天の海~始まりは七夕、終わりは僕たちの日~

シドウ

第1話 ぼくが怖いと思うもの

 ぼくは今でも怖いと思うものが三つある。

 一つ目はぼくの名前だ。

 幼い頃、ある事件をきっかけにぼくは怖い人たちに追われるようになった。ぼくの名前が聞こえるたびに恐怖の感情に支配される。その時、いつもぼくは体が震えて動かなくなってしまう。

 何年も過ごしているのに、未だに名前が慣れないのだ。

 二つ目は昔の家族だ。

 ある事件をきっかけに昔の家族はバラバラになった。

 あの日、家族を捨ててぼく一人だけが命からがらに逃げ出す。十年経った今でも、家族の所在は分からない。生きているのか死んだのかも分からないのだ。

 だけど、仮に昔の家族が生きていたとしてもぼくは会いたくない。だって、恨んでいるだろうから、特にぼくのせいで呪われた兄弟たちに。

 最後は龍玄という男である。

 こいつはぼくを恐怖に感じさせる元凶だ。あの日の事件からぼくをずっと追っていて、家族をバラバラにした張本人である。ぼくにとって龍玄とは、人生で一番出会いたくない人である。

 この三つ『ぼくの名前』『昔の家族』『龍玄』が、ぼくが怖いと思うものだ。

 しかし、龍玄になんの目的があって、ぼくを追っているか分からない。でも、追われていることは確かである。だから、龍玄に正体がばれないように自分の名前をさとしとして名乗り、あの頃とは違い黒色だった髪の毛も今では水色にしている。

 髪の長さは男らしく短髪。


「これで、よし」

 ぼくは洗面台にある鏡の前で髪型と着ている半ズボン、半袖を確認した。

 リビングに行き、時間を見る。

 時計の針は午前六時三十分を指していた。

「学校に行く時間だ」

 新しく始まる転校生活を考えるとウキウキが止まらなかった。

 ぼくは床に置いてあるリュックを手に取って、玄関に行き、ドアノブに手をかけて開く。

「行ってきます!」

 誰もいない家の中に挨拶をしてドアを閉めようとした時、

「ウッキー!」

 小さなおサルがドアの隙間から出てくる。

「あー、ごめん、ごめん。ピトの存在を忘れてたよ」

 この猿は世界一小さな猿と言われているピグミーマモセットと言うらしい。だから、この猿の名前を最初と最後の文字をとって『ピト』と名付けた。

 ぼくのペットのような手のひらサイズのおサルさんピトを肩に乗せる。

「ウッキー、ウッキー!!」

 どうやら、ぼくが学校を一人で行こうとしたのがご立腹のようで、頬をふくまらせていた。

「なんで、そんなに怒って……」

 あ、そうだ、そうだ。大切なこと忘れてたわー。

 もう、このマンションに帰ってこないんだった。

 ふっふっふ、なんたって今日からぼくは寮生活をするからだー。

 そんなこと考えている場合じゃないよね、もう少しでピトを家の中に閉じ込めるところだったんだから。

 はんせー、はんせー。

「ごめん、ごめん。チョコレートをあげるから許してー」

「ウッキー♪」

 ぼくは背負っていたリュックからチョコを取り出し、ピトにそれを与える。すると、ピトの顔はみるみるうちに喜びの顔になっていった。

 チョロいやつめ。好物をあげたら何でも許してくれる。

「では、今度こそ行ってきます」 

 ぼくはドアの前に向かってお辞儀をすると、続いてピトもぼくの肩の上から頭を下げる。

 それから、ぼくたちは家を出発し、1時間以上かけて学校に到着した。

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