勇者と魔王

「騒がしいやつですまんな。迷惑をかけた」

「……大丈夫。それより魔王城のこと聞かせて」

「実は俺も詳しいことは分かっていないけどな。突然目の前で爆発したから」



 目の前で起こったことを説明したもののミーナは半信半疑であった

 俺自身も目の前で起こったことを信じられないのだから当然と言えば当然である



「でもあの城、本当に魔王城なのか?」

「……どういうこと」

「魔王……というと災禍の魔王のことだろう? それなら地下にある最難関ダンジョンに住んでいるという噂だったが――」



 実際には噂ではなく本当に住んでいたのだが、ミーナは想像以上にその話に食いついてくる。



「……詳しく教えて」

「――どうしてそんな危険なところに行こうとしているんだ? まずはそれを教えてくれないか?」

「……それは私が勇者だから」

「えっ?」



 一瞬聞き違えたのかと思い、聞き返してしまう。


 勇者といえばゲーム主人公だった。

 確かに決まった名前もなく自分で入力するスタイルだし、性別も選択できる。

 決まったイラストのカットはないのは自己投影しやすくするためだろうが、そのせいでドット絵しか存在しないキャラでもあった。

 ただ、ミーナはおそらく俺と同等かそれ以下の能力しか持っていない。

 こんなにも弱そうに見えるのに勇者と言われても信用できない。


 ただ、それが本当だった場合、俺からすれば完全に天敵である。

 ここは早々にお帰りいただくのがベストだろう。



「よかったら魔王がいたという場所まで送ろうか?」

「……いいの?」

「そのくらい構わないぞ。転移魔法が使えるルシフェルがいるから一瞬だしな。ただ、一方通行で帰りは自分で帰ってきてもらう必要があるがそれでいいか?」

「……コクッ」



 ミーナは頷いてみせる。

 さすがにどことも知れない地下ダンジョンの入り口へ送り飛ばしたあと、再びここへ戻ってくることはないだろう。


 ミーナが頷いてくれたのを見て、俺自身もホッとしていた。



「わかった。なら準備をしておいてくれ。ルシフェルを呼んでくる」

「……ルシフェル?」



 ミーナはその名前に違和感を覚えていたようだが、それを気にすることなく俺は小屋を作っていたルシフェルに声を掛ける。



「どうかされましたか、マオ様」

「実はあいつをあの最難関ダンジョンまで転移させて欲しいんだ」

「よろしいのですか? いえ、確かに妃になられる以上、それも必要なことかもしれませんね。かしこまりました、早々に転移させていただきます」



 ルシフェルが自己完結したあと、ミーナを最難関ダンジョンまで転移させる。


 俺程度の能力しか持たない相手を最難関ダンジョンへ転移させるのは少し心苦しいのだが、彼の地が危険だったのは昔のこと。


 既に売却し終えた今は誰も住んでいない販売中の土地である。

 さすがに危険はないと思うものの、少しだけ不安になる。


 でも相手は勇者で俺の宿敵……。

 むしろここで何かあって命を落としてもらった方が……。


 いやいや、そんな物騒な考えはなしだ。

 俺は平温に暮らすのだから。

 危険とは無縁な生活を――。



「……ありがとう」



 ミーナがお礼を言ったあと、ルシフェルと共に転移していった。




       ◇ ◇ ◇




 ミーナたちが転移でいなくなったあと、俺はルシフェルが作っていた小屋の続きをしようと思い近づいた。

 ただ、ルシフェルが作り上げた小屋を見て思わず驚愕してしまった。


 ルシフェルを呼んだ際にはまだ完成していなかったはずだが、外観はすでに立派なログハウスだった。


 敢えて言うならルシフェルが読んでいた『初めてのスローライフ』に載っていた外観そのままのものではあるが。


 おそらく外観を似せて作ってくれたのだろう、と思い中に入ってみる。


 ただ、そこで再び驚かされるのだった。


 すでにただ生活するだけなら完成していると言っても過言ではない。

 バストイレ付きで3LDKの一軒家。

 照明や家具も既に設置されている。


 転生前の俺より良い家なんだが――?



「お恥ずかしいことにスローライフなる魔法をまだ扱えない私にはこれが精一杯にございました」



 精一杯どころか十分すぎるほどのできなんだけど!?



 むしろこれだと俺が作ろうとしていたのがなんなのか、と思えてくる。



「十分だ。これこそスローライフの醍醐味だからな」

「しかし、マオ様をこんな犬小屋同然の家に住まわせるなんて心苦しいのですが――」

「犬小屋……」



 確かに無数にも張り巡らされた通路や部屋があった最難関ダンジョンと比べるとかなり小柄だが一人で住むならこれでも広いほどだ。


 こんなところに一人、魔王が住んでいるなんて誰が考えるだろうか?


 そう考えると良い隠れ家になってくれる。



「そういえばこの辺りに何か獲物はいたのか? 食料も必須だしな」

「いえ、マオ様にふさわしい獲物は見つからず、身の程知らずな鳥を数羽しか捕まえることができませんでした」



 空間魔法から縛り上げた鳥を取りだしていた。



「いや、これで十分だ。早速調理するか」



 まぁ、厨房があるもののさすがに調理器具や調味料はなかった。

 だから鳥の解体にはクラウ・ソラスを使うし大味の仕上がりにしかならないだろう。


 それでもルシフェルは驚いた様子だった。



「マオ様が調理なさるのですか!?」

「……味には期待するなよ?」

「至高なるマオ様ならそこいらの料理人にも勝るとも劣らない腕をされているのでしょう。それをご謙遜なさるなんてさすがマオ様です」



 持ち上げるのも大概にして欲しい。

 独身男性の料理なんて焼いて適当に調味料を掛ける程度のものだ。



「……さすがに調味料も道具もなく、具材も鳥しかないからな。いずれちゃんとした料理は作るから今日のところが本当に我慢してくれ。せめて野菜でもあれば――」

「野菜というと畑でございますね。ここいらはあまり良い土壌ではなさそうですから土魔法で土地を回復させる必要がありますね。ですが私は土魔法の適性がありません。ですのですぐに適性を持っているものと交渉して参りますね」

「必要なことだからな。任せたぞ」



 確かに必要なことだったので安易に頷いてしまう。

 これがワナだったことに気づくのはしばらくしてからだった――。




       ◇ ◆ ◇




 隠しダンジョンの売却が決まり魔王軍が散り散りになったかと言われたら実はそうではなかった。


 売却されたのは上層の一部だけ。


 魔族たちがいた最下層は空間ごと切り離されていたのだ。


 そもそもつなげる場所は上層である必要がないためにマオラスが居たとき、そのままの状態で残っていた。


 だからこそルシフェルも宝物庫から色んな武器を取り出すことができたのだが――。


 そして、下層部分の一層を任されている四天王の一人であるノーム、ルルカは深いため息を吐いていた。



「どうして魔王様はボクたちを置いて行っちゃったのかな……」



 小柄な体格をした見た目金髪の美少女。

 緑のワンピースを着て、健康的な肌を見せていた。

 しかし、こんななりをしているがルルカは男だった。



「ううん、きっと深い考えがあってのことだよね? 魔王様のお考えをボクたち程度が推し量ろうとするなんておかしいことだもんね」



 言葉では納得しているものの悲しい気持ちがないといえば嘘になる。

 ルシフェルがやってきたのはちょうどそのタイミングだった。



「こんなところにいましたか、ルルカ」

「何の用かな? 今ボクは機嫌が悪いんだよ」



 明らかに敵意を向けるルルカ。

 四天王同士、お世辞にも仲が良いわけではない。

 彼らをまとめているのはあくまでも魔王の絶対的力だったのだ。



「それなら仕方ないですね。魔王様がルルカの手を貸して欲しいと言っていたのですが、他の方に声を掛けてみることにします」

「ちょっ!? それを早く言ってよ!? 行く行く! すぐに行くよ! あーっ……、こんな格好で魔王様に会うなんてできないよ。すぐに身支度を整えてくるから待ってて!」

「そんなこと、魔王様をお待ちさせることを考えたらどうでもいいじゃないですか」

「どうでも良くないよ! ボクにとっては死活問題なんだからね!」

「あと、魔王様は現在魔王様と呼ばれることを嫌っておられます。おそらくは魔神になる決意をされたのかと。だからルルカも呼び方には注意するようにしてください」

「えー、魔王様は魔王様なのに」

「私もそう言ったのですが、魔王様は頑なに拒絶なさいました。その結果、私は恐れながらもマオ様と呼ばせていただくことになったのです」

「そっか。魔王様はマオ様、マオ様……、うん、マオー様だね。それじゃあ、ボクは準備してくるからね!」



 ビシッと指を突きつけるとルルカは大慌てで部屋へと戻っていく。

 そして、次に出てきたのは彼が入ってから一時間が過ぎてからだった。



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