第33話 建国以来の危機

―― エルフ国の首都エルグランド


 警官隊が全滅したことは、魔法で戦場を監視していた巫女班からすぐに報告が入った。


「三分かからず、全滅です。地上に出た人間は六名、転移者はすべて女性で五名でした。一名がイレギュラーの男性とみられ、地上に出た五名と契りを結んだとみられます」


 監視当番だった巫女が淡々とした口調で報告を続けた。警官隊が全滅するのは想定通りと言わんばかりだ。報告を聞いているのは、エルフ長老会の一人、軍事担当のグレムだ。


「どのようにやられた?」


「恐らく精神魔法だと思うのですが、同士討ちで半数がやられました。残りは体から発火しての焼死です。すいません。正確ではありませんでした。死んでから発火していました」


「恐らく『マイクロウェーブ』だな。本でしか読んだことのない難度の高い魔法だ。には『女神のネックレス』とフルフェイスの金属鎧を装着させろ。もう少し情報収集してから死ねばよいものを。ドワーフの役立たずめ」


 今回全滅したのは、エルフに扮したドワーフの女性部隊だった。情報収集のために捨て駒としたのだ。


「その後、転移者の女性一名と人間の聖女とサミュエルの娘と思われる女性が加わり、奇妙な箱に乗って超高速で移動中です」


「ふん、下等生物め。一人の男が六名と契りを結ぶとは。倫理のかけらもない野蛮な動物だな。ひょっとすると、聖女もサミュエルの娘もすでに餌食になっているかもしれんな。で、どちらに向かっているかわかるか」


「非常に高速のため、監視が困難ですが、北西のドワーフ海に向かっていると思われます」


「やはりな。すぐに本物の警官隊に先ほどの装備をさせ、待ち伏せするように伝えろ。ふん、異世界人め。我らエルフが情報収集まで行っているのだ。これで貴様らが勝つ可能性は万に一つもない。覚悟しておけ」


***


「あれ? 前方に警官隊と思われるエルフが、バリケードを作って待ち構えているっす」


 小百合から報告を受け、俺はモニターを見た。どういう仕組みか分からないが、数キロ先の様子が映し出されている。土嚢を積み上げてバリケードを作り、こちらを迎撃しようとしている警官隊と思わしき制服姿のエルフが見えた。


「突っ切れるか?」


「車が壊れちゃうっすよ。ものすごい運動エネルギーっすから」


「じゃあ、止まるか。聖女とルミと小百合は、車の中で待機していてくれ。みんな、出よう」


「またピンクシールドするの?」


 絵梨花が俺の耳元に話しかけてきた。


「レッドシールドにしようか」


「え? みんなの前ではさすがに無理。二人だけのときにして」


「レッドシールド」は完全防御のシールドが張られるうえに、シールドから熱を発して、あたり一面を灼熱地獄にする。ただ、その間中、俺は絵梨花と合体し、熱を発するために腰を動かさないといけないため、公開できる代物ではない。


「言ってみただけだ。魔燃車も燃えてしまうからな。二人で追い詰められたときのためにとっておこう」


「もう、冗談はやめてね。でも、本当に私の魔法は碌なのないわ」


 絵梨花の魔法は最初は普通だったのだが、レベル30で「ピンクシールド」、レベル40で「レッドシールド」を覚え、そして、レベル50で「ピンクボイス」という喘ぎ声が超音波となって敵の脳を破壊するというかなりやばい魔法を覚えた。


「絵梨花はセクシーだから仕方ないさ」


「もう桐木くんったら」


「ねえ、いちゃついてないで、早く作戦を決めよう」


 美香が仲のいい俺たちの間に割り込んできた。


「そうだな。魔法の射程距離は500メートルが限界だと教えられた。だが、俺はその10倍の5kmに延ばす方法を考えた。その方法を用いて、遠隔から殺してしまおう。名付けて『スナイパー作戦』だ」


「まるでゴルゴなんとかのようです。無口で冷静な桐木にぴったりの作戦名っす」


 小百合とは相変わらず、話が合う。だが、俺は最近はよく話すようになった。女たちには言葉に出して説明しないと、誤解される一方だからだ。


「加世子に弓、麗亜に矢を魔法で作ってもらう。加代子は鍛冶と大工のロールがあるから出来るだろう?」


「うん、イメージ出来たよ。ほら」


 加世子が黄金に輝く、魔法の弓を作りだした。


「わかったぞ。私がこれを使って、麗亜の作る魔法の『マジックアロー』を飛ばすのか?」


 恭子が察してくれたようだ。恭子は弓術のスキルを持っている。麗亜が魔法で10本の矢を作成し、美香が支援魔法で魔法を強化した後、恭子が10本まとめて射った。それを10セット、続けて行った。


 ものすごい勢いで合計100本の矢が、放物線を描いてはるか前方へと消えて行った。「マジックアロー」は届きさえすれば必ず命中する。


 車の中でモニターを見ていた小百合が、車窓を開けて叫んだ。


「すごいっす。100本とも命中っす。でも、弾かれているみたいっす。敵は鉄の鎧を着ているっす」


 恭子が何か考えついたようだ。


「矢尻を少し工夫しよう。それから、放物線ではなく、もう少し飛距離を伸ばして、上から落とすようにしよう。加世子、弓の強度を倍にして欲しい。美香、私にも支援魔法をかけて欲しい」


 恭子の要請に加世子と美香が頷いた。もう100本恭子が矢を射ったが、矢は空の彼方に消えて行った。


「敵の頭の上空に射ったんだ。重力でかなりの威力になって、脳天に突き刺さると思う」


 恭子の説明に皆が頷いていると、小百合が現在のエルフの状況を教えてくれた。エルフたちは不意の矢の襲撃を受け、盾を前に出して、前方を固めているという。


 その無防備な頭の上から、矢が降り注いだようだ。


「うえ、えぐいっす。次々にエルフが頭を吹き飛ばされて倒れて行きます。うぅ、気持ち悪いっす」


「吹き飛ばされる? 恭子、矢尻にどう工夫したんだ?」


 俺は不思議に思って恭子に聞いた。


「爆発属性を付与した」


「爆発のどこがバイオなのだ?」


 恭子のバイオの魔法は物質にバイオ属性を持たせることが出来るが、「爆発」が俺の中ではバイオと結びつかない。


「ジバクアリは自分の体を爆発させて巣を守るぞ」


 恭子は昔から生物関係の書物を読みまくっていたことを思い出した。


「そうだったのか。小百合、敵の残りは何人だ?」


「どうでしょう。多分、数人っす。車で行きますか?」


 俺はみんなの顔を見回した。車に乗って行こうという顔だ。


「よし、車に乗って行こう」


 全員が車に乗ったが、小百合の顔が真っ青だ。


「百合ちゃん、ヒールしてあげる」


 美香がヒールして、小百合はようやく落ち着いたようだ。


「迂回したいっす。首なし死体だらけっすよ」


 女子たちが騒ぎ出した。


「ねえ、桐木くん、迂回しよう」


 絵梨花が俺に可愛い顔で訴えかけてくる。よっしゃ、と言いたいところだが、迂回させようとする罠かもしれない。


「俺が降りて、遺体を片付けてくるぞ」


「平気なの?」


「多分、問題ない。恭子も大丈夫だろう?」


「ああ、問題ない」


 俺と恭子の二人で車を降りた。生き残っていたエルフが数人いたが、完全に戦意を失っていて、簡単に切り捨てることができた。俺はそこかしこに散乱している遺体を見た。


(これは、想像以上にひどいな)


「警官隊、弱いな。恭子はこういうのは昔から平気だろう? カエルの解剖とか平気だったから」


「そうだな。全く問題ない。だが、勇人、お前は全然ダメだったはずだが?」


「おお、クールな俺なら大丈夫と思ったんだが、やっぱりダメだ。気持ち悪い……」


「おいっ」


 俺は盛大に吐いてしまい、恭子に介抱されながら、車に戻った。


 恭子が遺体を移動して、車が通る道を開けてくれた。車は遺体の散乱する場所を通過して、北西へと再び走り出した。


***


 エルフの監視巫女は今度は余裕がなかった。


「全滅です。最初は突然正面からマジックアローが飛んできました。それは鎧で弾いたのですが、次は頭の上から降って来て、頭に突き刺さった瞬間に爆発して……。頭が吹き飛んで死亡です」


「そんな魔法は知らんぞ。どこから魔法を放って来たのだ?」


 グレムも今回の壊滅は想定外だった。


「全く見えませんでした。しばらくして、箱が現れ、男と女が出て来て、生き残っていた数人の警官をあっという間に剣で殺しました。そして、また箱に乗って去って行きました。長老、親衛隊でもあれに勝てるとは思えないのですが」


「長老会を招集し、対応を考える。至急フォンで長老に連絡を入れてくれ。それと、この件はいいと言うまで誰にも話すなよ」


 グレムはすぐに長老院に向かった。エルフの国始まって以来の危機だ。早急な対応が長老たちに求められていた。

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