第6話 持ってる男

 俺がほぼ一日ぶりに自分の体に戻ると、絵梨花が俺に過去の自分の話をしていた。


 高校生の俺が普段どのように絵梨花と接しているかを観察するため、俺は憑依しても、主導権を取らないままにしてみた。


 絵梨花のお婆さんはドイツ人らしい。絵梨花が日本人離れした美貌でありながら、日本人の可愛らしさを残しているのは、クオーターだからか。高校生離れした胸も、クオーターだからということにしておこう。


「子供のころはドイツで暮らしていたのよ」


「そうなのか」


「うふふ、桐木くんって、『そうなのか』しか言わないのね」


「そうなのか」


「ねえ、ちゃんと私の話、聞いてる?」


「もちろん、聞いている。なんていうか、あまり話すのが得意ではないのだ。絵梨花の話は興味深く聞いているぞ。もっと話してほしい」


「本当かなあ……」


 な、何なんだ、二人のこの雰囲気は。いつの間にか「絵梨花」と呼び捨てにしているし。しかも、俺のレベルが11になっている。知らないうちにレベルが上がっていて、二人の関係がどんどん進むって、放置ゲームかっ。


 高校生の俺からは、感情をほとんど感じないが、考えていることは、絵梨花をどのように守るかということだけだ。物理的にだけではなく、精神的にも守ろうとしていて、自分が絵梨花の心の拠り所になるようにふるまっている感じだ。


 こいつ、格好いいじゃねえか。俺って、こんな風になれるのか。


 このままずっと絵梨花の話を聞いていたかったが、タイムアップのようだ。


 三分って、あっという間だな。


 絵梨花にいろいろとクラスのために動いてもらいたかったのだが、あまりにも可愛すぎて、ずっと話を聞いてしまった。ちゃんと要点を整理して、明日、きちんとお願いすることにしよう。


―― 三分間チャージの後、俺はクラス委員長の早乙女美香サオトメミカに憑依した。俺はこの女生徒のことはよく覚えていた。


(まずい、遂に女生徒の番が来た……)


 女生徒は一人たりとも欠かしたくない。何とか救う手はないか。


 美香の一班は、男子一名、女子五名の偏った構成だ。クラスの女子九名の半分以上がここに集結している。


 美香以外の女子の名前が思い出せない。顔は何となく思い出せるのだが、名前までは無理だ。


(二十五年間で、こんなにも忘れるもんなんだな)


 幸運な男子は市岡イチオカ、バスケ部のイケメン野郎だ。頭もよく、親も有名な一部上場企業の創業者で、家も金持ちだ。それでいて、性格も非常によく、「欠点のないのが欠点」とまで言われていた男だ。


(どこまでも恵まれている奴だな。ただ、思っていたほどイケメンじゃないような気がするが、そんなこと口に出したら、女子たちから殺されるかもな)


 この市岡の父親が二年特進クラス失踪父兄会の会長で、俺はよく市岡の両親に食事をご馳走してもらった。


 俺を市岡の代わりに可愛がってくれて、就職の世話もしてくれたのだが、市岡の兄が俺のことを煙たがるようになって、嫌がらせをして来るようになった。それが原因で、紹介してもらった会社を俺が辞めてから、関係がおかしくなった。


 市岡の兄があることないことを両親に吹き込んだのだと思う。男の嫉妬は始末に負えない。遂には市岡の両親とも非常に険悪な関係になり、最後の方は、市岡の父親が俺の親にまで嫌がらせをするようになって、最悪だった。


(こいつには全く罪はないが、恨みは晴らさせてもらう。俺も理不尽な虐めを受けたのだ。お前も俺から理不尽な虐めを受けるのだ。覚悟しておけ)


 美香は市岡と話をしていた。市岡を巡って、女子が対立を始めているらしい。


(こんなところまできて、女子は何をしているんだ? こういっちゃなんだが、女子って恋愛しか興味ないのか? 今、それどころじゃないだろう)


「市岡くん、みんなに優しくするのって、逆に優しくなかったりするんだよ」


「そう言われてもなあ。みんないいところあるし、男は女性に優しくしないといけないと思う」


「好きな子とかいないの?」


「いるけど、好きじゃない子に優しくしないってことはできないよ。ごめん、何度言われても無理なものは無理だよ、委員長」


(好きな女がいるのかよっ。聞き捨てならんぞ。絵梨花が好きとかやめてくれよ)


 市岡に好きな女子がいると知って、美香に動揺が走った。美香は市岡に恋していたのか。パーティの和のためという大義名分を盾にして、市岡の心に特定の女の子がいるかどうかを確認したようだ。


(美香も女子してるなあ)


 美香はいろいろと細かいことにうるさくて、口の悪い男子からは「年中生理女」と呼ばれていた眼鏡女子だが、動物好きで、ウサギを可愛がっていたときの優しげな表情は、今でも覚えている。


(口うるさいけど、やっさしいんだよ、コイツは。美香は何とか助けてやりたいなあ)


 美香はこれ以上市岡と話しても無駄だと思ったようだ。話を切り上げて、市岡と二人で他のメンバーに合流した。


 しかし、これまでも何度か二人で話しているような感じだったが、勘違いする女子とか出てこないのだろうか。美香もそれは感じているようで、誤解されないように、何を話したのかを女子の間ですぐに共有していた。


(この世界は油断していると、殺されるからな)


 一班はこれからオーガの退治に行くらしい。美香の思考からわかったのだが、市岡はなんと勇者のようだ。


(こいつ、何でも持っていくんじゃねえよっ)


 美香は班長のようで、ナビゲーターとメンバーの称号を除いたステータスを共有していた。班長にそういう権限があることを俺は初めて知った。


(絵梨花が班長になりたがったのは、間違いなくこれだな)


 イチオカ 勇者  万能 マップ

 ミカ   賢者  兵法 ヒール

 セイラ  導師  念仏 説教 

 シオ   細工師 細工 

 サユリ  道具師 工作 

 ヨシコ  薬剤師 調合


 さらに驚いたのだが、一班は初日で600ポイントどころか、2000ポイント近く稼いでいた。絵梨花の無償貸与は一班も受けていたが、万一の保険のためだった。


 この総合力ゆえに、ナビゲータからは他の班への攻撃も提案されたが、市岡がきっぱりと断った。クラスの一人一人が重要なロールとスキルを持っており、協力して強くなっていくべきだと主張したのだ。美香もその意見に賛成している。


(へいへい、ご立派なことで……。俺とはえらい違いだな……)


 俺はふと気づいた。召喚主ヒミカが俺たちを六人ずつ適当に分けたのは、団結されることが怖かったのではないか。様々なロールが力を合わせれば、大きな力になるはずだ。もちろんクラスをまとめるカリスマ的な存在は必要だが。


 だが、せっかくのバランスの取れたパーティを、バカな女子は愚かにも壊そうとする。嫉妬が人を狂わせるのは、高校生であっても同じなのだ。

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