22.I3-5

「ひ、日比谷さん、それは流石に厳しいんじゃ……」


 金井崎課長が水谷を擁護する。


「すみません! 私もそこまでは……」


 土間も慌てたように言う。


「いや、土間の言う通り、私は自分の言葉には責任を持たなければならない立場だ。確かに当時はファシリテイターの犯行であると考えてはいた。だからこそのあの発言であった部分もある。しかし、それが水谷であったからと言って、許すのでは示しがつかない。私とて、本意ではないが……けじめはつけなければならない」


 そう言うと、日比谷は立ち上がり、水谷を自身が立つところへ誘導する。


「水谷……こちらへ」


「……」


 だが、水谷は動けない。


「来ないというのなら私から行こう」


 そう言うと日比谷はスタスタと水谷の元へ足を運ぶ。


「待ってください」


 そう言ったのは、意外にも俺であった。


「なんだ?」


「水谷課長を処刑するのは反対です」


「……ひ、平吉……」


 予期せぬ助け船にそれまで生気を失っていた水谷の顔が一瞬、緩む。


「なぜだ?」


「いや、正確には、水谷課長を日比谷部長が処刑するのは反対です。執行人は白川さんにすべきです」


「……」


 水谷は助け船が実は遭難船であったことを悟り、微妙な表情をしている。


「……何で私がそんな面倒なことを……」


 ちょっとお前、空気読め! 指名された白川は迷惑そうな顔をする。


「それもなぜだ?」


「なぜって忘れたんですか? 白川さんが死んだら、全滅ですよ。水谷課長が月村次長から奪ったステルスの能力は白川さんに渡すべきでしょう?」


「……確かにそうかもしれないな…… だが、この全ての元凶……極悪女のファシリテイターに殺させるのは例え合理的であっても却下だ」


 極悪女ね……


「そうですか…… であれば、希望者を募り、ジャンケンで決めましょう。水谷課長の能力が欲しい人は多いはずです。部長が独占するのは不公平です。あ、部長は殺すのが本意ではないと仰っていたので、立候補しなくて構いませんよ」


「…………」


 日比谷は何かを考えるように、しばらく沈黙した後、口を開く。


「皆も……水谷を殺すべきでないと思うか?」


「私は反対です! 助けられない時、苦しませずに……というならまだわかりますが、今回はそのケースではありません。謝罪、反省もしているようですし、このような極限状態を考慮しても情状酌量の余地があると思います」


 友沢が水谷を全面擁護する。


「わ、私は平吉さんの意見に賛成です。私がジャンケンで勝ったら平吉さんに権利を譲ります」


 早海さんが俺を援護してくれる。うれしい。


「正直、どうしたらいいかわかりませんが、私は水谷さんに命を救われたこともありました……」

「大きな心で許そうネ」


 続々と水谷擁護派が増加する。


「…………宇佐さんなどはどう思う?」


 日比谷が終始、黙っていたゲーム脳……こと宇佐さんに意見を求める。


「え……? そうですね…… どうでもいいです」


 ひどい。


「ですが、希望者を募るなら私も立候補します。ちなみに決め方はあみだくじを希望します」


 ここは予想通りであった。しかもジャンケンだと<空間察知>を有する俺が有利なことまで見透かしている。


「……わかった。皆の意見を尊重することにしよう。この場を仕切ってはいるものの、私も独裁者ではありたくないのだ……」


「……っ」


「水谷……心の広い仲間達に感謝することだ…… 処刑は行わないこととする」


「…………はい。皆さん……ありがとうございます」


 水谷はうな垂れながら感謝を口にする。俺の思惑通り、水谷の処刑は執行されないこととなった。


 ◇


 最後のインターバルも残り僅かだ。どうしてもあの人物と話をしておきたかった。メッセージでアポを取るところからだ。気が重いがやらなければならない。

 しかし、宇佐さんもそうだが、女性に自分から連絡するようになるとは思わなかった。こっちに来てから行動力だけは確実に上がった気がする。


 平吉:少し話がしたいのですがいいでしょうか?

 白川:ダメです。


 はやっ! メッセージ送信から十秒以内に返信が来る。


 そして、その内容……NGであることに、少なくはないショックを受ける。


 冷静に考えれば、普通なことであった。ショックを受けること自体がおこがましい。少し調子に乗っていたのだろうか。


 白川:ファシリテイターの立場として、話せることは何もありません。


 追撃が来る。確か、白川さんがファシリテイターであることをカミングアウトしたミーティングで日比谷部長にも同じことを言っていたなと思い返す。


 人として、あるいは女性として……じゃないという優しさなのかもしれない……と自分を慰めていると同時に一つの考えが思い付く。ファシリテイターとして……という言い回しが妙に引っかかった。


「少しだけ……足掻いてみるか……」


 自分:じゃあ、左目さんの方ならいいですか?


 送ってしまった後で、我ながら気持ち悪いと思う。


 だが、白川さんはミッション3の最後、閉じ込められた空間で、自分の能力を紹介してくれた。その中に<二重意識>というものがあったのだ。


 彼女は、右目の白川さんと左目の白川さんがいると言っていた。

 その時は、その能力の使えなさに絶望し、いきどおりすら覚えたが、ひょっとして何か意味があるのかと今更ながらに思ったのだ。


 しかし、白川さんの返信は止まる。


 うわ、やっぱり気持ち悪いだけだったわ…… 早速、やらなきゃよかったと後悔していると、ポップアップが表示される。


 白川:そうですね。それならいいですよ。



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