第37話 清濁の果てに開く道あり、復讐の汚泥に塗れようと咲き誇る花あり

「こ、ここはっ!」

 夢から現へと唐突に覚めたような戸惑いが俺を襲う。

 周囲の喧噪により俺は新大聖堂のステージにいると気づいた。

 すぐ側にはアウラと耀夏が無事な姿で立っている。

「ま、まだ、じゃ、まだ、おわ、らんぞ!」

 安堵する暇はない。

 呻くような声に振り向けば、俺は白王の変わり果てた姿に瞠目した。

 皺だらけの顔は眼孔窄まり、干物顔負けのミイラ顔に様変わり。

 床に這い蹲ろうと、生きた屍のように震えた両手両足を動かしては俺に迫っている。

 誰もが白王の変わりように驚いての喧噪か。

「つくる、のだ、誰もが差別されぬ世界を、だれもが、魔物の、脅威に、おび、えぬ世界を、そのために、わしは、かみへと、神へとおおおおおおおおおおっ!」

 ミイラ化した白王の全身から無数の黒き触手が飛び出してきた。

 鎌首をもたげたのも一瞬、無差別に観客席を襲いだす。

 触手に掴まった者がミイラのように干物となった瞬間、喧噪は絶叫に変わり誰もが逃げ惑う。

「民よ、神への礎となれえええええええええええっ!」

 もう白王の民の声など届かない。無数の触手で人間食い放題を行うまでの畜生に落ちている。食らう人間は選ばない。一二聖家だろうとお構いなしと来た。

「いい加減に……」

 しぶとすぎる白王に満身創痍だろうと俺の身体はまだ動いた。

 触手が次なる獲物として俺を選び一斉に迫る。

「くたばりやがれええええええええええっ!」

 俺は怒りの感情のまま、無窮の楔を眼前に迫る触手の群れに向けて振りかぶる。同時、黒き刀身より同色の極太ビームが放たれ、触手諸共白王を呑み込んだ。

「なんか出たああああああああああっ!」

「ぬぼおおおおおおおおああああおっ!」

 俺の驚愕と白王の断末魔が重なった。

 黒き光が潰えた時、白王は塵一つ残らず消え失せるも蠢く影が残っている。

 影は振りかぶった直後の俺を呑み込まんと飛び付いてきた。

「「ハルノブさん(晴信)!」」

「ぽーぼぼぼっ!」

 アウラと耀夏の悲鳴に、ポボゥの鳴き声が割って入ったのが、最後に聞いた音だった。


『やれやれ、ひとまずどうなるかと思ったよ』

 夢か現か、曖昧とする意識の中、響いた子供たちの重なる声。

『あの白黒男女が君を呼び込んだ理由に合点が行ったよ』

 声は俺のことなどお構いなしにぺらぺら喋っている。

『人の文明故に人で抑止力か。白黒男女が粋なことをするなんて、今の陰陽は余程居心地がいいようだ。でも最後の爪が、ごほん、詰めが甘かったね。混沌の残滓が復活の出汁にせんと君を呑み込んだ。今の君は混沌に沈み込んだ事象でしかない』

 つまりは死後の世界だと言いたいのか。

『混沌とは陰陽入り交じった事象だよ。つまりは生と死が混じった状態。君は生きているけど死んでもいる。まあ元に戻るのは無理だね』

 む、無理だと! や、やっとだぞ! アウラを、耀夏を取り戻せた! 白王を討てた! 仇を討てたんだぞ! これからだって!

『そうだね。だからさ、まずはお礼を言わせて欲しいかな』

 お礼とか、お前は誰だ!

『つれないな、同じお肉を焼いて食ったり、共に走ったりした仲なのに。あ、お肉はほとんど食べたのは、あっちのボクだったか。まあ、この際いいさ。君のお陰でボクたちの出番はなくなったよ』

 出番、だと?

『そう出番。本来ならここで人の時代は終わり、新たな時代を作るためにボクたちが文明を破壊する流れだった。けど、そうはならなかった。君が未来を変えた。三度醜い姿となり文明を破壊するのは正直イヤだったんだ。太極という枠内にいるからこそ、ボクたちはその役目に逆らえない』

 文明を破壊するって、おい、白王の変貌した姿が円獣じゃないのか!

『あれは陰陽の暴走により魔物化しただけだよ。境界に深く触れ、根源に近づいたからこそ、円獣に差し迫る脅威ではあった。けどね、君のいう真なる円獣はここにいる。いや――いた、が正しいかな』

 ならお前が――

『無窮の楔と巫女の舞、そして君とが合わさり生まれた事象により、ボクたちはお役ごめんとなった。お陰で文明破壊の事象が未使用のまま、ボクたちに残って処理に困っていたところなんだ』

 まさか、役目を遂行する気か!

『言ったでしょ、お役ごめんだと。だからボクたちは、ささやかなお礼をすることにした。君に使っても白黒男女は黙過するだろうし』

 おい、何をする気だ!

『改めてお礼を言おう。異界の者よ。ボクたちは確かに綺麗な花を見た。今まで見たことのない花を見た。清濁の果てに開く道あり、復讐の汚泥に塗れようと咲き誇る花あり!』

 意識が遠退く。遠退く中、俺は声の正体を垣間見る。

『さあ、祝おう。君は円の災禍に勝利した!』

 お前は、お前たちは!

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