第10話 手強い男

 臨終憑依が発動しないと、次に死ぬのは俺ということになるが、すごくいい点が一つだけある。絵梨花とずっと一緒にいられるのだ。


「桐木くん、今の桐木くんと他の人に憑依しているときの桐木くんはどう違うの」


 背中越しに絵梨花が話しかけて来た。


「憑依中のときの俺は、感情の起伏があまりないはずだ。いい言い方をすれば、クールな感じだ。絵梨花としてはどっちがいいんだ?」


「……クールな方かな」


 グッサリ来ること言うじゃないか。


「俺もクールでいられるように努力しよう」


「でも、今のところ、どっちも同じ感じで落ち着いていて、安心できるよ」


 おお、おっさんのいいところが出ているようだ。若者と違って、俺はギラギラしてないからな。


「そうか。それはよかった」


「前の世界では話したことなかったけど、桐木くんって、こんな感じの男子だっけ?」


「そうだな。随分と違うかもな。世界が変わると人も変わるのかもな」


「何だか色々大人って感じ」


 こ、これはいい方向に行っているのでは!?


「まあ、そうかもな。三班も近いようだから、そろそろ降ろすぞ」


「楽ちんだったのになあ」


 俺は絵梨花を背中から降ろした。絵梨花がスカートの裾を払っている。この動作をよく見るが、癖なのかもな。


「疲れたときはいつでも言ってくれ」


 絵梨花が俺を見て、にっこりと微笑みながら頷いた。可愛い過ぎる。


「三班に接触します」


 カナの声だ。


―― もっと絵梨花といたかったが、ここで臨終憑依が発動した。次の憑依先は一班の市岡だった。


(こいつ、死ぬのか。だが、綺麗に死なせたりはしない。そうだ。「エロ岡」と呼ばれるようにしてやろう)


 一班はまた今日もオーガ狩りを順調にこなして来たようだが、今はお昼を食べていた。


(まずは一発かましてやろう)


『おい、市岡。俺はお前に取り憑いた邪神リキだ。お前はもうすぐ死ぬ。死にたくなかったら、そこの女のスカートをめくるのだっ』


 市岡は食べていたおにぎりをぽろりと落とした。近くにいたのは細工師のシオだ。あの嫉妬深い女だ。


「市岡くん、おにぎり落としちゃったよ」


「あ、ああっ。シオさん、今、何だか荘厳な声が聞こえなかったかい?」


「え? 聞こえなかったけど……」


 シオと市岡の会話に、ほかの四人の女子が一斉に注目している。


『愚か者め、俺の声は貴様にしか聞こえぬ。どうした? 簡単なことだ。スカートの裾を握って、上にあげるだけだ。たったそれだけのことで、お前の命が助かるのだぞ』


「お、俺は自分の命欲しさにそんなことはしないっ」


 突然の市岡の独り言に女子五人はびっくりだ。


「市岡くん、どうしたの?」


 シオは心底心配そうだ。高校生って可愛いのな。


「あ、いや、何でもないよ」


 市川は必死に考え始めた。本当に邪神に憑かれたのか、自分が幻聴を聞いているのか、精神がおかしくなっているのか、様々な可能性を考えだした。


『考えても無駄だぞ。俺に取り憑かれてしまったのは事実だ。お前の父の卓三たくぞうと兄の悠希ゆうきを恨め。あの二人の因果応報がお前に降りかかったのだ。さあ、スカートをめくれ』


「シオさん、ちょっと女子五人で、少し俺から離れていてくれないかな。何か変なのに取り憑かれて、何をするかわからないから」


(こいつっ、男前のこと言いやがる。スカートめくらないつもりだなっ。もっこりの刑を与えるか)


 ところが、女子たちは離れるどころか、市岡を心配して集まって来た。


「市岡くんの様子がおかしいわっ。ナビゲーター、どういうことか分かる?」


(美香のやろう、的確なことをしやがってっ)


 ナビゲーターが近づいて来て、市岡の様子を見ている。


『市岡、クラスメートへの手出しが嫌なら、お前の男気に免じて、ナビゲーターの胸で許してやろう。ナビゲーターの胸を触われ』


「ああ、それなら出来る」


(出来るのかっ!? いったいこいつの思考回路はどうなっているんだ?)


 ナビゲーターが市岡の様子を見るため、市岡の前に立って、市岡の額あたりに右手をかざしている。女子たちは羨ましそうにナビゲーターを見ているその視線が集まる中、市川は右手を伸ばした。


 市岡の右手はナビゲーターの胸の辺りを通過した。


「市岡様、何を?」


 ナビゲーターが市岡を睨んだ。


「実体がないことを確かめさせてもらった」


 市岡は飄々ひょうひょうとして答えた。


 ナビゲーターはホログラムか何かだ。市岡の手が通過してしまっている。これには俺も驚いた。


 ナビゲーターは市岡の額から手を離して、両手を広げて肩をすくめた。西洋人のようなジェスチャーだが、いかにも人間らしい所作にナビゲーターへの謎は深まるばかりだ。


 女子たちが騒いでいる。ナビゲーターは映像なのかとか、市岡くん格好いいとか、いつの間にか、これまでの市岡の異常行動が、ナビゲーターの正体を確認するための演技だったみたいになってしまった。


 市岡からこれでいいかと思考が送られて来た。


(こいつ、本当に頭のいい野郎だ。今までのやり取りで俺が思考を読めることに気づきやがった)


『今のはノーカウントだ。やはり、スカートをめくれ』


 何だか格好悪いが、言い張るしかない。すると、約束を守ってくれないことがわかったから、言うことは聞かない、と念じて来やがった。


(こいつ、手強いじゃねえか。というか、心まで男前の奴なんだな。実に気に食わねえ)


 こうなった以上、こいつを絶対に「エロ岡」に仕立てあげてやる。まずはいきなりもっこりの刑だ。


 だが、ここで俺は気づいた。


(おかずがない……)


 俺は大人の女でないと欲情しないのだ。前にいる解禁前の女子たちでは全く役に立たない。


『ふん、では、このまま死に行くがいい。だが、貴様が死ねば、ここにいる女子五人も同じ運命をたどると知れ』


 自分でも驚くほどのゲスっぷりの捨て台詞だが、言ってみて気づいた。市岡が死んだら、確かにここにいる女子が全滅する可能性は高い。市岡もそれに気づいたようで、葛藤し始めた。


 苦悩の末、市岡がシオのスカートをめくった。


 女子たちは大パニックだが、シオは恥ずかしがるどころか、喜んでいる。そして、どういうわけか、市岡の死亡フラグがこの行動でクリアされたようで、俺は三班の権田に移動した。


(一班はシオの嫉妬心を抑えないと、何かが起きるという状態なのかもな)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る