畑作り

 ルルカは気絶してしまったので、俺は一人で畑予定地を訪れていた。

 もちろん鍬はないので代わりに雷神の斧、ラブリュスを持ってきていた。


 一振りすれば雷が巻き起こる最強の斧なのだが、残念ながら俺の力では碌に振り回すことはできない。

 とはいえ、軽く刃が触れただけで木を簡単に倒せるほどの威力を発揮してくれるので、なんとか斧としての体裁は保っていた。


 腰が引けた状態で持ち上げた後に自然落下を利用して地面を掘る。

 そして、雷が落ちる。


 これを続けて見た目畑状の焼けた土が出来上がった。



「焼畑農業か!?」



 焼いたというよりは痺れさせたので、痺畑農業になるのかもしれないが、同じ効果を得られるかもしれない。


 ただ問題はラブリュスの効果が想像以上にあるようでまだ少し電気が走ってるようだ。


 手を近づけると静電気のようにピリッとする。


 それはまるで畑というよりもダンジョンでよくある罠だった。

 するとそこへルルカがやってくる。



「もう、マオー様ったら。いくらボクがかわいいからって昇天させるほど美味しい料理を食べさせてくれるなんて」

「むしろ毒味だが?」

「またまたー。そんなに照れなくていいのですよ」



 ぐいぐいとくるルルカを適当にあしらいながら俺は先ほど作った畑を眺めていた。



「さすがマオー様。すごく凶暴な罠を作ったんだね。生かさず殺さずに敵を弱らせる罠なんてボクには作れないよ」



 今の言葉は果たして褒めているのだろうか?

 むしろ俺には「ルルカなら敵を一撃で仕留めちゃうのに」と笑われた気持ちになった。


 それにそもそもこれは畑なんだが?


 俺がジト目を向けているとルルカは慌てた様子を見せてくる。



「も、もしかして罠じゃなかったの? じ、じゃあなんだろう……。えっと、あ、あれだ! 肩こり腰痛に効くっていう……」

「そんなわけないだろ!? どこからどう見ても畑を作ろうとしていたんだ」

「畑?」



 ルルカはジッと俺が作った畑を眺める。

 必死に首を傾げながら眺める。


 その時間はまるで処刑を待つかのごとく、地獄のような時間であった。

 土の専門家であるノーム。その中で最たる力を持つルルカがどう言ってくるのか。


 ただ考え込んでもわからない様子で、実際に電気を帯びた畑に触れていた。



「しびびびっ……」



 あっさり感電してその場に倒れるルルカ。

 見たら感電することくらいわかりそうなものなのにあまりにも堂々とした痺れっぷりに、俺は口を全く挟めなかった。


 そこで俺はルルカに関するとある事を思い出していた。


 魔王軍四天王の一人、ノームのルルカは極端に状態異常に弱い。

 それこそがルルカが四天王最弱と言われる所以でもあった。


 能力だけなら他の四天王に勝るとも劣らないのに……。


 畑のど真ん中で眠るルルカ。

 さすがにどうしたものか……。


 助けようと思ってもどうすることもできずに結局そのままルルカが起きるまで放置することしかできなかった。




        ◇ ◆ ◇




 マオラスが住む山からもっとも近い街であるライフィルの街。

 綺麗に舗装された道なりと整備された建物を見るだけでこの街の領主はかなりのやり手ということがわかるほどだった。


 行き交う人には笑顔が溢れ、困っている人の姿は見えない。

 ただあくまでもそう見せているだけ、という側面もある。


 普通にしていては見ることがまずない路地裏。

 そこに何でも屋である冒険者ギルドが存在していた。


 世界中の至る所を冒険して好きな生活を送る自由人、といえば聞こえはいいのだが、結局はそういった有能な人材は王都の冒険者ギルドへと行ってしまう。


 辺境地のギルドにいるのは食いっぱぐれているにも関わらず仕事もろくにしないただのごろつきだけである。

 そんな彼らがヒソヒソとギルドの隅で話し合っていた。



「おい、本当なのか!? あの凶悪すぎて誰も入れなかったダンジョンが売りに出されているって?」

「そんな馬鹿な話があるのか!? 今までダンジョンなんて売りに出されたことは……」

「それも聞いてきた。元々個人の土地だった場所にダンジョンができたら所有権はその個人のままらしい」

「つまりあの恐ろしいダンジョンも誰かが所有してたってことか?」

「そういうことになるな」



 恐ろしい話のように思えて冒険者たちは青ざめた表情をする。



「そ、それでそのダンジョンが売りに出されていたからといって何をするんだ?」

「決まっている。俺たちでそのダンジョン、買わないか?」

「なに馬鹿な事を言ってるんだ? 元が取れなくて売られているんだろう? そんなところを買っても金の無駄だ。それにあのダンジョンは魔物が強すぎて俺たちじゃ敵わないだろ?」



 すると男は突然笑い出した。



「それはあくまでも普通にダンジョンを攻略しようとした場合の話だ。俺たちのものとなるなら全く違う攻略方法がある。時間も金もかかる方法だけどな」

「……どうするんだ?」

「おっと、ここから先は俺の力になると言った奴だけだ」

「ちっ、良い性格をしてやがるな。わかったよ、お前の作戦とやらに乗ってやる」

「へへっ、お前ならそう言ってくれると信じてたぞ」

「それよりも続きを聞かせろ」

「簡単なことだ。ダンジョンの中には魔物がいるから自由に動き回れない。せっかくたくさんの宝があるのに。違うか?」

「そうだな。魔物がいなければ宝が取り放題になるな」

「それならダンジョンそのものを攻めればいいんだ」



 男はダンジョン近くの地図を広げてみせる。



「ここに川があるだろ? そこから水を引っ張ってダンジョンの中へ流れ込むようにする。ダンジョンごと沈めてしまえば魔物たちも息ができなくなってあっさり死ぬわけだ」

「……待て。そうなると中に入っている冒険者なんかはどうなる?」

「だからこその購入だ。俺たち以外に入れないように制限するんだ。それで魔物を一掃したあとでゆっくり宝を回収。ダンジョンは自動で宝が復活するわけだからうまくいけば宝の取り放題だ」



 男の言葉に周りから歓声が上がる。

 成功すれば瞬く間に大金持ちの作戦だ。

 これに乗っておいて良かったと思わされる。



「でも、土地を買うのなんてかなりの高額にならないか?」

「問題ない。なぜか超格安で販売されてたんだ」



 正直男一人でも稼げそうなほどの額である。

 ただ失敗のリスクを分散させられるならそれに超したことはなかった。



「どうだ? 作戦に乗って良かっただろ?」

「あんた、すげぇよ。これなら買い付けた方がよさそうだ」



 ただ、男たちは見落としていたことがある。

 あくまでも販売資料には『ダンジョン』ではなくて『洞窟』として書かれていたことに。


 既に最難関ダンジョンから切り離されたそこは宝はおろか魔物一匹いないただの空間になっていた。

 しかし、そのことに男たちが気づくのは実際にダンジョンを水没させて、その水が引いたあとのことだった――。

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