第30話 天才からのお誘い①
無事に蘭子の店で狙撃銃という新たな武器を手に入れた後――。
広々とした空間に、シャンデリアのような照明と大きな革張りのソファとガラスのテーブルが多数。
黒を基調としつつもキラキラとした内装は、さながらホストクラブのようである。
(すげぇな……どう見ても高校生が来る場所じゃねーよ)
初めて訪れる場所に、若干緊張気味に周りを見渡す時杉。
凄まじいほどの場違い感に、ソワソワが止まらなかった。
なお、言うまでもなく訪れたのは一人でではない――四人で。
そしてその内訳というのが――。
「さ、
「ありがと、
「あ、ドリンクバーだ。トッキー、あとでメロンソーダ取りに行こ」
――というわけである。
(なんでこんなことに……)
席に着いてすぐ、時杉は脳内で呟いた。
ここに来ると決まってから辿り着くまで、もういったい何度このセリフを繰り返したか分からない。
無論、こうなった経緯自体はわかっている。
だからこそ、時杉は恨めしげにその人物へと視線を送った。
「ん? どうかしたかい、時杉君?」
目の合った空閑が、にこやかに小首を傾げる。
相変わらずそよ風のように爽やかな笑顔。
そう、彼こそがこの状況を作り出した張本人。
蘭子の店を出て偶然出くわした際、なぜか「せっかくだし、少しお茶でもしていかない?」などと言いだしたのだ。
(いやいやいや、普通彼女とデート中に誘うか……?)
百歩譲って、これが仲の良い共通の友人とかだったらまだ分からなくもない。
しかし、二人ともデルタとは今日が初対面。
ついさっきお互いに「はじめまして」を交わしたばかり。
一方の同じ学校に通う時杉にしても、空閑とは先日初めてちゃんと話した程度の間柄だ。
いくらこの前の授業では助けられたとはいえ、友人と呼ぶには程遠い。
そしてなによりも……。
「……なに?」
「いや……」
チラッと目が合った妃菜に不愛想に問われ、サッと視線を外す時杉。
(ほらみろ……超不機嫌じゃねぇか……)
妃菜とは小学校からの幼馴染。
されど会話したのはこの間の登校時が約一年ぶり。
ただでさえデートの途中に邪魔者が紛れ込んできただけでも不愉快だろうに。
加えてその相手がすっかり冷えに冷え切った仲の時杉とあっては、妃菜が怒るのも無理はない。
果たして、いったいこんな薄い関係性の四人が集まってどうしようというのか。
時杉には空閑の意図が全く理解できなかった。
「へぇ~、じゃあここって空閑くん
「はい。都内に何個かこういう場所があって、いつでも自由に出入りしていいことになってるんですよ」
「いいな~、なんか秘密基地みたい。たしかダンジョン関連の会社やってるんだっけ?」
「はい。模擬ダンジョン関連の
「すごいね~。じゃあいわゆる
「ハハ、まあ一応そうなるんですかね。でもすごいのは父で、僕自身は全然なにも」
(住む世界が違いすぎる……)
デルタと空閑の会話を隣で聞きつつ、ひっそりと驚く時杉。
空閑の父親が経営者であること自体は有名なのでもちろん知っていた。
でも、いざこうして家の規模の大きさを体感すると、ただの一般家庭の生まれの自分との差を痛感する。
(……まあいい。とりあえずデルタさんと空閑にはこのまま話し続けてもらおう。そうすれば俺はただ黙ってやり過ごせる……)
が、そんな風に時杉が考えた直後だった。
「じゃあ僕は飲み物を取りに行ってくるよ。妃菜ちゃんはミルクティーでいいよね。悪いんですけどデルタさん、手伝ってもらってもいいですか?」
「あ、ドリンクバー? いいよ! トッキーの分のメロンソーダはアタシが持ってきてあげる」
(え!!?)
おもむろに立ち上がった空閑とデルタに、時杉がギョッとする。
(ちょっ、待て待て待て! 今君たち二人がいなくなったらどうなると思って……てゆーか勝手にメロンソーダで確定されてるし!)
まさかの事態に戸惑う時杉。
そうこうしている間にもデルタは意気揚々とドリンクバーへと向かい、その後ろを空閑が「じゃあ行ってくるね」とついて行く。
――その結果。
「…………」
「…………」
取り残される時杉と妃菜。
圧倒的沈黙。
まるでお通夜のような雰囲気。
(き、気まずい……。どうしよう、なにか話しかけた方がいいんだろうか……?)
しかし、そうして時杉がなにか話題はないかと悶々としていると……。
「……で、あの人はなんなの?」
「は?」
「は?じゃなくて。あの人、誰?」
妃菜が顎で示したのはドリンクバー。
そこには嬉々としてメロンソーダを注ぐデルタがいた。
「ああ、デルタさんのことか。まあ、普通に他校の生徒っていうか……」
「他校? どこの学校? あんな制服見たことないけど」
「いや、そこまでは……」
「てゆーか名前、デルタってなに? 外国人? ハーフ?」
「いや、その辺のことは俺も……」
「だいたいなんで時杉といっしょにいるの? おかしくない?」
「おかしいと言われましても……」
まともに答えさせる気などないような、妃菜からの矢継ぎ早の質問。
時杉はまるでマシンガンに撃たれた気分だった。
このままでは穴だらけにされてしまう。
時杉は逃げるように逆に尋ね返した。
「つ、つーかどうしたいきなり? なんで急にそんな……別に羽根坂(はねさか)が気にするようなことでもないだろ?」
半分はスキルの件がバレないように話題を逸らすためだったが、もう半分は素直な疑問だった。
妃菜がおかしいと感じる理由は理解している。
ぼっちの時杉が他校の美少女といっしょにいるなんて、時杉のことを知っていれば知っているほど違和感を覚えるのは当然だ。
しかし、だからと言って妃菜がここまでがっついてくるのも変だ。
まさか野次馬根性の興味本位というわけでもないはず。
「なんでって……」
だが、今度は逆に妃菜の方が急激にトーンダウンする。
どこかバツの悪そうに。
いったいどう言ったらいいのか。
しばし悩むように黙り、そしてようやくまた口を開く。
「それは――」
「やあ、ただいま」
「!」
割り込んできた声に、妃菜がビクッと肩を震わせる。
ドリンクバーに行っていた空閑が戻って来たのだ。近くにデルタがいないことから、空閑だけ一足先に戻って来たらしい。
「あれ? 二人ともどうかしたの?」
時杉と妃菜の間に流れる微妙な空気を察したのか、空閑が不思議そうに二人を見比べる。
「……ううん、なんでも。ありがと」
「そう、ならよかった」
やんわりと否定しつつ飲み物を受け取る妃菜に、空閑がニッコリとほほ笑む。
(ふぅ……助かった)
ようやく息の詰まる状況から解放され、時杉は心の中でホッとした。
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