない。


 そもそも外にいる普通のエルフなのだから最難関ダンジョンにいる面々のようにとんでもない能力は持っていないだろうしな。



「そうだな。丁重にもてなしてやれ」

「はっ、ではこちらはどうぞ」



 エルミナはルシフェルに連れて行かれる。

 これでようやく一人になることができた。

 そこで何か忘れているような気がした。



「気のせいか?」



 思い出そうとしても、何も思い出せない。おそらくは、俺にとってはあまり大切ではないことなのだろう。


 そんなことを思っていると、力強く扉が開く。



「ひどいですよ、マオー様!? ボクのこと忘れてたよね?」



 そういえば、エルミナにかまってばっかりで、ルルカのことをすっかり忘れていた。



「そ、そんなことないぞ。頭の片隅ぐらいには覚えている」

「ぼ、ボクのことを頭いっぱい考えているんだ」

「片隅だぞ。片隅」



 しかし、ルカは嫌な事は一切聞こうとしない。



「それよりも畑のほうはどうなった?」

「しっかり収穫してきたよ。食堂へ運んでおきましたので、後で確認をしてね」



 どうやら、先程の触手のようなツルは趣味か何かで、ちゃんと食べ物を作ろうとすればできるようだった。



「助かったぞ。よくやった」

「お礼はボクのことを抱きしめてくれるだけでいいからね」



 両手を広げて抱きつこうとする仕草を取るルルカ。

 でも、なんだか彼のことがよくわかってきた気がしてきた。

 おそらく、これは彼の照れ隠しなのだろう。


 本当ならお礼は要らないというところだが、それだと相手に気を使わせてしまうかもしれない。

 それでなんて言う事は無い。ただ抱きつくだけをお礼にすると言っているのだ。


 事情がわかった俺はため息まじりに言う。



「その程度のことで良いのか?」

「もっとすごいことを頼んじゃっても良いの? それじゃあそれじゃあ、例えばその……、キス、とか?」



 どうやら先程の俺の考えは間違っていたようだ。


 ルルカはどこまで行ってもルルカで、その行動は、本能に付き従っているものばかりだった。



「馬鹿なことを言ってないで、さっさと行くぞ」

「あれっ? お礼は? ま、待って、マオー様ー」



 俺はルルカを置いて先に自室へと戻っていった。




        ◇ ◇ ◇




 その日の夜、俺が部屋でくつろいでいると扉がノックされる。



「あの、マオ様? お時間よろしいですか?」

「構わないぞ。何かあったのか?」



 部屋に入ってくるエルミナ。

 ただ、その服装を見て俺は驚く。


 かなり薄手で、スケスケのまるで娼婦が着るような服装だった。



「ちょっ!? ど、どういうことだ!? まさかルシフェルがその服装を用意したのか?」

「あっ、はい。この格好でマオ様を丁重にもてなしてくれ、と言われましたです」



 ルシフェル、もてなすの意味が違うぞ!


 思わずため息を吐きたくなるのぐっと堪える。



「エルミナもその話を受けたわけだ」

「その、どうしてもマオ様に聞いていただきたいことがありまして」



 エルミナの表情は真剣そのものだった。


 夜にわざわざ何をされるかわからないような男の部屋に行くくらいだからな。

 相当切羽詰まっているのあろう。


 そのくらいの事は俺にも想像がついた。



「……わかった、聞こう。何か飲み物を用意させるか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございますです」



 椅子はまだないのでその場に座るように促すとエルミナは自然と俺の隣に座っていた。



「あの……、マオ様にお願いがあるのです」



 言いにくそうに何度も声を詰まらせながらやっとの事で言葉にする。



「わ、私もここに住まわせて欲しいのです!?」

「こ、この小屋にか?」



 さすがにいきなり同居したいと言われて俺は困惑する。

 するとエルミナも自分の言ったことに気づき、慌てて訂正する。



「ち、違います。この山に住まわせて欲しいってことなのです」



 あぁ、そういうことか。



「なんだ、そんなことか。別に構わないぞ?」

「ですよね。いきなりこんなお願いをして図々しいですよね。……っていいのです?」

「さすがに広大な山だからな。別に一人で占有しようとは思ってないぞ?」

「そ、それじゃあ、この苗木を植えたりなんかしても?」



 エルミナがどこから取りだしたのか、小さな苗木を見せてくる。

 別に山の中なのだから木が一本くらい増えても訳がない。

 それをわざわざ聞いてくると言うことはよほど大切なものなのだろう。



「思い出の品、ということか」

「……はいなのです」

「それならただ植えるだけじゃダメじゃないか? 明日にでもルルカに相談してどこがよく育つか調べてみよう」

「い、いいのです!?」

「もちろんだ」



 断る理由がまるでないので頷くとエルミナは嬉しそうに俺に抱きついてくる。



「ありがとうなのです! まさかマオ様の庇護下に入れるなんて思わなかったのです」



 できれば離れて欲しかったが、目から涙を流していたエルミナを無理やり引き離すことは躊躇われた。


 結局エルミナが泣き止むまで俺は彼女に胸を貸すのだった――。

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