第24話 魔裂
品川では暴走した三浦の狂剣が余計な被害を広めようとしている頃、上野ではジョンのさらなる狂剣が被害を産もうとしていた。
巨大な十字を中心にして枝葉のように伸びる刺が重なる格子模様。
さきほどの範囲が狭い一撃の流れ弾でさえ自動車を壊しているくらいだ。
生身の当たれば骨までさっくり切断されるだろう。
そんな攻撃を手傷を負いながらも放つジョンの狂気も見上げたものか。
斬九郎は決死の覚悟でその狂気を踏み越える。
「なっ⁉」
ジョンが驚くのも無理はない。
さきほどすれ違ったばかりの男が赤荊棘の刃よりも早く動いて眼前に現れたのだから。
剣気を放出して飛ぶように移動する剣士も居るとは言うが斬九郎の動きは単調ではない。
瞬間移動能力を持つ妖刀の力にしては斬九郎の刀からは独特な妖気などジョンは感じなかった。
そもそも地面を蹴って移動していたのをジョンも見ている。
今のは十中八九、純粋な脚力の賜物だろう。
だがあり得るのか。
驚愕がジョンの顔に浮かぶ。
「おりゃー!」
ジョンの放った血色の荊棘十字を追い越した斬九郎はそのまま瓦礫へと解体してしまう。
身のこなしの妙や反応速度による「速さ」は多々あれど今の斬九郎は純粋な速度が「速い」。
飛びかかり際に端を落とし、振り向きざまにももう一太刀。
そのまま苦悶の表情で嵐のように刀を振るう斬九郎の煌きの前に赤荊棘の血刃は雲散霧消していた。
呆気に取られて少し間をおいたジョンだがすぐに斬九郎の異変に気づく。
確かに人知を超えた速さだったが今の彼はその代償に苦しんでいるのではないかと。
よく観察すれば斬九郎は肩で息をして眉間には皺が寄っている。
今の動きだって気軽に使えるのならばさっさと出していたはずだ。
「驚いたぜ。だが今ので俺を仕留めなかったのは失敗だったな。一瞬にしてテメーボロボロじゃねえか」
「抜かせ。そういうお前も脇腹が痛くて仕方がないって顔をしているぜ」
「そうかい。だったらもう一回やってみやがれ!」
赤荊棘が飛ばす血刃には実体がある。
そのためジョンが血刃を飛ばす際には相応の重量が彼に身体に寄りかかっていた。
斬九郎が言うようにジョンも無傷ではない。
さきほどは片手で奮っていた赤荊棘を両手で担いでいるのもその証拠である。
しかしジョンが見抜いた通りに斬九郎の身体も反動に蝕ばまれていた。
あの高速駆動は左兄妹が剣術を学んだ那須道場でも習得者が限られる秘伝。
魔裂(まさき)と呼ばれており文字通り魔諸共に己の五体すら裂く技だ。
一度撃てば回復にも相応の休息を必要とするため斬九郎は初手ではこの技を封じていた。
(今度は素早く移動する必要はねえ。節々が痛いがこれくらいこれくらい屁でもねえよ。なあ……銀時!)
迫る荊棘十字は両手を広げた斬九郎より幅広い。
いくら負傷していても両手持ちかつ貯めを作った上での一刀は抜き打ちより激しいか。
ジョンもこの一撃で斬九郎の背後に居る政治家たちを斬れれば大勝利だという考えである。
保険をかけつつも手応えに痛みを忘れた彼は斬九郎の手技に気づかなかった。
「カプセルん中で悔い改めろ」
迎撃の初手は剣気の幻から。
そのままでは即座に押し切られそうな弱い衝撃波で四隅を押し留めたあと、本命の袈裟と切り上げ気味の横一が赤荊棘を押し留めた。
軸を失い弱い衝撃波に押し返された血色の荊棘十字は霧消していき重さを失う。
そうなればもう後方には影響無い。
そして三角形を描く連撃の〆。
右手側から脇の下にスッと入る切り上げがジョンを切り裂いていた。
(チッ!)
あばら骨も簡単に折れたのかその手応えはさながらアンコウの吊るし切り。
心臓も潰して絶命必須の感触を前に嫌なモノが斬九郎の脳裏に浮かんだが切らねば自分や周囲がこうなっていた。
やむを得ない。
「まさかな」
一方でジョンは自分が切られたことに驚愕しつつも顔色は変わらない。
何故なら──
「保険をかけておいて良かったぜ」
斬九郎が切ったのは鉄血で生成した身代わり人形だったからだ。
振り抜くと同時に脱皮するように自分そっくりの血人形を前に起き、ジョン自身は飛び退いて間合いを取る。
見た目は精巧だがハリボテのためあばら骨もクソもない。
どうりで斬九郎も想定以上に軽々と中までザックリ切り裂けたわけだ。
ジョンは目的達成済と態度で示すように最後の血刃を飛ばした段階でその場を逃走しており、斬九郎が入れ替わりに気づいたときには間合いの外。
もとよりこの場に入る際に警備の士を人知れずに絞め落としていたのもあって逃げ道の警備は薄く肝心の斬九郎もこれ以上は動けない。
守り通せたがこれでは──
(殺しには失敗したが、足止めとしては大成功だ。これであの男は品川に来たところで役に立たない。あとは任せたぞドクター)
斬九郎という猛者を品川の事態に送り込ませることを不可能にした時点で兎小屋としては勝利だった。
斬九郎も激痛に苦しみながらそれを自覚している。
故に不穏な予感を感じつつも、後のことは銀時たちを待つより他になかった。
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